第五章 ケーファーベルクの初級迷宮 -8-
イグナーツの
いや、限界と見ればストリンドベリ先生が止めに入るだろうけれど、あの
殺されるくらいなら、
だが、それは学院が意図したことではないのだろう。
ならば、仕方がない。
やってやろうじゃないか。
イグナーツは、三発目の装薬と弾丸を詰め込んでいる。
いまのうちに手を考えたい。
ぼくのいまできる攻撃で、あれを破れるものはあるか?
あれは一点に集中するし、貫通力も高い。
魔力を込めた
いや、いいことを思いついた。
できるかどうかはわからないが──やるしかない。
「おれはもう好きに生きることにした。
火皿に点火薬が入れられる。
だが、三発目を待っている気はない。
ぼくは右手の
爆風を受けながら同時に地を蹴り、イグナーツへと跳躍した。
「ごちゃごちゃうるさいんだよ、イグナーツ! お前の事情なんて、ぼくが知るか!」
指環の魔力を解放し、
同時に
凝縮された爆発は
黒煙を無視して突っ込むと、足から腰、腕へと回転を伝え、魔力を
衝撃が右手に伝わる。
イグナーツの口の端が歪む。
これで終わりじゃない!
一点に集中し、集められた魔力が一気に解放される。
至近で炸裂した二発目の
だが、同時に
爆風が襲い掛かってくるが、
晴れた視界に、吹き飛んで行くイグナーツの姿が映った。
瞬時に剣を抜き、最後の魔力で
右足に魔力を込め、大地を蹴った。
起き上がろうとするイグナーツを突き飛ばし、銃を握る右手を足で踏み付ける。
反射的に銃を追おうとするイグナーツの首筋に、冷たい刃を突き付けた。
「く、くくく」
地面に転がったままイグナーツが笑った。
右手で顔を押さえ、全身を震わせる。
「貴様が特殊な力を持っていることは、学長から聞いた。だから、貴様がそれを使えば負けるかもしれないとは思った。だが、それを使えば
両手を挙げ、イグナーツが降参の合図を送る。
ストリンドベリ先生が、試合終了とぼくの勝利を告げた。
「まさか、あんな方法で竜鱗を破るとはな。貴様のような無茶なやつは見たことがない。相手にしていたら、命が幾つあっても足りやしないぜ」
「イグナーツ。お前がどう思おうと、これからどうしようと好きにすればいい。ぼくは関与しない。だがな……」
ぼくはイグナーツの右肩を左手で掴むと、力任せに引き寄せた。
「マリーを狙った清算はしてもらうぞ。歯あ食いしばれよ!」
左手を離したので、イグナーツは後方に吹き飛んでいった。
とりあえず、これでマリーとの約束は果たせたかな。
全く、約束を守るのも命懸けだよほんと。
イグナーツは地面に横たわったまま、血の混じった唾を吐き捨てた。
にやりと笑い、険の取れた顔で立ち上がる。
「では、これで貸し借りなしだ。おれはフラテルニアを出るんでな。もう会うこともないだろう。さらばだ、アラナン」
イグナーツが、何故ヴァイスブルク家もマヴァガリー王国も捨てる気になったかはわからない。
だが、学長と話した気配があるところを見ると、あの爺さんの思惑が働いているのは間違いない。
食えない爺さんだよ。
フランデルンでの
黒衣を翻して、イグナーツが去っていく。
格好つけやがって。
ぼくも肩をすくめると、試合場から出ようとする。
ああ、
気に入っていた武器なのに。
剣と棒では戦い方が違うし、ぼくはどっちかというと長い武器のが得手なんだ。
「なんや、自分。えらい
近付いてきたジリオーラ先輩が、早口で
はい、ぼくもびっくりですよ。
あんな無茶は初めてやりましたよ。
お陰で愛用の武器が吹っ飛んだからね。
毎回あんな真似できませんよ。
「
「いやあ、
頭を掻くが、そもそもジリオーラ先輩も中等科の平均を遥かに超える人だ。
人のことは言えないのではないだろうか。
「初級迷宮を突破したら中等科に来るんちゃうか? あの酔っ払いの爺さんもそのつもりやろ。中等科に来たら、うちとまた遊ぼうなあ」
やっぱりもう一度やる気満々だよこの人!
さりげなく学長を酔っ払い呼ばわりしているし、これは高等科の前に
あの老人も結構
「やったな、アラナン!」
勢いよく駆けてきて背中を叩くのはカレルか。
友達に中では一番騒がしいやつだが、一番率直に喜んでくれる。
「凄いな、アラナン君。イグナーツ君の隠していた実力にも驚いたけれど、あの変形の
「それよりも、あの火炎の弾丸をよく避けましたよ! あれ見たときは、マルグリットさんなんか悲鳴を上げていたんですよ」
「上げてないわよ、アルフレートの
騒がしい。
でも、不快じゃなかった。
いい友人がいることは、学生生活に彩りを与えてくれる。
莫迦騒ぎだって人生には必要さ。
ぼくは、黒衣が去った方角を見る。
イグナーツは、振り返らず消えていった。
誰も彼が去っていくのに興味はなかったのだろう。
視線をそちらに向けている者はいない。
彼には、いい友人はいたのだろうか。
裏切られたエーストライヒ公とマヴァガリー王国は激怒するだろう。
追手も掛かるはずだ。
あれだけの力を持っていればイグナーツが不覚を取るとも思えないが、できれば生き延びて欲しいところだ。
「全然心配なんかしてなかったからね! アラナンがあんなのにやられるはずがないし、絶対勝つと思ってわ。だから……」
唇を尖らせながらアルフレートに拳骨を食らわせている。
痛そうに頭を抱えるアルフレートを無視し、マリーは急にぴんと背筋を伸ばした。
貴婦人の如く優雅な足取りでぼくの前に進み出て、右の手の甲を差し出す。
ああ、元々作法は綺麗だったな、マリーは。
「イグナーツをぶん殴ったのは見てたわよ。ありがとうね」
うん、発言は相変わらず貴婦人らしくない。
ぼくはマリーの前に片膝を突くと、
ぼくは騎士じゃないけれど、これくらいの礼儀はわきまえている。
ジャンには怒られそうだけれどね!
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