第四章 ルンデンヴィックの魔犬 -7-
土煙に向かって突っ込んだぼくは、そこに魔獣の姿を発見……できなかった。
と言うより、何もいない。
ただ土煙が舞っているだけだ。
思わず立ち止まったぼくを後目に、ハーフェズの
すると、土煙は素早く移動してハーフェズの
更に、威嚇するような低い唸り声が聞こえてくる。
「透明な魔獣か」
そりゃ、姿を見た者がいないはずだ。
見えないんじゃ、見ようがないからな!
「アラナン、油断するな! 魔獣が戦闘態勢に入ったぞ!」
ハーフェズの声にはっとする。
魔獣の位置を知らせていた土煙が、鎮まっていっている。
荒い動きをしていた魔獣が、本気になったのだ。
「させるか!」
消える前にと、
だが、一足遅く魔獣は土煙を消し、闇の中に溶け込んだ。
「まだ去ってないぞ!」
わかっている。
気配はまだこの場に残っている。
ハーフェズも
ハーフェズの
魔獣の動きに翻弄されているようだ。
おっと。
危険の匂いを感じ、咄嗟に横に飛ぶ。
がりがりとぼくのいた辺りの地面が削れていく。
爪か?
結構威力は高そうだ。
あれを食らったらただでは済まないな。
そんなことをのんびり考えている余裕はなかった。
殺気がひりひりとぼくの膚を打つ。
魔獣め、完全にぼくを標的に定めたようだ。
止まっていたらいい標的になる。
ぼくは円を描くように移動し始める。
その後を追うように、音を立てて地面を削りながら魔獣の爪痕が迫る。
「いい引き付けだ、アラナン!」
そこにハーフェズの
激しい衝撃と土煙に、目を開けてられずに薄目になる。
「やったか?」
思わず声を上げる。
だが、土煙の中、魔獣は健在だった。
怒りの咆哮がぼくたちの耳朶を打った。
「まさか……
ハーフェズの
それを連弾で食らったら、生身で耐えられるはずがない。
防いだと言うことは、
くそっ、思ったより厄介な相手だぞ。
ハーフェズの
「ハーフェズ、遠距離攻撃が効かないなら、接近戦で決着をつけるぞ!」
「了解だよ、アラナン。わたしの
ハーフェズは 三日月のように湾曲した刃を持つ刀を鞘走らせた。
同時に、
膨大な魔力に裏打ちされたハーフェズの
ちえっ、あれについていくには出し惜しみしている場合じゃないな。
ぼくも体内の魔力を解放し、
だが、足りない。
それだけではハーフェズの
周囲の大気や大地から魔力を集め、
集める魔力は控えめで十分だ。
制御しきれないとぼくの体が辛いしな。
今までの
だが、
集めた魔力を体内に入れ、ぼくの魔力と合わせて循環させる。
それにより、ぼくの
そして、そのまま体外にも薄い膜のように魔力を貼り、
「くく、アラナン。その技は授業では見せたことがないではないか。わたしの
ハーフェズが愉快そうに叫ぶ。
うん、学院だと
こっちのぼくが全力だ。さあ、行くぞ!
滑るように足を出す。
驚くほど体が軽かった。
今までの
実に自然に体を動かすことができる。
魔力を
魔力の移動も実に自然だ。
目に見えぬ魔獣が迫ってくる。
ぼくは纏っている魔力を糸状に変え、周囲に伸ばした。
手のように作業することはできないが、糸に触れた敵は感知できる。
感知領域は半径十フィート(約三メートル)の円状だ。
これで捉えてやるぞ、魔獣め!
右の魔力糸に反応がある。
結構でかいぞこいつ!
犬と言っても愛玩犬のような可愛いサイズじゃない。
魔力糸を蹴散らしながら迫る魔獣に、ぼくは正面から突っ込んだ。
素早く繰り出した突きが、激しく黒犬の
魔獣は甲高い悲鳴を上げたが、怯まずぼくに爪を繰り出してきた。
爪がぼくの
くそっ、どういうことだ。
やつの爪は破魔の特効持ちなのか。
少し肩を抉られた。
痛みが冷静さを失わせる。
ぼくは下唇を噛み締めると、左肩の痛みは無視するようもう一度集中することにした。
そこに、いいタイミングでハーフェズが魔獣に斬り込んできて、敵の注意がぼくから逸れる。
「ハーフェズ! 魔獣の爪は魔力を打ち消す。気を付けろ!」
気を付けろと言ってもハーフェズには魔獣は見えない。
天才的な勘で敵の攻撃を避け、
だが、
「ふん、この程度で!」
だが、ハーフェズの天才はそんなことを苦にしなかった。
大量の
悲鳴を上げて魔獣が後退した。
血の臭いに、魔獣が傷を負ったことがわかる。
ぼくは急いで魔獣の後ろに回り込んだ。
獣の習性として、手傷を負ったら逃げる可能性がある。
この魔獣は厄介だ。
できれば此処で仕留めておきたい。
魔力の糸の反応では、やはり魔獣は逃げ出そうとしていた。
ぼくが回り込んだことに気付いたか、大きな咆哮を上げて威嚇をしてくる。
甘い、甘いよ黒犬君。
ファリニシュの咆哮を間近で聞いたぼくが、その程度の咆哮で硬直するとでも思ったのか!
魔獣が迫る。
息遣いがはっきりと聞こえてくる。
こいつの攻撃パターンは大体見切った。
今度は噛み付いて強行突破するつもりだろう。
でもな。
悪かったな、黒犬。
お前の姿は、ぼくにとってはもう見えたも同然なんだ。
「
障壁を貫いたぼくの一撃が、確かに魔獣の口の中に捻じ込まれた。
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