第二十三章 ベールの嵐 -4-
翌日、ぼくたちは
「今日襲撃があるから、襲撃者に被害者が死んだと思わせつつ助けろ?」
「ハーンホーフ大路のクルメナッハ香料店の店主が、南門を抜けて南方へ向かう。キルフェンフェルト橋を渡ったあたりで、襲撃があるはずだ。そこで偽装を行え」
「──なるほど。ダルブレ孃の
ノートゥーン伯が、早速作戦を立てたようだ。
確かに、マリーやジリオーラ先輩がいれば、その手の任務は難しくない。
ぼくやノートゥーン伯には、あまり向いていないけれどね。
「で、何でそいつを助けるねん」
「知らん。詳しい話は、シピに聞け。偽装完了後、シピが引き取りに来るはずだ」
予想通り、クリングヴァル先生は細かいことに無頓着だった。
ぼくはマリーと視線を合わせ、肩をすくめた。
ノートゥーン伯とジリオーラ先輩は、まだ先生から情報を引き出そうとしているが、無駄なことだ。
情報が必要なら、
わざわざクリングヴァル先生に伝えさせたということは、情報を与える気がないのだ。
つまり、情報の漏洩を恐れているのだろう。
ぼくらにまで徹底しなくてもいいとは思うが。
とりあえず、ジリオーラ先輩がクルメナッハ香料店を見張ることになった。
ぼくらの中では、一番斥候系の技術を持っているからだ。
他の三人は、アーレ川に架かるキルフェンフェルト橋の下で待機である。
襲撃者が来ることを予想し、マリーの
それこそ、
待つ時間は暇ではあるが、その気になれば念話で意思の疎通はできるし、
自分や自然の魔力の圧縮はもう慣れたものだったが、虚空の魔力の圧縮はまた別物だ。
密度の濃い虚空の魔力の圧縮には、高い集中力と大きな魔力を必要とする。
魔力の隠蔽をしながら、周囲の気配と魔力を探り、同時に
それだけにいい鍛練になる。
(来たよ)
橋を渡ったあたりに、気配を隠した連中が集まり始めていた。
ノートゥーン伯とマリーも、気付いているようだ。
流石にクリングヴァル先生に鍛えられているだけのことはある。
(十三人)
(十四人よ)
ノートゥーン伯より、マリーの方が感知能力は高いようだ。
一人隠蔽能力が高いやつがいるが、確かに十四人いる。
(十四人だね。展開が終了して、そろそろかな。ジリオーラ先輩が戻ってくるよ)
(うちの隠蔽見破られてんやんか! 自信なくすでほんま)
(大丈夫、ノートゥーン伯もマリーも気付いてないから)
(──真面目な話、本当にわからない。アラナンはよく感知できるな)
(ノートゥーン伯は魔力操作が上達しているのに、感知能力が上がらないのは相性ですかね。戦闘技術は上がっているのに)
(魔力操作でアラナンが説教する未来が来るなんて、入学当初は夢にも思わなかったわ)
(その突っ込みいま必要かなマリーさん?)
(……)
緊張感のない会話をしていると、ファリニシュから叱責の意志が伝わってくる。
言葉で言わない分怖いな。
(──こほん。クルメナッハ氏は向かっているのかな)
(せやね。あと二分で橋に着くで。クルメナッハはんは銀髪の五十くらいのおっちゃんで、山高帽に旅行鞄を抱えておるで)
旅行?
何故クルメナッハ氏を保護するのかわからないけれど、色々事情がありそうだ。
でも、まあ、今回ぼくの出番は少ない。
襲撃者の攻撃からクルメナッハ氏を守るだけだ。
重要な役どころはマリーとジリオーラ先輩である。
きっかり二分後、橋にクルメナッハ氏が現れた。
同時に、襲撃者たちの魔力が膨れ上がる。
予想襲撃ポイントは、橋を渡り終わったところかな。
彼らの潜伏位置から、間違いないだろう。
(ダルブレ嬢)
ノートゥーン伯の合図で、マリーがクルメナッハ氏を隠す。
重ね合わせるように、氏の幻影が出現する。
その一瞬にずれは生じるが、そこだけはジリオーラ先輩が橋の向こうに破裂音を生じさせて襲撃者たちの注意を逸らす。
その一瞬で、ぼくは
そして、
そのままぼくはクルメナッハ氏を抑え、氏の幻影をまとったノートゥーン伯が橋の上を進んでいく。
橋を渡ったところで襲撃者たちが一斉にノートゥーン伯に襲いかかり、凶刃が叩き込まれる。
鮮血と悲鳴が上がった。
手応えは偽装できないので受けているが、内蔵などの急所は全て避けている。
とはいえ、本当に斬られたり刺されたりするのだ。
伯爵はよく志願したよこの役。
流石に責任感が強い。
(大丈夫? 伯爵)
(わざと位置を調整して刺されるとか、伯爵しかでけへんで)
(大丈夫だけど、痛いのは痛いんだよ。連中が去るまで、静かにしててくれ)
マリーとジリオーラ先輩の心配に、ノートゥーン伯から押し殺したような返事が来る。
痛みを我慢しているときに余計なことで気を逸らされたくないらしい。
もっともではあるが、折角心配したのにと二人は不満そうである。
(ああ、もういいよ、イリヤ。連中、去っていった。ノートゥーン伯を治療してくれ)
ファリニシュに指示を出すと、血だらけの伯爵の側に座って
マリーも
そして、ぼくの腕の下には物言いたげなクルメナッハ氏。
口は塞いでいるから、喋れないけれど。
「彼はわたしが預かるわよ、アラナン」
そして、影の中から現れる黒猫。
マリーは、シピを見て嬉しそうに手を振っている。
黒猫も尻尾を振って応える。
仲がいいのは結構だが、まず毎回ぼくの影の中から現れるのはやめていただきたい。
「どういう事情か、説明していただけるんですよね」
「あら、女性を詮索するものではなくてよ、アラナン」
「クリングヴァル先生が、シピに聞けと言ったんです」
「直接
いつでも念話できるでしょう?
紅い口を開けて笑うと、シピは影の中にクルメナッハ氏を引きずり込んでいく。
あれ、他人も移動できるようになったのか。
それとも、別の術なんだろうか。
「──大人なんて」
思わず呟くと、マリーが顎をそびやかすようにしてぼくに視線を向けてきた。
軽くあしらわれたことを笑っているのか。
ちえっ。
そりゃ、まだまだシピにはかないませんよ、ホント。
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