2.銃刀法違反だと思います

 

 4月22日、午前8時00分。

 行政高校、1年E組教室。


 広い室内には、席が後方に行くほど高くなるよう、階段状に座席が設けてある。机にはパソコン型の小さなスクリーンが人数分、設置されていた。

 入口近くの教卓はまだ《ホームルーム》開始時間前ということもあり、空っぽだ。

 室内は生徒たちの談笑で賑やかになっていた。前日のうちに顔合わせを済ませた生徒が多いようで、既に教室のそこかしこで雑談の子集団が形成されている。

 その中で一人、列の中間あたりの席に、ポツンと座る少年が居た。


「出遅れた……」


 金城だ。


 前日、入学式。金城は伊奈瀬以外の新入生と碌に話しもせず、帰宅してしまった。

 一応、何度か他の生徒に声をかけようとしたのだが、チキンハートも相まって、奴は勇気を振り絞ることもできず、あえなく断念してしまったのだ。


(……いや、今から後悔してもおせーんだけどさぁ)


 ちらり、周囲に目を向けてみると丁度女子と会話で盛り上がっているように見える男子が居た。それを見て金城はなんとも言えない不穏な感情を味わう。ちっ、と小さく舌打ちをしながら心中で毒吐いた。


 ――リア充、暴発ぼうはつしろ。


 ただのやっかみである。ブラッドなどの事に気を取られて、他の生徒との交流に怖気づいた奴が悪い。


 とりあえず、親しく挨拶する相手も居ないので、金城は暇つぶしにと机に設置された小さなスクリーンとは別の端末を開いた。黒い携帯形の端末は学校から支給された物であり、これを通して学内のネットワークへとアクセスをすることが出来る。

 校内で個人端末を使うことは緊急時以外は禁止されているので、学内の生徒と連絡を取る際にはこれを使用することを求められていた。生徒はそれぞれ学校用のアドレスを用意されており、教師陣からの連絡事項もこれを通して配信される。


 スクリーンを展開して、金城はメールボックスを開いてみた。見ると、新しいメッセージが一件だけ届いていた。


「伊奈瀬だ……」


 「Y.INASE」と表示された名前を目にした途端、金城の胸に蝋燭のような小さな灯がポッと点いた。

 緩みそうになる口角を抑えながら、内容を読み上げる。


「なになに? “新しい友達が出来たんですけど、その子はちょっと人見知りするタイプのようなので……今日は、一緒にお昼を食べれません。ごめんなさい”……」


 表情が固まった。瞳は三日月形へと歪んだまま止まり、金城の口がひきつる。


「……ふっ、見事だ伊奈瀬」


 ――おかげで俺の硝子ハートは粉々に粉砕されたぜ。


 それは大きな金槌のような威力をもって、金城の思考を撃沈させた。まさか、こんなところに可愛らしい裏切り者がいたとは……とんだ伏兵だ。金城は破り裂かれた心臓を繋ぎとめるように胸元のネクタイを握りしめた。


(俺、もう立ち直れないかも……)


 金城の頭がゆっくりと机へと傾いてゆく。そんな時だった。


「なんだ? もしかして彼女からメールでも貰ったのか?」


「……へ?」


 突然背後から話しかけられて、金城は驚いたように振り返った。其処にはメイプルブラウンに染めた髪に、 涅色の瞳をした少年が不思議そうな顔で立っていた。


「あ、あーと……」


 戸惑った様子を見せる金城に、少年は己の失態に気がついたように眉尻を垂らしながら口を開いた。困ったような顔をしていても、僅かに上がった口角から少年の社交性が伺えた。


「あ、悪い。俺、高田たかだ匡臣まさおみっていうんだけど……なんか、一人でブツブツやってる奴が居るなぁって、気になっちゃって」

「はぁ……」

「隣、座っても良いか?」

「え、あ、どうぞどうぞ」


 行き成り話しかけられたことに戸惑っているのか、少し挙動不審な動作で、金城は少年の為にわざわざ椅子を引いてやった。まるで、上司と部下のようなその構図に、少年――高田は苦笑しながら腰を下ろした。


