Secret 005 残業パラダイス

2019/05-


Secret 005 残業パラダイス


 いつの間にか残業をしていました。


「ご苦労さん。派遣さん」


「私の苗字は倉橋です。三上みかみ係長」


 ああ、絡まってきたなあ。もう。面倒ですね。


「やあ、やあ分かっとるよ。期待しとる。派遣さん」


「ご帰宅前にお茶をご用意いたしますね」


 そうなのだ。この絡まりは、何か飲みたいの合図なのだ。私が派遣社員で入ってきたときから、ずっとそうだ。それも、給湯室の煎茶は不味いとうるさい。自販機で、あったかーい『甘味のおちゃっこ』がいいという。


 私がなけなしの百五十円で買ってこようと思ったとき、高い所から、私と係長の間に影が落ちた。


「そうですよ。三上係長。倉橋さんは、期待の新星なのですから」


 室生さんだわ。どうしよう。雷音さんと狭いブースでこもりっきりだったから汗臭くないかな? あれ? 私、さっきと全然違うこと考えている。


「ふお! 室生くんじゃないか! また偉くなって」


 小太りの三上係長が、室生さんの肩を叩こうとする。室生さんが、何気なく私の所へ来てくれた。向こうにいる雷音さんの爆発までカウントダウンだった。


「あの……」


 室生さんが、心持ちかがんでくれているのかな? 私の視線にぴたっと合う。


「何ですか?」


 やだ、ちょっと顔が赤くないかなあ……。鏡にうかがう訳にはいかないから、顔を覆っちゃった。勿論、室生さんを見つめていたいから、指の隙間から貴方色を覗くのよ。優しい感じの緑色かなあ……。


「お腹が空いたでしょう。お食事に行きませんか?」


「はわーっち。いえいえいえいえ。お金がないです」


 やややや。そういう問題ではなくって。そんなことを言ったら、寧ろ――。


「だったら、奢りますよ。先ずは、会社を出て羽をのばすこと。気晴らしもお仕事の内です」


 エンジェルスマイルが私の周りをキラキラとさせて、ああ、これは、『kirakira.png』じゃないかしら? 瞬いているわー。


「ええええー!」


 私の初デートって、こんな時にやってくるのー? 一生お付き合いすらできないと思っていたのに。ええええ? 結婚? ん? それは言われてないですね。


 蕾音さんは、怒って先に帰宅したようだ。


 いつの間にか、室生さんのお抱え運転手さんの後ろに二人で乗っていた。着いたところは、田舎者的に素敵としか言えないレストラン。逆に、緊張でお腹を壊しそうです。


「はあ……。グリーンを基調とした落ち着いたレストランですね」


「へえ。色使いとか気になるんだね」


 もしや予約席とも思える一等眺めのいい席についた。ここは七階。怖くもなく下を見下ろせるところ。だけど、派遣子ちゃんには酷だな。


「どんなに宝石箱を散りばめたような街並みを見ても、私は、故郷の山が恋しいですね」


 たった一つの小学校があって、たった一つの中学校がある。

 それらを結ぶ川上に、皆の体育館があったわ。私は、町営体育会の花形だったわ。お父さんもお母さんも兄さんも私に手を振ってくれた。


「ん? 緑からそう連想したのかな?」


 いけない。ぼーっとしたら、悪く思われちゃう。


「そうですね。ホームページのベースに緑を使いたいと思います」


 室生さんは、こくりと頷いた。ゆっくりとお食事されているのは、私がもたもた食べているからね。悪かったなあ。


「そうなのですよ。上にある『トップ』や『製品情報』の後ろに画像を入れたくて。帰宅したら、描かないとならないんです」


「へえ。何を使って描くのかな?」


 大層なものは持っていない。美大時代は学校にあるものを借りていたし。今は――。


「あの……。笑わないでください」


 熱いわ。テーブルのグラスに浮かぶキャンドルがそうさせるのかしら?


「笑ったりしないさ」


 室生さんは、グラスを回して、時間を香っていた。


「スマートフォンのアプリです。お絵描きアプリというか」


 グラスがゆっくりと下がる。覗いた顔がとても気になっている。私はもしかしたら、お仕事以上に気になることがあるのかな……?


