第二十章 リンドス島攻防戦 -6-
再度の襲撃を警戒したか、セイレイス帝国軍の上陸は慎重に行われていた。
上陸した砂浜に拠点を作り、防衛態勢を固めてから更に上陸を敢行する。
そのためか一日では全ての上陸が終わらず、初日の上陸では七、八千人程度の上陸で終わっていた。
ノートゥーン伯はマティス将軍から夜間に再度の攪乱を命じられており、疲労の濃いベルナール先輩を除いた全員を集めていた。
「作戦は伝えた通り、攪乱だ。敵と交戦する必要はない。火を放って回ればいい」
ノートゥーン伯はそうみなに命じたが、クリングヴァル先生なんかはやる気に溢れているようだし、戦う気満々だ。
「敵の陣地は臨時の柵で囲ってあるが、下は砂地で脆い。すぐ抜ける。まず、わたしとブリジットが北から、先生とイシュマールが西から、イリヤとジリオーラとマルグリットは南から侵入しろ。各自火を撒きながら駆け抜けて、危険を感じたら即時離脱。安全を優先しろ。アラナンは、別動隊で海上の輸送船を再度襲撃。深入りはしなくていい。適当に炎上させたら戻ってこい」
「こういう任務なら、うちらだけのが安全やねんなあ、マリー」
「わたしたちは、見つかるような失敗はしないものね」
ジリオーラ先輩とマリーは、自身の隠密性には自信があるようだ。
まあ、ファリニシュがついていれば、二人は大丈夫だろう。
ノートゥーン伯も無理はしないだろうし、多分一番迷惑なのは、クリングヴァル先生と組まされたティナリウェン先輩だろうな。
ノートゥーン伯も、クリングヴァル先生が暴走すると思って自分の身を自分で守れるティナリウェン先輩を付けているからね。
ある程度は予想しているのだろう。
「では、出撃だ。撤退の念話を受けた場合は、即座に撤退すること。では、行け」
よし、それじゃ行ってみますかね。
よく晴れているので、月も星も出ているのがちょっと夜襲には不向きかな。
夜間は上陸作戦を行っていないので、船は沖合いにガレー船を外側にして停泊している。
船上では夜間も警戒態勢を取っているようだ。
昼間の襲撃がそれだけ痛手だったのかな。
艦隊の中心には、魔力で結界を張ったガレー船が一隻あった。
あの魔力は、昼間見たジャファルのものだろう。
恐らく、あれに
当然、警戒の厳しい中央まで飛び込む気はない。
まずは、外側で警戒している邪魔者を少し片付けるか。
少し長めに海から水の魔力を集めると、湾の外から波を起こす。
準備をすれば大津波も起こせるが、今回は時間的な余裕がないから大波程度で済ませてやろう。
暗闇の中進む波頭が、ガレー船の甲板に叩き付けられる。
波を食らった数隻のガレー船は激しく揺さぶられ、甲板にいた乗員が海に転落していった。
「フジュ
ほとんどの乗員がただの波だと思って必死に揺れに耐えている中、何も掴まらなくても平然と甲板上に立っていた男が乗員を叱咤した。
「
男は獣のように歯を剥き出し、上空のぼくに視線を向けた。
「
揺れる船上をおして、男の指揮に応じて射手が数人集まってくる。
弩兵か。
この状況で動けるとは、よく鍛えられている。
だが、戦闘態勢を取らせるほどこっちも甘くはない。
手強そうなこのガレー船が初めの標的だ。
「
ガレー船が回避行動を取りながら、ぼくに向けて砲撃を開始する。
だが、帆船より多少の小回りが利くとはいえ、船の速度はぼくから見れば遅すぎる。
急降下して矢も砲弾も全て振り切ると、甲板上をなめりように飛んで
ぼくの通過した後から、次々と甲板が爆発する。
水兵が、大砲が、帆柱が次々と吹き飛んでいく。
そこに、風を切って剣刃が振り下ろされてきた。
加速して刃を潜ると、振り向いて敵の姿を確認する。
褐色の髪と褐色の肌は、闇に紛れて溶け込むように見える。
だが、緑柱石のように輝く双眸が、異彩を放ち、存在感を示していた。
鍛えられた肉体と
グリース人ではあるが、能力を認められて
ジュデッカのノストゥルム艦隊を破ったのは、こいつの指揮の賜物だろう。
「悪いが、付き合ってはいられない」
甲板を蹴って飛び込んでくるメルクーリ提督の足を払うと、そのまま
炎上したガレー船を後にし、更に中へと雪崩れ込んだ。
内側を
輸送帆船は簡単に沈み始めるが、船に騒ぎは起きなかった。
これは──すでに兵を上陸させた空船だ。
成る程、外側を空船で覆い、兵を乗せた輸送船は内側に隠したか。
もう少し、内側へと向かわないと獲物がいない。
しかしこれは、誘いの罠ではないかという気もする。
奥までぼくを引きずり込み、そこで仕留めるつもりなのではないか。
だが、空を行くぼくを止められる手段がセイレイス帝国にあるとも思えない。
此処は、無理にでも押し通らせてもらおうか。
すると、輸送帆船が割れるように開き、一隻のガレー船が進み出てきた。
甲板上に立っているのは、八フィート(約二百四十センチメートル)近い巨漢の将である。
腰には
「我が名はサルキス・カダシアン! ヘルヴェティアのアラナン・ドゥリスコルと見受ける。尋常に勝負しろ!」
な、何だあれは。
一騎討ちの要求か?
ヴィッテンベルクやアルビオンの騎士じゃあるまいし、セイレイスにも古い人間がいるものだ。
ヴィッテンベルク語で話してきたということは、西方にかぶれているのかもしれないな。
クリングヴァル先生なら喜んで受けるだろうが──あ、そうか。
こいつ、先生が言っていたミクラガルズ最強の男じゃないか?
フェストに出ていた巨漢の戦士たちをなお上回る肉体の持ち主。
こんなやつは、そうざらにいるものではない。
「は、空まで来れたら、相手にしてやるよ」
今日の目的はこいつじゃない。
強敵は避けて、できるだけ艦隊の船を沈めるのが目的だ。
「抜かしたな。それでは、参るぞ!」
カダシアン将軍が槍を振るうと、その槍身から発した衝撃波がぼくに向かってくる。
意表を突かれたぼくは、一瞬体が固まった。
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