「ありがとう。

 ほんじゃ、改めまして。俺は高田匡臣」

「あ、金城理人です」


 差し出された手の意味を察して、金城は少年と握手を交わした。

 未だに敬語のままで話す金城が可笑しかったかのか、少年は朗らかな笑い声を上げた。


「“です”って……なんで敬語なんだよ。クラスメイトなんだからさ、普通に話そうぜ」

「え、あ、そか。悪い、そうだよな」


 随分とフレンドリーな少年だ。

 恐らく初対面の人間に対しても物怖じしないタイプなのだろう。「なんか、クラスを先導する奴っぽいな」、と思考しながら金城は高田と明るい雑談を広げた。高田は話題を振ったりするのが上手で、金城が会話に飽きることはなかった。


「じゃあ、金城は世田谷中学なのか」

「高田は?」

「俺、新宿」

「え、じゃあ」

「うん、こっからめっさちけー所。だから、新宿の事は熟知していると言ってもいい」

「おお!」

「うまい飯屋から、手頃な遊び場までバッチこいってな」


 どうやらこのクラスでも上手くやっていけそうだ。

 それが分かる位には二人は親交を深めているように見えた。


 詰まることのない談笑を続ける二人。時間はいつの間にか大分過ぎていたようで、予鈴が鳴った。それを合図に先ほどまで騒いでいた生徒たちが各々の席へと着く。続いて電源の入っていなかった端末が自動的に立ち上がり、既に起動していた端末はウィンドウをリフレッシュされた。同時に教室全面のスクリーンにメッセージが表示される。


『5分後にオリエンテーションを始めます。IDカードを端末にセットしていない生徒は速やかにセットしてください』


 金城も自分がIDカードをセットしていなかったことを思い出して、急いで懐からそれを取り出す。スクリーンの下にあるカードリーダーへとIDカードを差し込むと、画面に金城の写真と名前が映しだされた。


『IDナンバー、602。金城理人、出席。確認しました』


 生徒の出席はIDカードを端末に差し込むことで取られる。一応、教師が後に全員の出席を確認することにはなっているが、それも偶にしか行われないらしい。


(それでも、サボる奴は……いねーよな)


 この仕組みだと、IDカードを授業開始直前にだけ仕込んで室内から忍びでれば、簡単に授業をサボタージュできてしまう。だが、それでもサボるなどという愚行を起こす生徒は此処には居ない。当たり前だ。皆、この高校に入るために必死に勉強をしたのだ。その血の滲むような努力を思えば、出来るわけがない。


 つらつらと金城が考えている間に、教室の扉から一人の教師が姿を現した。


「……欠席者はいないようですね」


 大分薄くなって、麦色へと変色した白髪交じりの髪に、銀縁の眼鏡をかけた男はどこか神経質そうに見えた。堅い声色が室内に響く。厳格な姿勢を保つ教師のおかげで、室内に緊張が走った。

 生徒たちは皆、心なしか顔が強張っているように見え、授業に集中しようとしているのが分かる。それを確認すると、教師は一つ頷いて教卓へと向かった。


「皆さま初めまして、わたくしの名は久京くぎょう朝仁あさひと。普段は数学のような普通科目の授業を担当しております」


(わたくしって言った!?)


