第二十八章 激戦の彼方に -10-
二人のエーストライヒ公が、ぼくたちを見ていた。
一人は黄金の冠を付け、茨と翼が彫られた杖を持っている。
そして、もう一人は騎士の甲冑を身に付け、豪奢なマントをたなびかせていた。
先刻
だが、もう一人の方も油断のならない、同質の魔力が感じられる。
恐らく、片方は本物のイフターバ・アティードだ。
そして、片方はイフターバ・アティードの意識に憑依されたエーストライヒ公だろう。
「騒々しい登場ではないかね、イシュバラよ。まさに、ティアナン・オニールらしい不躾さだ」
「御意。あの老人には、神に対する敬意というものがございませぬ。不遜で傲慢。アレマン貴族をヘルヴェティアから追い出しただけでも万死に値しましょうに」
杖を持っている方が口を開く。
ま、どうせ喋っているのはどちらにせよイフターバ・アティードだろう。
イシュバラが敬意を払っているのが証拠だ。
「神を信じぬ愚か者に問うても仕方ないが、一応聞いておこう、ティアナン・オニールよ。此処に来たのは、余にひれ伏し、降伏するためか?」
「あいにく、わしは地上のなにびとにもひれ伏す頭は持っておらぬ。ヘルヴェティアには皇帝も王もおらぬし、わしに主君は必要ない」
帝国の自由都市とは、諸侯の支配を受けず、直接皇帝の支配下に入るという自由に過ぎないが、フラテルニアは違う。
ことに学院の人間は、誰の支配も受けないとの気風が強い。
学長の薫陶だろうか。
「わしがわざわざ足を運んだのは、此処で幾つかの事象に決着を付けるためじゃ。皇帝の冠の場所もしかり、
「口出しは無用ぞ、ティアナン・オニール。我ら親子の問題だ」
すると、クリングヴァル先生が
「てめえはおれさまとの決着が付いていないだろう。
「小賢しいわ、スヴェン・クリングヴァル! アセナの事情に、口を挟むな!」
「はん、アセナの事情なんて知らねえさ。おれはおれのやり方で押しとおる!」
クリングヴァル先生の体に神力が巡った。
腕に竜鱗のような輝きが見える。
「余の前では、悪魔の力は通用せぬぞ」
冠を被ったエーストライヒ公がからからと笑い、アローンの杖を掲げた。
杖から強力な神力が発したかと思うと、クリングヴァル先生の体を巡っていた神力が消える。
やはり、いつでも
「気を付けよ、アラナン。杖の持ち主だけは、虚空への門を開くことができるのじゃ。あやつはわしが抑えておく。イリグは甲冑のイフターバ・アティードを、スヴェンはイシュバラを、アラナンはセンガンを抑えい。回りの騎士は、ビヨルンとマノンで対処じゃ」
周囲は全て敵。
エーストライヒ公の騎士たちが、一斉に剣を抜く。
イシュバラとセンガンは、二人のエーストライヒ公の横から動かない。
あの位置で、守りを固めるつもりだろうか。
だが、そんな敵の思惑など、この人には関係ない。
真っ先に飛び出したのは、やはりクリングヴァル先生だ。
立ち塞がろうとする二人の騎士を神速の二連突きで蹴散らすと、一気にイシュバラに肉薄する。
「炎のような闘志。センガンより見所はあるが、アセナの拳を継ぐのはお前ではない」
先生の槍の穂先を、イシュバラは剣を抜いて払った。
神力が使えれば、周囲の地形が変わるくらいの衝撃波を発しながら戦っていた二人である
だが、流石に自分の魔力だけではそこまでの破壊力はない。
先生が槍を使うのに対抗して、イシュバラも武器を取ったようだ。
これだけレベルが拮抗していると、武器相手に素手で戦うのは危険すぎるからな。
このまま観戦したい気分ではあるが、そうもいかない。
エーストライヒ公の前にいるイシュバラとセンガン。
一人はクリングヴァル先生が引き付けた。
もう一人は、ぼくの役目だ。
「──キミに忠告はしたよね、アラナン・ドゥリスコル」
前に出たぼくに、センガンが戦闘姿勢を取る。
相変わらず、強大な魔力が身体中に溢れている。
神力が使えないいま、単純なパワーでは圧倒的にセンガンが有利。
やつも、そう思っているのだろう。
「魔力がないなら、持ってくればいいだけさ」
神力が使えない戦いは、散々やってきている。
こういうときに使う技も、用意してある。
お陰でぼくは、加護の頼らない戦いもできるようになった。
大地と大気、ついでにさっきクリングヴァル先生が放った竜炎からも魔力を集める。
四大元素全てとはいかないが、
センガンにも劣らぬ大量の魔力が、ぼくの身体を駆け巡る。
「魔術師には、魔術師の戦い方がある。──ぼくを舐めたら、死ぬぜ、センガン。ウルクパルやアルトゥンのようにな」
「なに!?」
ぼくが叩き付けた言葉で、センガンに一瞬の隙ができる。
言葉で隙を作るのも、過去の戦いで学んだことだ。
この勝負、短期決戦で決めたい。
そのために、機を狙っていた。
溜めていた体のばねを一気に解放する。
遠間から、
分厚い障壁が抵抗するが、幾らか衝撃は抜ける。
一瞬、たたらを踏むセンガン。
そこに、追撃の
「──おのれ」
鮮血を吐きながらも、センガンはすぐに起き上がった。
手応えはあった。
肋骨の二、三本は逝ったはずだ。
だが、膨大な魔力を持つこのアセナの拳士は、回復力も尋常じゃない。
怒りに震えながらぼくを睨むセンガンには、まだ余力が残っていそうだ。
「卑怯者め。詐術なんかでこのボクに勝てると思うな」
「詐術? へえ、偽りだと思うのかい、アセナ・センガン。ならば、何故ウルクパルとアルトゥンは帰ってこないのかな。この大事なときにね」
「ハッ。あの二人はマジャガリー軍と一緒に、ボーメン王の本隊の襲撃が任務だ。今頃、ボーメン王の首級を上げているころさ」
「マジャガリー軍ね。そういや、
センガンの顔が赤く染まる。
感情的なのが彼の美点でもあり──拳士としての欠点だった。
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