第十一章 闇黒の聖典 -8-
使い手の
だが、右の
それをぼくの胸に叩き込んだイフターハ・アティードは、吹き飛ばされるぼくを見て勝利を確信し、唇を歪めた。
手応えがあったのであろう。
実際、叩き込まれた魔力は人を容易く殺せるほどの量である。
だが、次の瞬間、胸を押さえて立ち上がるぼくを見て形相を変えた。
「貴様……何をやった。立ち上がれるような一撃ではないはずだ!」
「──大したことじゃない。
魔力が体内を貫くから絶技になるのだ。
それがなければ、ただの中段突きに過ぎない。
しかし、タイミングを合わせないといけないから、えらく難易度は高いけれどな。
そうそう連発できんよ、これほどの技が相手だと。
それでも、全部は喰い損ねた。
実際、胸は凄い痛い。
この調子で絶技を使われまくったら、正直勝ち目は薄いな。
これは、次の試合の二人に見られようが、あれを使うしかないんじゃないかな。
「ほほう、そんな方法で破るとは、本当に感嘆する! おれの
「いや、お前こそ強いな、イフターハ・アティード。クリングヴァル先生並みの強さを感じるぞ」
拳の勝負じゃ、敵わない。
下手に仕掛けても、返り討ちに合う光景しか見えない。
ならば、もう迷っている場合じゃなかった。
「ふん、まだ何かを隠しているな、アラナン・ドゥリスコル。早く本気を出さないと、すぐに殺してしまうぞ」
拳を構えたまま、ふっとイフターハ・アティードの魔力が弱くなり、半歩後ろに下がる。
釣られて前に出ようとして、ぼくはそれが誘いであることに気付く。
下がったと見せて下がっていない。
あれはそういう歩法だ。
引き込んだところに、天を貫く一撃、
これもまた、
顎から脳にまで魔力を徹されたら終わりだ。
切り札を切った以上、此処で決着をつけるぞ!
僅かに顔を左に動かし、
空振りで体を浮かせたところに
通常なら吹き飛ぶところだが、身体能力の高い
そこに、腕を伸ばして
流石の
それでもすぐに跳ね起きようとするところに、跳躍して上空から右拳で
「
審判がぼくの勝利を告げる。
ふう、何とか押しきった。
結構、左手と胸も痛いしね。
瞬間、意識を切り替えると体感の時間が再び遅くなる。
何かと思って周囲を見ると、倒れていた
「ば──試合は終了しただろ!」
鋭い爪がぼくの背中の皮膚を切り裂く。
何とか薄皮一枚で済んだが、気付かなければ殺されていたかもしれない。
そうか、試合終了したら、致死判定も関係ない。
初めから、このタイミングでの暗殺を狙っていたのか。
再び繰り出される狼爪を右手で掴むと、回転して上に捩り上げる。
そして、がら空きの胸に抉り込まれる左肘の
更に身を沈めて右足を踏み込むと、血反吐を吐く
脳を貫いた魔力が、
顎をぐしゃぐしゃに潰されたギデオン・コーヘンの体が、
操っていた気配も消え、もう危険はないだろう。
やっと
とりあえず、ひとつ仕事は片付けたんだ。
気分的には、もうこのまま帰って寝たいところだよ。
でも、この後のダンバーさんとコンスタンツェさんの試合を見ずには帰れないよな。
痛む体を引き摺りながら出入り口に向かうと、そこにすでにコンスタンツェさんが佇んでいた。
見たことがないほど、真剣な表情をしている。
「見してもろたわ、アラナンはん」
画面で見るだけでは物足りなかったのか、わざわざ此処でその眼で見ていたようだ。
「次はあての番おす。よう見ておくんなまし」
「──そうさせてもらいますよ」
ようやく、ぼくのところにも救護の人が駆け付けてきてくれる。
控え室まで一緒に行って、そこで簡単な治療をしてくれるようだ。
まあ、引っ掻き傷と軽い打撲程度だから、そこまで深刻なものはない。
服がぼろぼろになった方が痛いよ。
ダンバーさんはいつもの燕尾服で、全くぶれがない。
アングル人ってのは大体保守的だし、自分の習慣を変えない人が多いからな。
それに対して、ラティルス人ってのは情熱的で刹那的なイメージなんだが、ルウムの高官ともなるとそんな雰囲気はない。
ダンバーさんと方向性は違うが、コンスタンツェさんはやはりある部分保守的な気はするね。
ファッションなんかは進歩的なんだけれど。
さて、この戦いは興味深い。
賭け率は、ダンバーさんが二倍、コンスタンツェさんが一・七倍だ。
両者にあまり差がない。
冒険者ギルドとルウム教会という、大陸西部に深く根を張る組織の顔同士の激突だ。
どっちが勝つにせよ、そう簡単に決着はつかないだろう。
「
そしていま、その激闘の火蓋が切って落とされたのだ。
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