第九章 魔法武闘祭 -6-

 決まったか!


 目を細めながら、アルカサル公の突きの結果を見る。

 致死判定は出ていない。

 ということは──刺突剣エスパダ・ロペラの刃は、ターヒル将軍の左わきの下を通過していた。

 あの一瞬で、僅かに避けたのか。


 砂漠の鷹スクル・アルサフラーの表情が歪む。

 あれは笑っているのか?

 傷がひきつれて、笑顔にはとても見えない。


 左膝が飛ぶ。

 アルカサル公は瞬時に膝をかわし、飛び退いた。

 その鼻先を、唸りを上げてターヒル将軍の鉄槍が通過する。

 出入りの速度が一瞬遅れていたら、試合終了だったな。

 流石、アルカサル公。

 いい前後の動きだ。


く、参りそうらへ」


 うお、ターヒル将軍、ラティルス語かよ。

 やけに古風だな。

 まあ、テュルキュス語やバーディヤ語で喋られても、全くわからないわけだが。


「行きたいところですが、いまの一振りを見てしまいますとね」


 アルカサル公は慎重だ。頭もいいんだろうしな。


大地の鎖カデルナ・デ・ラ・ティエラ


 半身に剣を構えたまま、バルタサール・サエンス・デ・スパーニアは剣を指揮棒のように動かした。

 すると、砂漠の鷹スクル・アルサフラーの足下の地面が隆起し、両足をがっちりと咥え込む。


 うん、こうして見ると、アルカサル公は妨害魔法オブストラクションの使い手だな。

 しかも、ある程度属性魔法アトリビュートも学んでいる。

 なかなか打つ手がえぐい。

 ぼくのやり方に似てるな。


「捕まえましたよ、砂漠の鷹アルコン・デル・デシエルト! これで貴卿も終わりです」

ムーミルつまらんな


 得意気に語るアルカサル公に対し、ターヒル・ジャリール・ルーカーンは退屈そうに呟いた。


アッラーブ・カドあそびは・アインタハットおわりだ


 何て言ったかわからない宣言とともに、いきなりターヒル将軍の身体強化ブーストのレベルが跳ね上がった。

 将軍が右足に力を込めると、音を立てて大地の鎖カデルナ・デ・ラ・ティエラが砕ける。

 左足も同様に、簡単に砕け散った。


ハーディー・こんなアル・セルシラくさりで……」


 戒めを振りほどき、ずしんと一歩前に出る。


アスタティエ・おれをしラバタ・リーばれない


 将軍の魔力が、異常なほど高まっていく。

 足下の地面がひび割れ、小石が弾き飛ばされる。

 こりゃあ……ただの身体強化ブーストじゃない。

 この膨らみ方は、魔力圧縮コンプレッションを使っているな。


 流石は一流と言われる戦士だ。

 他国の人間で、魔力圧縮コンプレッションを使っている人間を初めて見た。

 魔法武闘祭マギシェカンプフェスト本選ともなれば、これくらいの化け物は出てくるか。


「アラナン……笑っているのか?」


 いぶかしげにハンスが尋ねてくる。

 おっと、いけない。

 笑っていたのか。

 本物の強者を相手に、魔術エレメンタルの制限なしでどれくらい戦えるのか、

 試してみたい自分がいるんだ。


「笑っていたか──笑っていたんだな。うん、あれは凄い。ターヒル・ジャリール・ルーカーンは、紛れもなく大陸有数の戦士だ」

「何を今更……セイレイスの四枚の切り札フィーア・カルテンの一人だぞ」

「──いえ、ハンスさん。アラナンさんは、武者震いしたんですよ。本物の武人を見て、血がたぎったんでしょう」


 おお?

