第三章 黄金の鷲獅子 -1-

 平和と言うものはいいものだ。


 視界の全く効かない猛吹雪の中、氷河の上で魔狼と死闘するなんて経験をした後だと、つくづくそう感じる。


 その後、ぼくはレオンさんとファリニシュと一緒にフラテルニアに戻り、シピ・シャノワールに結果を報告した。

 シピは自分の代わりの護衛だと早速ファリニシュをマリーに紹介したが、予想通りマリーは人見知りを発揮してなかなかファリニシュと打ち解けているようには見えない。

 ま、時間が解決するだろう。


 ギルドから報酬も出て、ぼくは当分遊んで暮らせるくらいの金は手に入れた。

 だが、金なんて使えばすぐになくなるものだ。

 できるだけギルドの仕事もこなして金を稼ぎたい。


 ぼくと旅をともにしたレオンさんだが、話していた通りフリースラントに発っていった。

 聖修道会セント・レリジャス・オーダーからの依頼なんて、胸騒ぎしかしない。

 冒険者としてのぼくの師匠みたいな人なんで、無事でいて欲しい。


 レオンさんは去り際に、ぼくに次に会うときまでに白銀級ズィーバーになっておけよと言っていった。

 白銀級ズィーバーは強いだけじゃなれない。

 あらゆることに経験が必要だ。

 ぼくではまだ足りないことが多すぎる。

 頑張らないとね。


 そんなこんなで伸びていた学院への登校を、ようやくぼくは果たすことができた。

 身体中の筋肉痛も治ったし、ようやく日常に帰れる。

 筋肉痛が治った後は、むしろ前より身体が動くくらいだなあ。


 初登校のぼくを見て、マリーはついと顔を背けた。

 学院で一緒になれると来てみれば、ずっとぼくが登校しなかったので怒っているようだ。

 しかし、待ってほしい。

 登校できなかったのは、マリーのためなんだが!

 シピとか説明しなかったの!


