第十二章 聖騎士の光刃 -1-

 クリングヴァル先生は、いつものように人を食ったようなふてぶてしさをたたえてたたずんでいた。


 服装は簡素だが皺のないチュニックを着ていたが、無精髭は伸ばしっぱなしだ。

 髪もちょっと後ろに寝癖があって、ぴょこんと跳ねている。


 もう見慣れてしまったが、こう大観衆の前だと弟子として恥ずかしいな。


「ティオンヴィル副伯ヴィコントと並ぶと、クリングヴァル先生のだらしのなさが目立つな」


 オリヴィエ・クレマン・ド・サン=ジョルジュは、アルマニャック王国を代表する洒落男だ。

 腿まで丈のある青い上着には、袖と襟に白いレースで刺繍がふんだんに施されている。

 下に着ているブリオーにも、レースのプリーツがこれでもかとばかりに存在を主張している。

 頭には羽根つきのつばの広い帽子を目深に被り、手には例の魔剣を携えていた。


「今回だけはクリングヴァル先生を応援するわ」


 マリーはそれほどクリングヴァル先生を好きではない。

 まあ、大体女生徒はみんなそうだ。

 だが、サン=ジョルジュへの嫌悪感の方が優っているのだろう。

 懸命にクリングヴァル先生に声援を送っている。


 サン=ジョルジュが闇黒の聖典カラ・インジールの可能性があるのは、クリングヴァル先生も知っている。

 だから、その立ち姿に油断はない。


「やれやれ、一回戦に続いて、美しくない対戦相手だ」


 わざとらしくハンカチーフを取り出し、鼻に当てる。

 嫌みな動作が板についているな、サン=ジョルジュ。


 クリングヴァル先生は気にした様子もなく、小指で耳の垢をほじった。


「なよっちい兄さんだな。腰入れてその剣振れるのか?」


 クリングヴァル先生の侮辱に、サン=ジョルジュは瞬間的に沸騰した。

 顔を真っ赤にすると、白い手袋を脱いでクリングヴァル先生に叩き付けたのである。


「貴族を侮辱するとはいい度胸だよ、スヴェン・クリングヴァル。零落した騎士の末裔の分際で!」

「──どのみち戦うのに、この手袋意味あるのか?」


 無論、それは決闘の挑戦状を意味している。

 だが、これから試合をするのに、挑戦状を叩き付けても仕方がないよね。


「無論だ! わたしは貴族の誇りを賭けて、死を賭けた対決バタイー・ド・ラ・モールを申し込む!」

「面倒臭いやつだなあ。いいから審判、始めちゃってくれ」


 激怒するサン=ジョルジュに取り合わず、クリングヴァル先生は審判に試合開始を催促する。

 うわあ、ああいう怒らせ方は狙ってやっているんだろうか。

 クリングヴァル先生って、ああいうの凄い得意なんだよね。

 素なのか策なのか、判断できないんだけれど!


 そして、クリングヴァル先生の指示に従ったのか、審判が本当に試合開始を宣言する。

 そりゃ、デスマッチなんてできるはずはないよね。


「勝手に始めるな、卑怯な!」

「ほら、もう行くぞ」


 親切にも声を掛けてから、クリングヴァル先生が前進を開始する。

 あの複雑な歩法は──夢影歩ファンタズムシャドウだな。

 サン=ジョルジュからは、クリングヴァル先生が何人にも分身したように見えるはずだ。

 あれは難しくて、まだ覚えていないんだよな。


 クリングヴァル先生は、相変わらず無手だ。

 だが、素手の間合いの外から右足を踏み込み、攻撃の態勢に入る。

 あの踏み込みと拳の突き出し方は雷衝サンダーショックだが、クリングヴァル先生の場合──。


 そこから、右手に槍が出現する。


「おのれ!」


 サン=ジョルジュはクリングヴァル先生の動きを追えていない。

 夢影歩ファンタズムシャドウで幻惑され、先生の攻撃の間合いも掴めていない。

 これは、入る。

 いきなり、決まったか?