「それは楽しみだね!」


 満面の笑みが待っていた。優しい人なんだ。こんな田舎者でも分け隔てなく対応してくれるんだわ。


「な、何か。胸が一杯です……」


「そんなに食べていたっけ?」


 ひ、酷い。むくれちゃうぞ。


「違いますよー。それは、お腹が一杯ですよ?」


 何だ。思っていたよりも気さくでいいひとなんだ。私の勘違いだったわ。

 折角の七階にあるレストランだったのに、外を眺めることをすっかり忘れていた。だって、目の前の室生さんが気になって仕方がないし。


「じゃあ、又。明日もよろしく頼むな」


「いいんですか? 電車もあるのにタクシーだなんて」


 黒いタクシーに身を半分入れる。 


「倉橋さんは、危なっかしいからなあ」


「ぶー。何かいいました?」


 ぽふんぽふん。


「くうう。二度目の頭ぽんぽんですよ。私はタヌキのぽんぽこりんちゃんですか?」


「うん、むくれると似ているかもな」


「ドアを閉めますよ。お客さんは、どちらまでですか?」


 そんな声は遠く聞こえなかったが、やっと住所を伝えた。



「はははーい。ただいまー。静香さまのお帰りだぞー」


 いいですか? いいですか? 私は酔っていませんよ。アルコールは苦手なのですから。

 だから……。雰囲気に酔ったのかなあ?


 にゃーん。


「おう。にゃん助。元気だったかのう」


 うごほ。そんなに膝にアタックするにゃん助は、お留守番が寂しかったのかな。いつもは万年派遣子ちゃんだから、今日の帰りを遅く感じたよね?


「よしよし、明日は、これ!」


 『menu』のページにリンクしてある上の四つの画像を作って持っていくのよ。


「凹凸の感じが出せたらいいわね。それから、基本の色は、緑ね。福祉にもなるデザインなのだから、相応しい色使いが望まれると思う」


 にゃーん、たっく!


「にゃん助、さてはお腹が空いているなあ? 私と同じだね。顔に出ちゃう。うん? 猫の顔?」


 ぶっと吹きながら、調理場で魚のアラを煮る。にゃん助の好物だからね。


「お待たせー。ちょっとお絵描きしているからね」


 えーと、幅240pxの高さ35pxとな。その変化前が『topupd.png』で、変化後が、『topupl.png』ね。


 先ず、緑の草模様を描くわ。それに上と右に白いライン、下と左に茶のラインを入れて、真ん中の作業レイヤーに白を流して、下の緑とクリッピング。レイヤーと定規を駆使してっと。それらを保存します。


「あら、さくっとできあがりです」


 そして、CSSの方は、以下のように記述し、画像と共にアップロードしますよー。


「にゃん助、これは、私の脳内パソコンのなせる業だからね」


 ふーにゃん。


 ――――――――――――――――

 #menu li a {

 display:block; /*リンク部分をブロック表示にする*/

 width:240px; height:35px; /*幅と高さ*/

 background-image:url(topupl.png); /*背景画像を指定*/

 background-repeat:no-repeat; /*背景画像を繰り返さない*/

 }

 #menu li a:hover {

  background-image:url(topupd.png); /*リンクにマウスが乗ったら背景画像を変更する*/


 ――――――――――――――――

 参照

(http://uhi.sa-suke.com/md015.jpg)


 ありゃ? ちょっと細いなあ。ホームページの閲覧者からしたら、使いにくいでしょうよ。高さを35pxから50pxにしましょう。


「ふふんふんふんー。こういう作業は好きなの。だけど、オタク漫画を描いているとか言われるのは、やーだなー」


 朝までに数パターンとトップページを飾るイラストを用意できた。


「やったね! 昨日何を食べたのか忘れているのに、こういうのだけ忘れないのね」


 あっと気が付いたときは遅かった。昨日のおデートのとき、化粧室へそそそとか隠れて、桜色のリップを塗ればよかった。まあ、いいか。今日もお会いできますよね、室生天結さん……。


 その日の朝、ウルトラ悲劇的なことが起ころうとは……。

 それって、ロミオとジュリエット以上に衝撃的に悲しくてよ。

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