第三十章 卒業試験 -5-
こうして佇んでいると、ハーフェズからは魔力を全く感じなかった。
湖のように澄み、さざなみひとつない。
余裕のある笑みで、自信に満ち溢れている。
「で、本当に腕試しに来ただけだってか? いまのお前なら、上級迷宮の一階層や二階層の魔物など、何十体いようと歯牙にもかけないだろう」
軽く睨み付けると、ハーフェズは面白そうに笑った。
「アラナンが
何処から聞き付けたのかって、ダンバーさんか。
「その対決を見届けに来た。むろん、
「ぼくの手の内でも探ろうってか? ぼくだって、あの頃のままじゃあないんだぜ?」
「ああ。よくわかるよ、アラナン。
ぼくの本質をずばりと言い当ててくる。
昔から、こいつはいい目をしていた。
「随分余裕じゃないか。イフタフルでは、だいぶきな臭い状況になってるって、セイレイスの皇帝が言っていたぜ」
「あっはっは! セイレイスの梟雄、
「へえ。そんな状況なのに、よくふらふらこんなところに来てるよな」
「これも必要なことなのさ。さて、アラナン。そろそろ
ハーフェズは、初めからこれがやりたくてうずうずしていたんじゃなかろうか。
いい笑顔で提案してくる。
光っている歯が眩しいぜ。
「はいはい。わかったよ。ほら、十体くらい沸いてくるぜ。普通の冒険者パーティーなら、簡単に壊滅する数だな」
「わたしには問題ない」
ハーフェズが指を弾くと、
早い。
あの数を一瞬で描くだと──ダンバーさん並みの構築速度だ。
そして、
炎柱、氷柱、土柱、竜巻──。
その一撃で、防御力の高い
信じられん。
ハーフェズのやったことは、かなり難易度の高い技術だ。
普通、複数の敵を攻撃するなら、
単体攻撃呪文の複数化もできるが、それは基本同じ呪文を増やす形で行う。
しかも、対象を増やせばある程度威力は弱まるし、照準も甘くなる。
ぼくは、
でも、とても全部急所は狙えないので、適当に切り裂くだけになる。
ハーフェズは、それを別々の呪文で、しかも
しかも、あの一瞬で、刻々と変化する
「
「中等科で彼に師事していたから実力は知っているがね、アラナン。わたしは、
元々、
今なら、
「じゃあ、次はアラナンがやってみたまえ。魔術でも魔法でも好きなのを使って構わない」
「いや、魔術も魔法も使わない。ぼくが使うのは──」
右手をハーフェズに向けて突き出すと、ぼくも挑発するように笑った。
「この拳さ」
この言葉に、流石のハーフェズも目を丸くした。
打撃で倒そうなどという莫迦は、まずいない。
ああ、ぼくも正気か、と思うよ。
でも、それが指示だから、仕方がない。
「まあ、見てろよ」
驚愕を顔に貼り付けたままのハーフェズを後目に、悠然と沸いてきた
普通なら、
だが、
ぼくの
「見事だ、アラナン・ドゥリスコル。おまえにその芸当ができるとは、学院時代想像したこともなかった。それだけ近付けば、おまえでもその
「悪いが、ハーフェズ」
ぺらぺらと喋るハーフェズに振り向きもせず、声だけで制止をかける。
「やろうと思えば、簡単に魔術でも仕留められる。だが、それじゃつまらないだろう?」
「は!」
破顔したハーフェズは、そのまま天を仰いだまま前髪をかき上げた。
「ははは! 確かにそうだ。面白い、アラナン。物理攻撃無効の魔物をどう打撃で倒すのか──わたしに見せてくれ」
ま、やることは、今までやってきたことの集大成でしかない。
ただ、それだけだ。
別に破壊力のある技はいらない。
ただの
要は、魔力のコントロール。
魔力の制御が甘ければ、どんなに大きな魔力を込めても、それはダメージとして伝わらない。
だが、もうぼくは力の伝わり方については、いやというほどやってきている。
大地を踏み込んだ力を右手に乗せ、竜爪を
当然、柔らかいスライムボディはその衝撃を吸収し、一切ダメージは伝わらない。
だが、触れた瞬間、魔力の流れから魔物の核が何処にあるかは掴むことができる。
あとはそこに向け、魔力を徹すだけだ。
属性化していない純粋な魔力。
通常なら、属性魔法に比べれば威力は弱い。
しかも、体内には敵の魔力もある。
慣れてない者がやろうとしても、減衰され、核まで届かないのが落ちだ。
ぼくも、初めは圧縮した魔力の勢いだけで押しきってきた。
だが、散々
打ち破るのではなく、すり抜けるのだ。
「──見事」
核を撃ち抜かれ、消滅する
それを見たハーフェズは、喘ぐようにその一言だけを絞り出した。
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