 あの黒猫は絶対面白がっていたに違いない。

 未だにマリーはむくれているし、当分あのままだろう。


 ファリニシュはイリヤ・マカロワとして堂々と初等科に入学してきて、みんなの注目を集めている。

 特に男子は軒並みやられている感じだ。


 そりゃ見るからに大人の色香を放つ美女がいたら、健康な男子学生ならたまらない。

 背の低いドゥカキス先生では、同じ大人でもファリニシュの相手になっていない。

 初等科の女子連は戦う前から討ち死にしたも同然だし、面白くないだろうな。


 面白いのは、あの真面目君のハンス・ギルベルトが、一発でファリニシュにめろめろになっていたことだ。

 あんな悪い女に捕まったら、骨抜きにされても知らないぞ。


 初等科の生徒で、ファリニシュにやられなかった男子はハーフェズだけだった。

 自身も完璧な美貌を持つ美男子であるからなのか、ハーフェズは特にファリニシュに興味を示さない。

 二人が並んでいるとまるで芸術作品であるかのような錯覚を受けるが、二人とも別に親しそうにはしなかった。


 いつの間にか、黄金のハーフェズ、白銀のイリヤなどと異名を付けられてはいるけれどね。


 ファリニシュは、昼食用に軽食を持参してくる。

 無論、食堂もあるからそちらを利用することは可能だ。

 だが、ぼくとマリーの分を作ってきてくれるファリニシュの苦労を考えると、無下に断ることもできない。

 結果として、初等科でのぼくに対する男子の視線が酷いことになっている気はする。


 食堂に行かないのは、ハーフェズも同じである。

 彼は昼食時になると、何処からともなく現れた執事とメイドに昼食を用意させている。

 もう明らかに生活感が違う。

 まるで王子様だと、女子の人気は高い。


 ぼくから言わせると、彼はただの変人の怠け者だ。

 初等科の成績トップは真面目人間のハンス・ギルベルトだが、最下位はハーフェズである。

 何せ、講義中は大抵寝ている。

 実技でもやる気なさそうにしているし、女子の人気は本当に顔だけである。


 学院での講義は、基本の身体強化ブーストの修得にメインが置かれていた。

 初等科学生のほとんどが、まだ身体強化ブーストを会得していない。

 魔力を扱う上で基本となる技術なので、これは必修科目だった。


 ハンス・ギルベルトのように元々修得しているやつは、強化の度合いも高く模擬戦では頭抜けて強い。

 ぼくやマリーはやっと覚えた段階で、まだ大した強化には至っていない。

 ファリニシュは明らかに手を抜いており、適当なところで負けてやったりしている。

 そして、ハーフェズは覚えようともしていなかった。


 ドゥカキス先生もハーフェズには手を焼いていた。


 フラテルニアでは身分も地位も関係ないが、ハーフェズがイスタフル帝国ではかなり身分が高いことは薄々みんな知っている。

 それでも真面目なドゥカキス先生は、必死にハーフェズに注意をしたりするんだが、彼はいつもふざけて話をらしてしまう。

 会話の逸らし方は絶妙で、まだ若いドゥカキス先生はいつも手玉に取られていた。


「で、班をどうするかが問題なのよ」


 今日の昼食はペレヤスラヴリ風焼きピロシキパンだった。牛の挽肉とゆで卵が中に入っており、なかなか美味しい。

 手軽で旨く、こういう携行しての昼食にいいな。


「ねえ、聞いているの、アラナン」


 おっと、やっと直ったマリーの機嫌がまた悪くなる。

 ぼくはパンから視線を離した。


「ああ、今度の野外授業での班決めだろう。三人から六人までの班を作れって言うんだから、この三人でいいじゃないか」


 ぼく、マリー、ファリニシュの三人だ。

 魔物を狩る実戦訓練だが、どうせ相手はグリューン級の魔物だ。

 この三人で手に負えないなんてことはないだろう。

 例え魔術エレメンタル禁止でもね。


「わっちが手を出しては主様たちの身になりんせん」


 ファリニシュはこう言うところでは厳しい。

 危機に陥らない限りは自分で何とかしろと言うことだろう。

 まあ、問題ない。

 ぼく一人でも十分なくらいだ。


「レオンの魔弾フライクーゲルを無にしたこと、忘れないでくんなんし」


 ちくりとファリニシュが釘を刺してくる。

 そうだな、ぼく一人でやっていては訓練にならない。


「でも、誰を誘うんだ? 心当たりはいるの?」

「ハーフェズでいいではありんせんか」


 ハーフェズ以外だと、ファリニシュにお熱でわずらわしいらしい。

 それに、成績最下位のハーフェズは、誘う者もなくあぶれているはずだと。

 あれだけ女生徒に人気のハーフェズが、あぶれているものかな。


「そうねえ。成績に直結するし、班に男子がいるところはその男子が反対するでしょう。逆に女子だけだと彼を守るほど余裕はないのよねえ」


 マリーの冷静な分析に納得してうなずく。

 まあ、それなら狙い目ってわけだ。

 でも、加えたはいいけれど、それって役に立つのかな。


「そこは主様の甲斐性の見せ場でござんすよ」


 さいですか。

 ま、頑張るけれどね。


 昼食後ハーフェズを探すと、相変わらず昼寝をしていた。

 執事とメイドは帰ったのか姿はない。

 しかし、ごろっと横になっただけで絵になるとは腹立たしいやつだ。

 まさに男の敵である。


「森の狩人の音の殺し方だねえ、アラナン。心臓に悪いから止めてくれよ」


 目をつむったままハーフェズが言った。

 確かに意識はしていないが、ぼくは普段から足音や気配を立てないようにしている。

 エアル島の森の中でそう仕込まれたからだ。

 だが、その殺した気配を簡単に察知され、あまつさえ個人を特定されるとは思わなかった。

 寝ていたんじゃないのか、ハーフェズ。


「今度の野外実習なら一人で行こうと思ってたんだけれどね。アラナンたちなら面白そうだから組んでやってもいいよ」


 何かを言う前にハーフェズは見透かしたように言ってくる。

 会話の主導権を握られっぱなしだ。

 やりにくいな、もう。

 ドゥカキス先生の嘆きがわかる。

 こいつは頭の回転がとんでもなく速いのではあるまいか。

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