 違和感を否めない一人称に金城は思わず突っ込みそうになった。

 壮齢に見える男は白に近い色の上品なスーツを纏っているせいか一見紳士的に見え、その一人称は妙に似合っていた。


「ご存じのとおり、クラスは選択科目以外では残り三年間、この教室に居るメンバーで授業を共に受けてもらいます。

 まだ、お互いのことを知らない生徒が居るでしょうから、自己紹介から始めましょうか」


 淡々と喋るその様はアンドロイドのようで、金城の脳裏を一瞬、ある女性の姿が掠めた。


(……なんか、ちっとだけなえセンに似ているような)


 あの女のように厳しくなければ良い。金城は心の奥底からそれを願いながら、紹介の順番が回ってくるのを待った。


◆  


「金城理人です。世田谷中学に通ってました。好きな物は本と、あと中華が好きです……すいません、以上です」

「では次」


 自己紹介はアピールタイムということもあり、金城は悩みに悩んだのだが、下手に目立ったらまずいと思い、けっきょく無難な自己紹介をした。まあ、見る限り(偶に可笑しなのが居るが)、皆だいたい似たり寄ったりのイントロをしていたので、問題は無いだろう。

 隣の高田は多少はっちゃけたような喋り方をしていたが、内容は金城とあまり変わらなかった。


「……どこにでもあるよね、自己紹介って」

「いや、そりゃ当たり前だろ」


 こそこそと小声で話す金城と高田。一応、他者の自己アピールにも耳を傾けてはいるが、やはり退屈なのか意識を逸らしてしまう。そんな時だった、


「次で最後ですね。富堅とがしほまれ

「違います」


 ガタリ、と立ち上がりながら否定の声を上げる少年。白に近い髪に翡翠色の瞳をした彼は異国の人間のように思えた。おまけに背はかなり低めで、なぜか上着の袖が異常に長い。間違いなく少年の膝丈まである。


「……何人なにじん?」


 ポツリと疑問の声を零す金城。今更ながら、彼の存在に気付いた金城は驚愕した。あんなに目立つ出で立ちをしているのに、奴に注目するどころか、存在に気付くことさえもできなかった。どうやら、周囲の人間も似たような心境のようで、ザワザワとさざめきだす。

 「なに?」と、久京はピクリと米神をひくつかせながら少年に問いかけた。


「僕はキング・ペン太郎です」

「……は?」


 奇妙な爆弾が室内に落とされた。

 金城含む生徒が呆気に取られる中、久京は一人眉を顰めながら再度、言葉を返す。


「富堅誉、その袖はなんですか? それと私の記憶が間違っていなければ、君は純粋な日本人だったはずですが……」


「僕の名前はペン太郎です。好きな人はペンギン。愛しているのはコウテイペンギン。嫌いなものはペンギンを貶す不貞の輩。以上です」


 カタリ。淀みなく、意味不明としか言いようがない言葉の羅列を並べた後、少年は静かに席へと腰を落ち着けた。その様に金城は引いたように上半身を仰け反らせる。


(え、なに? ……中二病?)


 その発言からして、少年が痛い思考をしていることを金城はなんとなく理解した。おまけに先程の教師の発言が本当ならば、少年は間違いなく純粋な日本人なのだろう。


 確かに日本人寄りの顔立ではあるし、中々の美少年なのだが、その麗しさは銀髪とカラーコンタクトで台無しにされているような気がした。外見が、ではない。内面が、だ。

 

 行政高校では正式な行事以外では、別に髪を染めたりすることは禁止されていない(アクセサリー類は禁止されているが)。それでもこの校の人間は皆、黒やこげ茶などの地毛が殆どだ。染めている者は確かに居るが、大体は高田のように無難な金髪や赤の混じった黒など、そんな感じの髪色ばかりだった。

 

 だからこそ、あまりにも目立ちすぎるその髪色は頂けず、おまけにその袖は校則違反に近いものとして、久京は注意をした。だが、少年“ペン太郎”がそれを聞き入れることはなかった。


「まあ、良いでしょう」

(良いの!?)


 疲れたのか最後には匙を投げる久京。その予想外の態度に金城含む生徒一同は瞠目した。あの厳格な佇まいからもっと厳しい性格を想像していたのだが、どうやら意外にもルースらしい。

 久京は周囲の反応などお構いなしにオリエンテーションを続けた。


「それでは、自己紹介が終了したところで。

 これから皆さんの端末に本校のカリキュラムと施設に関する案内書を流します。同時に、幾つかの注意事項について説明いたしますので、一字一句、聞き逃さないように」


(出たよ……説明とか、注意事項ってマジでなんなの?)