 エリオット卿サー・エリオットとの戦いのときには不安そうだったアルフレートが、やけに鋭いじゃないか。

 元々、感覚はハンス以上に鋭いところはあったっけ。

 いやいや、天才ってのは油断していると一瞬で成長してくるねえ。


「莫迦な。魔灰色熊マール・オソグリスだって破壊できぬ鎖を……」


 地響きとともに近付いてくるターヒル将軍に、アルカサル公は一瞬放心していた。

 だが、すぐに正気に戻ると、再び剣を指揮者のように振る。


大地の壁パレ・デ・ティエラ!」


 ずいと、ターヒル将軍の進路を塞ぐように、分厚い壁が地面から隆起してくる。

 だが、ターヒル・ジャリール・ルーカーンが無造作に振るった鉄槍が、一撃でその壁を粉々にしてしまう。

 とんでもない威力だな、あの槍は。


「ラ・タースル・エアラじたばたー・アルムスタスすんなよリー」


 みしり。


 大地に亀裂が入る音が聞こえる。

 同時に、今までのゆっくりとした動きが嘘のように、砂漠の鷹スクル・アルサフラーの巨体がかき消えた。


 アルカサル公も、完全に見失っている。

 公爵が思わず左右を見回す前に、重厚な鉄の大槍が頭上から叩き付けられた。


 致死判定。

 その瞬間に、砂漠の鷹スクル・アルサフラーの勝利が決まった。


 しかし、最後は反応できた人間がどれだけいたか。

 まさか、あの巨体で宙に舞うとは思わなかった。

 完全に、公爵の視界の外に消えていただろう。


 そういや、ハーフェズと砂漠の鷹スクル・アルサフラーは、二回戦で誰と当たるんだ?


 えーと、げっ、ハーフェズのやつ、聖騎士サンタ・カヴァリエーレだ。

 ルウム教会の秘密兵器と自称魔王の対決か。

 なかなか、皮肉な構図じゃないか。


 それで、砂漠の鷹スクル・アルサフラーは──執事バトラーだ。


 キアラン・ダンバー。

 今回唯一の黄金級ゴルト冒険者。

 ダンバーさんの本気は見たことがない。

 あのターヒル・ジャリール・ルーカーン相手なら、本気のダンバーさんが見られそうだな。


「アラナン、お昼行きましょう」


 おっと、午前の部は終わりか。

 マリーに呼ばれて、慌てて立ち上がる。

 早くしないと、うちの馬が騒ぎ出すんだよ。

 なんで、あんなに食うんだろうね?


 何処も人で一杯なので、屋台で手軽に済ませることにする。


 すでに、ジャンとファリニシュとアンヴァルが買い出しに行っていた。

 アンヴァルは、無論自分の分しか買っていない。

 が、一番大荷物に見えるのは何故だろう。


「やらないですよ。これは、アンヴァルの正当な戦利品です。パン屑一欠片たりとも、アラナンには渡さないのです!」

「そのお金、ぼくが出したんだけれど」

「気のせいです! 一度アラナンから離れたお金は、もうアラナンのものでは……あいたたた、アンヴァルの耳は伸びない、伸びないんですよ!」


 とりあえず、アンヴァルの分も供出させて、みんなで芝生に座り込みながらランチをとる。


「一回戦の前半を終わっての感想はどうだい」


 ソーセージを挟んだパンをやっつけながら、みんなに聞いてみる。


「ハーフェズ君が、ペレヤスラヴリ王国の騎士団長を一蹴するなんてね。同期として焦る気分だよ」

砂漠の鷹スクル・アルサフラーの槍は凄かったですよねー。あれは魔力障壁ツァオバーマウアーなんて軽く撃ち破りそうです」

「いや、グウィネズ大公プリンス・オブ・グウィネズもやばかっただろ。あんなのどう倒すんだよ」


 三人組が口々に言い始める。


「ちなみに、グウィネズ大公プリンス・オブ・グウィネズと、アラナンの賭け率だけれどよ。大公の一・三倍に対して、アラナンは三・四倍だ。エリオット卿サー・エリオットより分が悪いと見られているぜ」

選抜戦シュワでアラナンが勝っているじゃない。何でエリオット卿サー・エリオットより倍率が高いのよ」

「いいじゃねえか。お陰で儲けられるんだからよ」

「お金の問題じゃないわ」


 庶民のカレルと貴族のマリーとでは、お金に対する価値観が違いそうだなあ。


 そんなことを思いながらみなの話を聞いていると、こちらに向かってベールの警備隊の制服を着た男が歩いてくる。

 む、何だ?

 ベールの警備隊にはあまりいい印象ないんだけれどね。

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