2
「行け、メグ」
男がそう言ってメグを見る。
「お前たちにはもう用はない」
「……っ」
メグがいづみをひっぱって駆けだす。マツリのもとまで。
「……マツリ!」
「メグ、大丈夫?」
「何で来たんだよ!」
メグが怒鳴る。けれどマツリは少しも動じず、小さく頷いた。
「うん。ごめんね」
そんな風に素直に謝られては、もう責められないじゃないか。メグはぐっと拳を握りつぶし苦い顔をした。
「マツリ!」
次いでいづみがマツリに抱きついた。
「ごめん、いづみ。私の身代わりなんて……」
いづみはぶんぶん頭を振った。
「なんで来たの……っ」
「二人を連れ戻しに」
マツリが小さく笑うと、いづみの眼からさらに涙が零れ落ちた。
「では、大蕗 祀さん」
男がマツリに声をかけると、マツリは彼をじっと見つめた。
「マツリでいいです。大蕗じゃ、大蕗 奔吾と、紛らわしいと思うから」
マツリははっきりとした口調で言った。
「では、マツリさん。事情も知っているようだ。此処に来てくれたということは、我々に協力してくれるということでいいかな」
「……私はブラックカルテじゃないですよ」
マツリの表情には一切の色がない。無色だ。
「メグみたいな化け物が体から出てきたことはないし。健康診断も常に正常値だし」
「その数値すら、どこにもデータが残っていない。まるで存在を隠されているように」
「……」
マツリは眉をひそめた。健康診断などの結果はちゃんと自分の手元に届くので、そんなはずはない。……と思ったのだが、心当たりがないわけじゃなかった。いつも学校の行事では自分の写真は残らない。執着したことはなかったが、不思議には思っていたのだ。
「それが、どう考えても、おかしい」
「ミスです」
「そんなミスばかりが起きるか?」
「……」
マツリは黙る。確かにそれは可能性の低い現象だろう。
「奔吾は君の父親だろう?」
「……はい」
隠すこともなく、マツリは頷いた。
「だけど、私はあの人のことを何も覚えてないです。あの人も私のことなんか覚えてません」
「少なくとも後者については分からない。君がブラックカルテじゃない証拠にはならない」
「……疑うんですね」
「科学者だからね」
会話は長い沈黙に
「……じゃあ」
マツリが口を開く。
「少し時間を下さい」
「……時間?」
「三日でいいです。準備する時間が欲しい」
「……此処へ戻る約束ができると?」
「はい。自分の足で此処へ、もう一度来ます」
マツリは射るように男を見つめた。相手を見ているようで、どこか遠くを見ているような、独特なあの眼で。周りの者は思わずその瞳に
「なんなら。私の住所をお伝えしますので、
「はは。随分な言い方だな」
「巻き込んでしまったいづみに、きちんと話す時間が欲しいから」
男はいづみの方をちらりと見た。怯えるような眼をした彼女の
「国光から逃げられるとも思ってません」
マツリのまなざしは、折れない。
「三日の間。何をする」
「……私に、黙秘権はないんですか」
「……」
二人の視線が数秒間、力強くぶつかる。先に視線を落としたのは男の方だった。
「……いいだろう。三日だな」
「はい」
「三日後、学校に迎えをよこす」
「分かりました」
マツリはそう言って向きを変え、歩きだした。その態度は、
「マツリ……!」
メグといづみはそんなマツリを追いかける。
「メグ」
が、男に呼ばれ、メグはゆっくりと振りかえった。
「その子たちに、ブラックカルテのことを話したのはお前か?」
「……これだけ巻きこまれたんだ、知る権利くらいあるだろ。口止めされた覚えはねぇ。他の誰かに言ったってどうせ誰も信じねぇよ」
「……なるほど」
「マツリは来ないぜ。連れてこさせねぇ」
そう言ってメグは背をむけ、マツリを追った。
「……いいんですか?」
後ろに立っていた優男が男に声をかける。
「かまわん。顔は記録した。問題ない」
「承知しました」
優男は小さく
「それにしても大蕗 祀……。奔吾にそっくりな眼をしている」
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