第二十六章 魔王の血脈 -7-
アルトゥンを護るふたつの球体を砕いた。
遠距離型の魔術師であるアルトゥンにとって、この球体による防御は必須だったはずだ。
その防御が消えたいま、魔女に一撃を決めるのはそう難しくない。
実際、魔女は球体を砕いた動きに反応しきれていない。
視線が、まだぼくを捉えられていなかった。
技後にできる隙を突かれていたら、ちょっと危険だった。
だが、アルトゥンには、そこまでの腕前はない。
一瞬の硬直。
次の瞬間、左肘で
そこまでの道は見えていた。
だから、
「くっ……まさか、
右腕が痺れたか、アルトゥンは痛そうに口許を歪める。
「接近戦なら、わたしに勝てるだろうと目論みましたか。ですが、それはただの誤りであることを教えてしんぜましょう」
周囲に振り撒かれていた膨大な魔力が、彼女の体の中に収められていく。
これだけ大量の魔力を、そもそも体内に収めることが可能なのか?
「わが神は
アルトゥンの足下に巨大な魔法陣が広がり、派手な光に包まれる。
何か大きな気配が魔法陣から現れ、アルトゥンの体に吸い込まれた。
ぞくりとするような感覚が、背筋を貫く。
ぼくは、この気配を知っている。
それも、つい最近のことだ。
存在感のない稀薄さと、強大な力が混在する不思議な気配。
間違いない。
この気配は──。
「ひひ……ひひひ」
アルトゥンの紅い唇から、気味の悪い笑い声が漏れる。
「まさか、このわたしがこんなガキに殺されるなんてね……。予想もしていませんでしたよ、アラナン・ドゥリスコル」
「おまえ──やはり、ウルクパルか!」
アセナ・ウルクパル。
いま思い出しても肌が粟立つその技の冴え。
その霊がアルトゥンに憑依したのか?
あの膨大な魔力の
「わたしの加護を食いやがった怨みは、しっかりと晴らさないといけませんねえ。そう思いませんか、アラナン・ドゥリスコル」
「暗殺者が何を言うか!」
そうか。
こいつは、すでに加護を剥ぎ取られている。
無音で動くことは、もうできない。
アセナの拳と、円環の拳の技術が凄いだけの普通の人間だ。
アルトゥンほど、予想外の手は打ってこない。
「しなやかないい体です。魔力の循環速度も素晴らしい」
ゆっくりとアルトゥンが、いやアルトゥンに憑依したウルクパルが腕を上げる。
「どれ、もう一度やってみましょうか、アラナン・ドゥリスコル。わたしに勝ったのがまぐれであったと、その体に叩き込んでやりましょう」
ウルクパルの構え。
左足を斜め前に出し、後ろに重心を置いて右足は曲げている。
歩法が明らかにアセナの拳ではない。
両掌をともに天に向けた独特の構え。
円環の拳で来るか。
ぼくの構えはいつもと変わらない。
真似事の円環の拳だけで対抗しても、練度が違いすぎて相手にならない。
それよりは、体に叩き込まれたアセナの拳の方が頼りになる。
ウルクパルが踏み込んでくる。
意表。
円環の拳は待ちが主体かと思っていた。
回り込みもせず、前へと出てくる。
白い手が、ぼくの腕を絡め取ろうとする。
螺旋で弾こうとするが、するりと抑え込まれる。
く、この技巧は本当に嫌らしい。
絡め取られた手が引っ張られるのと同時に、くるりとウルクパルが回転し、脇腹に肘が叩き込まれる。
攻防一体の技。
強化された障壁が何とか持ちこたえるが、衝撃までは殺せない。
横に吹き飛びながらも
咄嗟に払おうとするが、そのときにはもう手は引かれている。
これは目眩ましだ。
本命は体を沈めての肘。
反射的に足が動き、回転してウルクパルの脇に肘を入れる。
「──舐めた真似を!」
ヴェールがまくれ上がり、怒りに燃えるアルトゥンの瞳が視界に入った。
そうだろうな。
こっちも、意識してやったわけじゃない。
直前に食らった技の動きが、咄嗟について出たのだ。
だが、この一撃は軽い。
アルトゥンが集めた魔力は膨大で、ウルクパルの障壁を上回る堅さがありそうだ。
あの魔女の肉体に、何のダメージも与えていないだろう。
この程度の技では、決着は付けられない。
「嫌みなほどに物覚えの早い小僧ですね。わたしの技を一回見ただけで盗むとは。アルトゥンが追い詰められているのもわかりますよ。
「お褒めに預り恐縮──とでも言えばいいのか? 正直、お前には殺意しか湧かないんだ、ウルクパル。お前がいると、ぼくの仲間が危険だからね」
「仲間……ひひ、あれが仲間だというのかね、アラナン・ドゥリスコル。ただのお荷物ではないですか。お前ほどの才能を持ちながら、あのような低級の魔法師と一緒に行動するのは、才能の無駄遣いと言うべきですよ」
「大きなお世話だ、ウルクパル。もう一度死の国に送り返してやるから、大人しく死んでいろ!」
足を踏み出した瞬間、黒いヴェールの下の笑みに気付く。
ちっ、莫迦か、ぼくは!
こんな単純な誘いに引っ掛かるなんて!
慌てて止まろうとするが、逆にウルクパルが突っ込んでくる。
くそ、機先を制された。
ウルクパルの両の掌が、変幻自在に飛んでくる。
一撃は軽いが、技と技の間に停滞がない。
流れる水のように途切れなく続く攻撃に、守るので精一杯だ。
手を合わせてみて思ったが、パワーとスピードはこちらが上だった。
特に
だが、それでもこの連打から逃れられない。
それだけ巧妙に打たれてしまっている。
連打から逃れようと、障壁を強化して強引に前に出る。
この一撃は軽い。
掌打に
ならば、回避するまでもないだろう。
だが、前に出てくるのをウルクパルは待っていた。
くるりと右足を回転して後ろを向く。
ぼくの肘の間合いから絶妙に外れる。
次の瞬間、ウルクパルは足を百八十度反転させ、左掌を突き出してきた。
「
強化した障壁が一瞬で破られた。
ウルクパルの両手が翼を広げるように開いている。
くそ、
回転の力と、十字の力。
そこに
必殺の一撃。
滑り込む左掌に、背筋が凍り付いた。
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