 この学校には触れてはいけない暗黙のルール、或いは危険な物でもあるのか? 金城は疑心に満ちた思いで顔を顰めた。


「では、始めます。それでは、まず後ろのスクリーンを見てください。ご覧のとおり、ここの校舎は……」


◆  


 案内書や教師の説明に、然程おかしな点は無かった。確かに多少特殊な学校ということもあってか、他校とは違うカリキュラムや設備などが見えたが、どれも金城には予想できたもので、入学案内で読んだものと殆ど変わりはなかった。


(……別に特に注意することねーじゃん)


 案外、普通(?)の説明会に金城は脱力した。高校と言ってもここは行政機関と携わっている。もしかしたらあの《死行隊》のようなとんでも設定が出てくるのかもしれないと思ったが、唯の杞憂にすぎなかったらしい。確かに特殊な器具や、訓練用の機械についての説明事項はあったが、どれも金城が想像していたほど、奇妙なものではなかった。


「それでは、次に《授業用器具》についてですが」


 久京が次の内容へ移ると同時に、教室の後ろの扉からタイミング良く、別の教員が配布用ロボットを従えて入室してきた。


「失礼します久京先生。TDティーディーを届けに来ました」

「ご苦労様です。お願いします」


 久京の言葉を合図に黒い制服の教員とロボットが何かを配り出す。

 黒いプレートを纏った長方形のロボットの足にはホイールが付いており、ロボットはそれを器用に伸ばしては、階段を下りていく。長方形の箱の蓋がパカリと開き、その度に教員はロボットから差し出される“物”をチェックするように“カチリ”と何やら音を鳴らしてから、生徒の前に置いていった。


「まだ触らないで。久京先生の指示を待ってね」


 ゴトリ、ゴトリ。次から次へと鈍い音が机の上で響く。金城は怪しむように眉間に皺を寄せた。


(なんだ……?)


 音からして、随分と頑強そうな物であることが分かる。遠目からしか見えないが、それは少し厚めの長方形の何かに見えた。

 また何か新しい端末を与えられるのだろうか。どこまでもサービス(?)の良い学校だ、と金城は瞼を半分までおろした。一体、その費用はどこから来るのやら……。

 そんな呆れにも似た思いを抱きながら、例の物が自分へと届くのを大人しく待つ。


「はい、これ」

「あ、どうも……」


 軽い掛け声と共に目の前に“物”を差し出され、つられてお辞儀を返す金城。

 だが、次の瞬間、体が固まった。


「……」


 きっかり30秒。奴の呼吸が止まる。

 そして、それが何かを理解した途端、脳が悲鳴を上げた。雷が奴の頭上へと落ちる。


「じゅっ……」


 ――銃刀法違はあああああああぁぁんん!?


 黒光りするプレートを纏ったそれは成る程、確かに頑丈そうだ。

 銃把グリップは持ちやすいようにと、他の部位とは違って細めに、そして滑り落ちないように、材質の良そうな木材で覆われていた。銃口へのびるにつれて、銃身の幅は広がっており、口を開けた鰐を連想するような、“いかした”デザインをしている。


 そのデザイン性に気分が高揚したのか、周囲の生徒が何人か、熱の篭もった吐息を吐く音がした。だが、金城の鼓膜までそれが届くことはない。


「では、TDに関しての説明をさせていただきます」


 ――おまっ、待てぇぇぇぇええ! 可笑しいだろ!? 幾らなんでもこれは可笑しいだろ!? 何すました顔で話を進めようとしちゃってんのォ!? 犯罪だよコレぇ!?


