第十七章 飛竜の拳 -3-
余裕を持ちながら後退していたプルーセン騎士団も、ヤドヴィカに隊列を崩され戦線が綻びつつあった。
開いた穴にヴァツワフ・スモラレク率いる一隊が食い込もうとしてくるのを、頑強に抵抗している状況だ。
そのために、後退がしづらくなっている。
下手に下がれば、全面崩壊に陥るからだ。
だがそこに、後続の
銃弾など当たっていないが、音による心理的効果でぎりぎり耐えていた兵士の心を挫いたのであろう。
以上の状況が新たにファリニシュから届く。
見ていると、後退というより崩壊に近い状況で囮部隊が敗走してくる。
むしろ、それが効を奏したか、ヴィシラン騎士団は包囲の輪の中に飛び込んできた。
そこに、掛け声とともに八方から降り注がれる膨大な矢。
ヤドヴィカは咄嗟にオギェインの炎で自分に当たる矢を焼き払ったが、後続の騎士や従士は次々と矢に斃れた。
罠にかかったのは、前にいたヴィシラン騎士団の半数ほどか。
だが、そこにヤドヴィカとヴァツワフ・スモラレクがいる。
此処で二人を討てれば、この叛乱は終息する。
絶対に逃がせない場面だ。
三斉射された矢で、百ほどいた兵の半数が戦闘不能に陥っていた。
すかさず、プルーセン騎士団の兵が包囲の輪を縮めてくる。
二千を数える兵の包囲である。
数十に減らされたヴィシラン騎士団に、脱出の道はない。
スモラレク団長とヤドヴィカが並んで後方を突破しようとするが、厚みのあるプルーセン騎士団の包囲はすぐには突破できない。
囲まれたヴィシラン騎士団の兵はみるみる数を減らした。
だが、そこに、
一度自軍に戻っていたのか、南から高速で飛行してくる。
しかも、今度は十騎に増えていた。
百騎も来れば、国が滅亡する災害である。
十騎とはいえ、油断できる存在ではない。
高機動で包囲の一角に爆炎をばらまかれ、鉄壁の輪に隙を作られる。
ヤドヴィカとスモラレク団長はその穴に飛び込んだが、二人の前に十騎ばかりの一際立派な甲冑を身に付けた騎士たちが立ち塞がった。
ジークフリート・フォン・ローゼンツォレルン率いるプルーセン騎士団最高位の騎士たちである。
流石のヤドヴィカとスモラレク団長も、一瞬で蹴散らすというわけにもいかない。
その間に穴も塞がれ、
そこに、包囲の外からシュヴァルツェンベルク伯が残りのヴィシラン騎士団を率いて突撃を敢行してきた。
背後も分厚く固められているため、シュヴァルツェンベルク伯もすぐには突き崩せないでいる。
だが、追い付いてきた
更に、バリスタをかわした
その空いた隙に、かろうじてヤドヴィカが飛び込んだ。
ヤドヴィカは、そのままシュヴァルツェンベルク伯の部隊に駆け込み、合流する。
だが、再度閉じられた輪に、ヴァツワフ・スモラレクは逃れる術を失った。
そのまま取り残された残りのヴィシラン騎士団の兵は全て討たれ、プルーセン騎士団は大きな戦果を上げる。
ヤドヴィカとシュヴァルツェンベルク伯は後退し、態勢を整えざるを得なかった。
ジークフリート・フォン・ローゼンツォレルンも追撃はせず、一旦陣形を立て直す。
「流石はローゼンツォレルン総長。プルーセン騎士団もよく連携が取れている」
ノートゥーン伯の述懐は頷けるものがあった。
シロンスク公の傭兵とは雲泥の差だ。
これが、常に戦い続けてきた軍隊の力。
展開や収束の速度は惚れ惚れするほどだ。
「これで終わりますかね? ヤドヴィカ派の首魁は、スモラレク騎士団長でしょう」
「名目的にはヤドヴィカで、実際に仕切っているのはシュヴァルツェンベルク伯だろう。スモラレク騎士団長は、焚き付けられただけに過ぎない。残る騎士をヤドヴィカが率いて、再度来るだろうな。頭を殺された以上、ヴィシラン部族の者の怒りも燃え上がるであろうし」
決着が付かないなら、プルーセン騎士団が退いたのは早計ではないだろうか。
中途半端な叩き方では、マヴァガリーの騎馬隊がきたときに対抗できない。
「明日が正念場になるだろう。カトヴィッツから出撃もしてくるだろうしな」
「勝てそうかしら?」
「可能性はあるな。ローゼンツォレルン総長は優秀な将帥だ。兵も精強だし、今日勝った勢いもある。スモラレク騎士団長は、此処まで上手く行っていたことで驕りがあったな」
「逆に言うと、シュヴァルツェンベルク伯にはもう驕りはないっちゅうことやんね」
「──そうと言える」
ノートゥーン伯たちが三人で話している間に、
気配も何もないが、何となく風が変わった気がしたのだ。
「気を付けろ──二、三、四──十人以上に囲まれている」
どうやって居場所を掴んでいるかわからないが、
アセナ・センガンはいないようだが──全員手練れであることは疑いない。
「アラナン、無理をするな。此処は、わたしたちに任せておけ」
ノートゥーン伯が剣を抜く。
同時に、マリーとジリオーラ先輩も武器を抜いた。
それを見て、柵に潜んでいた男が姿を現す。
「くくく、センガンの莫迦が一人で突っ走って返り討ちにあったと聞いたが、この程度の連中ではないか。このワタシがわざわざ出てくる必要もなかったではないか」
尊大な口調とともに現れた浅黒い肌の中年男は、哄笑して指を弾いた。
すると、草むらの間から一斉に十五人ほどの男たちが湧いて出る。
いずれも強い──ベールで魔物を操っていた男並みの強さはあるか?
あのクラスは、ノートゥーン伯はともかく、マリーたちには荷が重い。
「手柄は、このアセナ・カラが貰ってやろう。センガンの悔しがる顔が目に浮かぶようだ。こんな子供に遅れをとるとか、王家の正統の血も弱体化したものよ。さあ、やってしまえ!」
連中は、何れもアセナの拳の使い手のようだ。
武術の技倆は、ノートゥーン伯たちより高い可能性がある。
とりあえず
連中、動きも素早いが
「こいつは任せろ!」
先頭を駆ける男にノートゥーン伯が向かう。
伯爵の
男が伯爵に遠間から
そのとき、すでに伯爵は敵の後ろに回り込み、その首を刎ねている。
流れるような動き。
そして、呼吸の乱れもない。
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