第九章 魔法武闘祭 -11-
ユリウス・リヒャルト・フォン・ヴァイスブルクの強い意志を秘めた碧い双眸に、何故か焦燥感を覚えた。
あれは、立ち塞がる敵は、全て打倒する人間だ。
そんな男が皇帝という絶対権力を手にしたら、果たしてどうなるのだろう。
このままでいいのだろうか、という思いがある。
とはいえ、一介の学生であるぼくに何ができるわけでもない。
今は、与えられた課題をクリアするのに一杯一杯だ。
では、将来は?
そろそろ、自分の未来について考えないといけない時期にきているのかもしれないな。
観客席から歓声が上がる。
次の試合が始まりそうな雰囲気なのかな。
「さあ、一回戦第六試合。西から現れたるはイシュクザーヤの騎馬戦士の血を受け継ぐレヒト族の女戦士、火の精霊オギェインの加護を受けし者、ポルスカの英雄、ヤドヴィカ・シドウォ!」
出入口から登場してきたのは、不似合いなほど大きな斧を持った背の低い少女だ。
ポルスカ王国のレヒト人は、古代文明を築いたグリース人たちが恐れた遊牧民イシュクザーヤの末裔である。
とはいえ、レヒト人はイシュクザーヤの中では早くから農耕化していた者たちであり、それほど剽悍ではない。
九百年くらい前にはルウム教会の軍門にも降っており、文明化も進んでいた。
北東のペレヤスラヴリ公国にはルウム教会の手は及んでおらず、ポルスカ王国が教会にとっては教化の最前線と言えるだろう。
ポルスカ王国は正確にはヴィッテンベルク帝国の範疇には入っていないが、当代の国王がボーメン王国のリンブルク家から王妃を迎えており、皇帝家の縁戚となっていた。
「あの斧に、
「──みたいだな。燃えるように赤い。いや、火の精霊だ。燃えているのか。オギェインといったか? ポルスカの精霊なのかな」
「ポルスカ王国は、ルウム教の国となって千年近く経っていなんす。真っ先に邪教の者として処断されているはずでござんすが」
イシュクザーヤで信仰されていた旧い神は、ルウム教会の布教時に概ね駆逐されたらしい。
だが、ああした武器が残っているとことを見ると、退魔師の目を潜り抜けている連中も多いんだろうな。
「続いて東から現れたるは、
その紹介を聞いて驚いた。
まさか、
聞けば、かつては
それにしても、飛竜騎兵隊百騎と言ったら、恐るべき戦力だ。
今でもその気になれば、一国の軍を簡単に殲滅できるんじゃないのか?
出入口から現れたのは、ずんぐりとした小柄な老人だった。
白くて長い髭を蓄え、左目には醜い大きな傷痕がある。
歴戦の風格のある古強者だな。
鎖帷子に複合弓を持った姿は、完全に馬上で戦う姿だ。
あれで動けるのだろうか。
「
ヤドヴィカが、口を丸くして叫んでいる。
子供みたいなやつだな。
いや、背も低いし、本当に子供なのか?
十三、四歳に見える。
「チ
お互い、何を言っているかよくわからない。
ヤドヴィカは多少推測できるが、デヴレト・ギレイは全くわからん。
セイレイスのテュルキュス語みたいだけれど、流石に勉強していない。
しかし、ヤドヴィカが言った通り、デヴレト・ギレイの魔力の強大さには圧倒される。
ここまで大きな魔力は、ハーフェズくらいしか見たことがない。
流石は
東では、あれが普通なのだろうか。
賭け率は、デヴレト・ギレイが一・五倍、ヤドヴィカが二・七倍だった。
順当ではあるが、ヤドヴィカの
この戦い、どうなるか全くわからない。
「ペレヤスラヴリでは、いまでも子供がむずがると
「そんなに有名なのか? あのタルタル人は」
「毎年、彼らはペレヤスラヴリにやってきて、多くの住民を奴隷として
奴隷か。
ヘルヴェティアでは奴隷の売買や所有は禁じられているが、大陸においては戦いで勝った側が捕虜を奴隷にするには当然のこととして行われている。
ジュデッカ共和国は奴隷をセイレイス帝国に売り捌いて巨万の富を得ているし、スパーニアも同様のことは行っている。
そもそも、貴族の所有する村の農民たちの多くは農奴だ。
奴隷よりは自由はあるが、土地に縛り付けられ、搾取される存在であることには違いはない。
ヘルヴェティアには貴族がいないので、村の農民は自由民である。
それは、大陸では極めて珍しい形態と言える。
「
おっと、試合が始まった。
開始早々、ヤドヴィカが大きく斧を振りかぶると、デヴレト・ギレイに向けて振り下ろす。
まだ距離が三十フィート(約九メートル)は離れているのに、あれで当たるのか。
振り下ろした斧は、当然デヴレト・ギレイにかすりもしない。
だが、斧から噴き出した炎が放射状にギレイに向けて飛んでいく。
ハーフェズの
わざと食らうつもりかと真意を疑った瞬間、閃光が走り、炎が吹き散られた。
ヤドヴィカの左肩に、矢が刺さっていた。
いつの間に撃ったのか。矢をつがえた気配もなかった。
それでも射られ、ヤドヴィカは肩を押さえて呆然としている。
「よくかわしなんした。ギレイは心の臓を狙っておりんした。あれを直感だけでずらすとは、ヤドヴィカもいい筋をしてなんす」
ファリニシュには見えていたのか。
ぼくを含め、他の生徒たちは何が起きたのかさっぱりわからなかった。
そう認識すると、鳥肌が立ってくる。
あのタルタル人、やはり恐ろしく強い。
「急に
ヤドヴィカは矢を引き抜くと、鏃に付いた血をぺろりと舐めた。
その小さな瞳に、猛々しい光が宿る。
「こんな傷、
四フィート(約百二十センチメートル)にも満たない小さな体から、いきなり炎が噴き上がる。
あれも
いや、あれは……ぼくの
火の精霊の力を纏ったのか。
「
大斧を軽々と振り回すと、ヤドヴィカは大地を蹴った。
その速度は今までの比ではなく、
紅蓮の弾丸となって突っ込むヤドヴィカに対し、ギレイの左手が僅かに動いた。
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