 涼しげな顔で説明を続ける久京。その堂々とした姿に金城は見事なまでの突っ込みを心中で繰り広げた。

 口に出すことはなくとも、今にも瞼の間から飛び出そうなその血走った眼球は、奴の心情を上手く物語っていた。

 だが、悲しいかな。奴のちっぽけな想いになど気付く者は誰一人いない。もちろん、隣の高田も。どうやら奴もこのTDの事は少なからず知っていたらしい。他の生徒同様、その表情に動揺は見られない。


「知っている方も既に居るとは思いますが、行政高校では訓練などの実技の授業ではこのTDを必要とします。

 機関に入ると拳銃アドミニストレーターを日々携帯することを求められるので、今から訓練生とも言える君たちには“武器”を持つということに慣れてもらいます。

 武器を常備する際の注意事項、覚悟、使い方、そしてその意味。それらを学んでもらうために君たちには訓練用“拳銃”、TRAINEE DEVICE、略してTDティーディーを預けます」


 ――おいィィィィィィィ! 未成年になに持たせちゃってんのォォお!? 


 未だに続く金城の衝撃ツッコミ。だが、それに久京が気付くことはない。淀みなく、スラスラと奴の口から“説明事項”とやらが紡ぎだされる。


「――では、危険性などの説明や扱い方を説明したところで、皆様には個人情報をそのTDに登録してもらいます。

 机の端末からIDカードを取り出して、TDのカードリーダーに翳してください」


 久京の指示通りに、生徒たちはIDカードをTDの取っ手近くのリーダーへと翳していく。


「金城、なにボーっとしてんだよ。ほら」


 呆然とする金城を肘で突いて、プロセスを始めるよう高田が促す。金城は恐々としながら己のIDカードをリーダーへと当てた。


『IDナンバー602。1年E組、金城理人、確認しました。登録完了。

 只今よりこのTDは金城理人の支配下に置かれます』


「……え?」


 拳銃――TDから発せられたように聞こえるアナウンスに、金城は顔を青くした。


「皆様、登録しましたね」


 周囲の様子を視覚で読み取った久京は再度頷くと、相変わらず冷ややかな声で事を進めた。


「TDは一度所有者のデータ登録をされると、他人が使うことは出来ません。それが、例え同じ学年、クラス、校の生徒だとしてもです」


 カチャリ。久京が己の懐からTDと似たような拳銃を取り出す。それは気のせいか、TDより些か小さく見える。


「これは、行政機関から派遣された一部の教務員である私たちの拳銃とは、多少異なります。我々の場合は、同じ機関士であれば緊急時、或いは不足の事態に、他人のものを使用できるようになっています」


(……ああ、そう)


 完全に投げやりな思考を働かせる金城。その目は軽く遠くを見つめていた。


「何故、貴方たちのTDがそのような仕組みをしているのか、わかりますか?」


 問いかけるように、目を細めながら室内を見渡す久京。


「答えは簡単。君たちの普段の行動を記録するためです」


 ゴクリ。誰かが喉を鳴らした。


「TDは本物の拳銃アドミニストレーターと比べて多少殺傷力は劣るものの、使用する《ブレット》或いは、その使い道によっては危険を伴う。

 だから、君たちがそのTDを使用する際――時刻、位置、使った弾数は全て記録されるのです」


 使用時の記録、そして登録された個人情報。それはこの銃が、生徒それぞれの成績を左右しえる事実を示唆していた。


「と言っても、記録の仕方はこのTDの形態モードによります」


(形態?)