「!」


 クリングヴァル先生の目が、僅かに見開かれる。

 先生の槍が、サン=ジョルジュの細身の剣エペ・ラピエルで逸らされていた。

 いや、あれは不自然な動きだ。

 サン=ジョルジュは、完全にあの突きについていけてなかった。

 むしろ、剣が勝手に動いて止めたように見えたぞ?


「ふん──闇黒の聖典カラ・インジールの三人衆、剣のイシュバラってのがいるとは聞いていたが、まさか、本当に剣だった・・・・・・・とはな」


 舌打ちとともに、クリングヴァル先生の手から槍が消える。

 サン=ジョルジュは、いびつな笑みを顔に貼り付けた。


「何の話かな、スヴェン・クリングヴァル!」

「ふん、往生際の悪い──様子見とはいえ、おれの突きに勝手に反応する魔剣なんてあるものか。そりゃ、熟練の達人以外できる業じゃねえよ」


 再び、クリングヴァル先生が夢影歩ファンタズムシャドウ撹乱かくらんする。

 やはり、サン=ジョルジュはそれに反応できていない。

 だが、またもクリングヴァル先生の突きは魔剣に阻まれる。

 少なくとも、この剣には先生の動きが見えているのだ。


 クリングヴァル先生は、剣の動きを観察していた。

 まだ、剣の間合いには、入っていない。

 だから、剣も受けしかできていない。

 だが、あの細身の剣エペ・ラピエルで、槍の穂先を逸らしてみせたのだ。

 普通の刃と思わない方がいい。


「おのれ、卑劣漢め」


 サン=ジョルジュが気流を体に纏った。

 風魔法の使い手だったな、そういえば。

 風を推進にも使って、自分の動きを引き上げていたっけ。


 初めて、サン=ジョルジュが動き出す。

 こいつの動きは、真っ当な武術ではない気がする。

 気流の力で変な方向転換などするし、いきなり加速したりもする。


 だが、ゆらゆらと激流に舞う木の葉のように、クリングヴァル先生はその斬撃を回避した。

 刃を合わせると、あの魔剣は魔力を吸い取ってくるんだっけ。

 厄介な相手だなあ。

 自分を棚に上げてとかはなしの方向で!


「──勝つだけなら簡単だがよ」


 呼吸を練りながら、クリングヴァル先生が再度夢影歩ファンタズムシャドウの歩法に入る。


「その剣、イシュバラを始末しないとしょうがねえよなあ」

「ほざけ! 貴様のような下劣な小男に負けるわたしではないわ!」


 風の助けを借り、魔剣を構えてサン=ジョルジュが突進してくる。


 先生の細い目が開かれ、短く息が切られた。


 同時に、サン=ジョルジュの右手にあった魔剣が、粉々に砕け散る。


「な──」


 唖然とした瞬間、致死判定の表示が出て、サン=ジョルジュが吹き飛ばされた。


 流石、先生。

 誰も見えていまい。

 高速の槍の片手突きを、剣とサン=ジョルジュに連続で叩き込んだ。


雷光ブリッツ。これが、おれの本気の突きだ。闇黒の聖典カラ・インジールだろうが、ロタールの双翼だろうが──ちょっと、鍛練が足りなかったな」


 得意気に鼻を鳴らして、クリングヴァル先生が右手の親指を下に向けた。

 先生の突きの余りの威力に、サン=ジョルジュは地面にひっくり返って気絶している。

 軽減されてあれだからなあ。

 あの雷光ブリッツ、毎日鍛練しているのを見ているけれど、看破眼シャープアイ使っても全く見えないからね。


 やはり、黒騎士シュヴァルツリッター神速の断罪グナーデ・ゲシュヴィンディヒカイトに対抗できるのは、先生しかいないだろうな。

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