第十九話 二度目の遠征~星騎士の非情

 神星王国しんせいおうこく軍の先遣せんけん部隊、コンラッド・ド・ヒパー率いる三万の軍勢は、再びキャスリーの地を踏んだ。


 ほうぼうには数百単位の斥候を飛ばしていたが、敵軍の姿はないようだった。


 軍隊には神聖王国をはじめ、傭兵部隊、そしてアルス神星教団の旗がはためいている。


 教団の実働じつどう部隊、星騎士団せいきしだんも五千ほど部隊には組み込まれ、それをまとめる騎士がコンラッドの副官という立場である。

 しかし実際は彼が全てを決めるのだろうと思う。

 さながら、軍監ぐんかんだ。


 コンラッドは本陣を置き、斥候の報告を待った。

 本陣には傭兵の隊長が何人かと、名目上の総大将のコンラッド、そして副官のハイメ・フアン。


 くすんだ色合いの軍の中で、ハイメたち星騎士団の面々が曇りのない真っ白な甲冑かっちゅうに、紅い星を記した姿で、遠目からでも目立つ。


 ハイメ・フアン。

 貴族ではなく、市民階級から教団に入り、騎士となり、騎士団の将校まで出世した男である。

 栗色のくせっけに、くすんだ青の瞳。

 真面目そうな表情は、かたくなさを漂わせる。

 二十八歳らしいが、三十半ばのコンラッドよりもずっと老成している。


 それは彼のもった気性によるものか、長らく俗世から離れた世界に生きていたからか……。


 教団は階級を肯定し、秩序を重んじている。

 だからこそ王国の貴族たちから大きく支持されていた。


 教団の序列においても、貴族出身者ほど出世する。

 それだけに、市民階級から出世したということはそれほどの能力があるということだ。


 とはいえ、不安要素がない訳ではない。

 騎士団は実戦を知らない。

 彼らがこれまで戦ってきたのは、異端者という名の市民だ。

 何の武器も、統率もない一般人を相手に、彼らは戦ってきた。


 しかし今から相手にするのは、教団の威光を何とも思わぬ連中なのだ。

 そこで騎士団がどれほど頼りになるのか。


「用心が過ぎるのではありませんか?」


 ハイメの言葉に、コンラッドは我に返る。


「……連中はどんな策をとってもおかしくはない。

それだけの不気味さをもっている」


 傭兵隊長たちが馬鹿にしたように笑う。

 コンラッドが無言でにらむと、ばつが悪そうにうつむいた。


 ハイメは無表情だ。

 コンラッドは行軍中、ハイメが感情をあらわにするのを見ていない。


 コンラッドはハイメに言う。

「我らは先遣部隊。

本隊を守ることこそ、我らの役目。

用心に超したことはないと思うが?」


「あなたが大将です。

あなたの指示に従いましょう」

 ハイメは不満を隠さず呟く。


 そこに斥候部隊が帰還した。


「将軍。見て貰いたいものが……」


「分かった」

 コンラッドは傭兵たちには待機するよう命じ、歩き出した。

 ハイメも続く。


 馬で十分ほど駆けた。

 そこに、何十カ所にもわたり、土が掘り返された後があった。


「こちらです」

 斥候隊長が示したのは、石の板だった。

 それが土に突き立てられていた。


“多くの人々 ここに眠る”

 石版にはそう刻まれていた。


 石は真新しい。

 それにこのあたりに、石はそれほどない。

 わざわざ持って来たのだろう。


「……墓か」


 一ヶ月前。

 多くの人間がここで死んだのだ。

 異端者たちのものだろう。


「他には?」


「いえ。ここだけです」


「分かった」

 戻ろうと言おうとしたその時。


「掘り起こし、遺体を燃やせ」

 言ったのは、ハイメだった。


 コンラッドは耳を疑った。

「何を言っている。

それは死者への冒涜ぼうとくだ」


 ハイメは感情を読ませぬ眼差しで、コンラッドを見据みすえる。

「異端者に安息など無用。

しかばねを灰にし、たるにつめこみ、どこにも還れぬ永劫えいごうの闇に閉じ込める。

それが、異端者にはふさわしいのですよ」


「敵だ。

しかしすでに命を失った者に、そこまでする必要があるとは思えない」


 ハイメに見られる。

 にらまれている訳ではないのに、肌が粟立あわだつ。


「これが我々の、異端へのやり方です。

俗世の方は口出し無用」


 土にかえらせない。

 それは教団の刑罰において最も重いことだった。

 自然の一部にもさせられないほどけがれた存在。

 かつて、人間たちはエルフやドワーフの亡骸なきがらに同じことをした。


 騎士団たちはさっさと仕事にとりかかる。

 しかし掘り出してみると、埋められているのは、敵兵だけではない。


 王国軍や帝国軍の兵士も同じように埋められていた。

 なぜ所属が分かるのかといえば、鎧も腰に帯びた剣もそのままだったからだ。


「……敵も関係無く、埋めたのか?」


 死者は少なくとも数百、数千にのぼるはずだ。

 コンラッドは信じられなかった。


 ハイメは命じる。

「帝国と王国の丙子は埋め直し、それ以外は燃やせ」


 コンラッドは眉間みけんにしわを刻んだ。

「彼らは敵対したといえど、アルス神星教団の信徒ではないのか。

立場上、異端者どもに従わなければならなかった者もいるだろう」


「関係無ありません。

異端者を野放しにしている。

それだけで教団への背信なのです」


「誰もが、お前のように強い存在ではない」


「強い弱いことではなく、どれほど信徒として責務を果たせるか――なのです。

……続けよ」

 ハイメは取り合わず、部下に命じた。


 コンラッドは部下にやめさせるよう命じたが、誰もが騎士に逆らうことを怖れて遠巻きにするばかりであった。


「異端者に死などは当然のこと……。

滅びを与えてこそ、はじめて我々は勝利できるのです。

今度の遠征は俗世の戦、という意味だけではないのですよ。

聖界の秩序を守る戦い――聖戦なのです」


 コンラッドは眩暈めまいを覚えた。

 こんな連中と自分は、いや、王国は手を結んでしまったのか――。

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