 「ちょっと失礼」と言いながら久京は手近な生徒のTDを手に取った。カードを翳すと、それは淡く蛍光色に灯りだした。どうやらTDは、他生徒の使用を禁じているが、教師には使えるらしい。


「さて、この銃に三つの形態があります。まず、一つは通常のSAFETYセーフティー MODEモード。引き金を引いても弾が出ない、ロックされた状態ですね」


 カチカチと、引き金を引く久京。だが、弾丸がその銃口から飛び出ることはない。


「次はPRACTICALプラクティカル MODEモード。訓練などの際に作動させます。撃ちだされる弾丸には然程の殺傷力はありません。怪我をするとしても、精々、浅い切り傷か、痣程度です。これの場合、作動時の記録をされるだけで、特に弾数や位置関係の記録はされません。

 ……ああ、でも使う《弾》によっては弾数も数えますね。まあ、その話はまた今度、追々しましょう」


 カチリ、と引き金近くのスイッチらしきものを切り替えて、窓へと銃口の照準を定めた。

 パン。小さな衝撃が窓に走るが、罅が入ることはない。発射された弾は『弾丸』というより、一種の衝撃波に見えた。微かに銃口が蛍光色に光ったのを、金城は見逃さなかった。


「通常の弾ですが……まあ、此処は防弾ガラスしかないので、傷一つ付きませんでしたが、普通の硝子だと罅ぐらいは入ります。

 弾は《バースト》と言うエネルギー波のようなもので、銃の中で生成されます。弾数はある意味無限大と言えますが、15発発砲した後には装填動作コッキングを行わければ次の連射は出来ません。尚、手動装填後に弾が生成される時間は約20秒。よく覚えておいてください」


 カチリ。TDをそのままにして、久京は胸の右ポケットから黒い端末を取り出した。


「さて、三つめの形態。REALリアル MODEモードですが。これは私たち教務員からの許可が下りなければ作動させることは出来ません。というか、使う機会は皆無に等しいと言っていいでしょう。

 実技の指導以外では、緊急時などの際に使用を許可されるものですから……。

 これは本物の拳銃と比べれば機能に関しては多少劣るものの、殺傷力に大差はありません。

 この意味、わかりますね?」


 小首を傾げる久京。その仕草と言葉に生徒一同は言葉を詰まらせた。


(……下手したら人も殺せるってことか)


 どれだけ恐ろしいものを未成年、それもまだ16の子供に与えているのだ。この学校はいかれているのではないかと、金城は疑心を抱いた。


「危険ですので、実際に此処でその形態を作動させることはしませんが。もし、本当にこの形態が必要になった場合は、学校の端末を通して我々に連絡してください。後に登録される通信機でも構いません」


 「まあ、無いでしょうけど」と淡々とTDを元の形態に戻す久京を見て、金城は口をひきつらせた。そんなこと、起きてたまるか。過去の己の命がけの追いかけっこを思い出して、身を震わせた。


「これで一通り、TDに関する説明、及び注意事項は終わります。まだ、幾つかの詳細が残っていますが、今日は他にも教えることがあるので、それはまた次の機会にしましょう」


 SAFETY MODEへと戻し、生徒にそれを返してやる。コツコツと靴音を鳴らしながら教卓へと戻ると、久京は再び言葉を紡いだ。


「TDの他に、収容用のベルトを配布されていますね? 別に後で自分の好きな種類タイプを学内サイトで注文しても構いませんが、今はそれで我慢してください。

 ちゃんとSAFETY MODEだと確認してから、各々のベルトに仕舞って、身につけなさい。休日以外は肌身離さず身に付けるように。学外でも所持する許可は下りています。

 もちろん休日中に携帯するのも構いませんが、いちいち補導されそうになるのは面倒なので、ちゃんと校章バッジを身につけるように。それと、そんな馬鹿はいないとは思いますが、IDカードも持ち歩いて、」


 ――外にまでこんな物騒な物を持ち歩くのか。


 金城は思わぬ衝撃の報告に頭を抱えそうになった。

 入学式のような特別な行事の際には携帯を禁止されていたので、着用している者は見なかったが、なるほど。確かに思い返してみれば、教室に来る途中、TDらしきものを腰にぶら下げる上級生を見かけたような気がした。まさか銃だとは思いもしなかったので、スルーしていたが……。


(本物じゃねーか!)


 どうやら、この高校は本当に他校とは一味どころか、二味、三味も違うらしい。








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