「行け、メグ」

 男がそう言ってメグを見る。

「お前たちにはもう用はない」

「……っ」

 メグがいづみをひっぱって駆けだす。マツリのもとまで。

「……マツリ!」

「メグ、大丈夫?」

「何で来たんだよ!」

 メグが怒鳴る。けれどマツリは少しも動じず、小さく頷いた。

「うん。ごめんね」

 そんな風に素直に謝られては、もう責められないじゃないか。メグはぐっと拳を握りつぶし苦い顔をした。

「マツリ!」

 次いでいづみがマツリに抱きついた。

「ごめん、いづみ。私の身代わりなんて……」

 いづみはぶんぶん頭を振った。

「なんで来たの……っ」

「二人を連れ戻しに」

 マツリが小さく笑うと、いづみの眼からさらに涙が零れ落ちた。

「では、大蕗 祀さん」

 男がマツリに声をかけると、マツリは彼をじっと見つめた。

「マツリでいいです。大蕗じゃ、大蕗 奔吾と、紛らわしいと思うから」

 マツリははっきりとした口調で言った。

「では、マツリさん。事情も知っているようだ。此処に来てくれたということは、我々に協力してくれるということでいいかな」

「……私はブラックカルテじゃないですよ」

 マツリの表情には一切の色がない。無色だ。

「メグみたいな化け物が体から出てきたことはないし。健康診断も常に正常値だし」

「その数値すら、どこにもデータが残っていない。まるで存在を隠されているように」

「……」

 マツリは眉をひそめた。健康診断などの結果はちゃんと自分の手元に届くので、そんなはずはない。……と思ったのだが、心当たりがないわけじゃなかった。いつも学校の行事では自分の写真は残らない。執着したことはなかったが、不思議には思っていたのだ。

「それが、どう考えても、おかしい」

「ミスです」

「そんなミスばかりが起きるか?」

「……」

 マツリは黙る。確かにそれは可能性の低い現象だろう。

「奔吾は君の父親だろう?」

「……はい」

 隠すこともなく、マツリは頷いた。

「だけど、私はあの人のことを何も覚えてないです。あの人も私のことなんか覚えてません」

「少なくとも後者については分からない。君がブラックカルテじゃない証拠にはならない」

「……疑うんですね」

「科学者だからね」

 会話は長い沈黙におちいった。淡々と言葉を交わす二人を、周りの者たちはただたたずんで見届ける。

「……じゃあ」

 マツリが口を開く。

「少し時間を下さい」

「……時間?」

「三日でいいです。準備する時間が欲しい」

「……此処へ戻る約束ができると?」

「はい。自分の足で此処へ、もう一度来ます」

 マツリは射るように男を見つめた。相手を見ているようで、どこか遠くを見ているような、独特なあの眼で。周りの者は思わずその瞳に固唾かたずをのんだ。

「なんなら。私の住所をお伝えしますので、さらいに来ていただいても結構です」

「はは。随分な言い方だな」

「巻き込んでしまったいづみに、きちんと話す時間が欲しいから」

 男はいづみの方をちらりと見た。怯えるような眼をした彼女の憔悴しょうすいしているさまが見て取れた。

「国光から逃げられるとも思ってません」

 マツリのまなざしは、折れない。

「三日の間。何をする」

「……私に、黙秘権はないんですか」

「……」

 二人の視線が数秒間、力強くぶつかる。先に視線を落としたのは男の方だった。

「……いいだろう。三日だな」

「はい」

「三日後、学校に迎えをよこす」

「分かりました」

 マツリはそう言って向きを変え、歩きだした。その態度は、毅然きぜん

「マツリ……!」

 メグといづみはそんなマツリを追いかける。

「メグ」

 が、男に呼ばれ、メグはゆっくりと振りかえった。

「その子たちに、ブラックカルテのことを話したのはお前か?」

「……これだけ巻きこまれたんだ、知る権利くらいあるだろ。口止めされた覚えはねぇ。他の誰かに言ったってどうせ誰も信じねぇよ」

「……なるほど」

「マツリは来ないぜ。連れてこさせねぇ」

 そう言ってメグは背をむけ、マツリを追った。

「……いいんですか?」

 後ろに立っていた優男が男に声をかける。

「かまわん。顔は記録した。問題ない」

「承知しました」

 優男は小さく会釈えしゃくをして了解した。


「それにしても大蕗 祀……。奔吾にそっくりな眼をしている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る