第七話 古参(アウル)と新兵(エリキュス)

 デイランを大将とした六千の軍はファインツ北部に向けて行軍こうぐんしていた。


「おーい! エリキュス!」


「おい、アウル。

隊列を乱すな」


「隊列ぅ?

おいおい、俺は遊撃部隊だぞ。

神出鬼没の、お助け部隊!

隊列なんざ、あって、ないみたいなもんさっ!」


 エリキュスはこめかみを揉む。

 アウルのような破天荒な奴には初めて会った。

 教団にはこの手の性格の奴はいない。


 デイランの底知れなさにも驚くが、アウルはそれとはまた違う、すごみがある。


「で、何のようだ?」


「お前さ、もっとデイランを信頼しろよ」


「信頼はしてる」


「だけど、あの場で、作戦を聞かせろってしつこかっただろうが」


「当たり前だ。

どう動けば良いのか、分からなければ、いざ敵と向かい合った時、どうすれば良いか分からないだろう。

部下にだって説明が出来ない」


「ちげえよ。

そういうことじゃねえ。

デイランが言わねえってことは、言う必要がねえってことなんだよ。

それをしっかり理解しろってんだよ」


「あいにく、私はデイランとの関係はそれほど深くはない」


「じゃあ、これから深くなれ。

デイランが言わないってことは、言う必要がねえってことだ」


「お前は策を聞いてるのか?」


「聞いてる訳がないだろ」


 シェイリーンは驚きと呆れを覚えた。

「それで不安にならないのか?」


「ならねえよ。

これまでそうしてきてうまくいった……ってことは、大丈夫ってことだ。

もちろんよ、あれをしろ、これをしろって言われることはあるぜ?

でもそれ以外は、自分てめえのやれることに集中する――そういうこった」


「お前はすごいな」


「すごい?

そうか?

まあ、いざ、細かく注文されても、覚えられねえんだけどなっ!」

 アウルは笑う。


 エリキュスはうらやましさを覚えた。

 教団において、そこまで信じられる相手などいなかった。

 命令は細かく、機械的に下りてくるもので、命じた人間の思惑などは一切、感じさせなかった。

 自分は信頼して動いていた訳ではなく、それが務めだから動いていたのだ。

 その二つは似ているようで、大きなへだたりがある。


 まだまだ自分は教団の歯車であった時から、変わり切れていないのだ。


「それだよ! エリキュス!」


「な、何だ、いきなり指を指して……」


「眉間にシワ。

そんなに色々考えたって、敵は俺たちの思った通りには動かねえんだよ。

敵の動きに合わせて、俺たちは動く――つまり、出たとこ勝負。

で、一番大事なところに、デイランたちの策がバーッチリ、炸裂だっ!

だから、お前はなーんも考えずに、軍の動きが悪くならねえことだけに気をつかえっ」


「……そういうものなのか……」


「良いな。

んじゃま、俺はいくぜ!

死ぬなよっ!」

 アウルは馬に声をかけ、走り去った。


 その背を見守りながら、エリキュスは晴れがましい気持ちになっていた。


(出たとこ勝負、か……。

私も少しずつ変わらなければならないな……)


                  ※※※※※


 ファインツの北方に隣接している小さな州、ナソス。

 そこに、総勢、五万あまりの神星王国・帝国の連合軍が集結していた。


 そして草原に設けられた幕舎にて、両軍の指揮官の顔合わせが行われていた。


 王国軍の指揮官、フリードリッヒ・ド・シュタイアーゼはテーブルを挟み、帝国軍ヴァラキア州総督であるアンドレアス・ド・デラヴォロと向かい会っていた。


 それぞれの副官が背後につき、雰囲気はなごやかに進められた。


 フリードリッヒは言う。

「一度は敵対した両軍がこのようにくつわを並べられることはとてもよろこばしい」


 アンドレアスはうなずく。

「まさに。

昨日の敵が今日の友。

戦というものは分からない」


「さて、デラヴォロ殿。このたびの戦に関してだが」


「アンドレアスで結構」


「では、私のことも、フリードリッヒと」


 テーブルにのせられた地図にはこのあたり一帯の地図がある。

 フリードリッヒは指を伸ばす。


「最初の攻略目標はこの街、キャースリーといたしたいが」


「承知した。

我が軍はあくまで、このたびの戦においては王国軍の支援という役割と覚えておいて頂きたい」


「ほう、支援……」


「左様。

そのために、先槍さきやりの誉れも、王国軍に切って頂きたい」


「それは非常にありがたい申し出ではありますが。

戦場はどのようなことが起きるか分かりませぬ。

そのようなことを、ただちに決めるというのは……」


「そう思われることは承知ではありますが、我が軍はそのような位置づけであることを認識していただきたい」


「あくまで我が軍の補助的……」


 アンドレアスはうなずく。


「手足のごとく、とはいきませんが、使っていただきたい。

最大限のご助力は、同盟軍としてさせていただく所存でございます」


「ありがたき申し出。痛み入ります。

――では出陣予定は明後日。物資の搬入をした上で、キャスリーへ」


 アンドレアスはうなずく。

「敵軍は賊に毛がはえたようなもの。

帝国、神星王国、両国の軍が入れば、何も怖れることなどないと信じております」


「まさしく」


 指揮官同士は束の間、笑みを交わした。


 フリードリッヒは言う。

「アンドレアス殿。

一つ、よろしいですかな」


「ええ、もちろん」


「できれば、この州にいる間は帝国軍旗を下げてはもらえないでしょうか」


「何と……」


「両国が固いきずなで結ばれていることは周知のこと。

しかしながら昨日までの敵国であった帝国の旗が、王国領になびくのを誰もが、頼もしく思う訳ではござりませぬ。

民の気持ちを落ち着かせる為にも、どうか協力いただけぬでしょうか」


 そこに口を挟んだのは、アンドレアスの副官、堂々とした体格の偉丈夫だ。

 名前は、フランツ。


「失礼ながら。

軍旗は、軍にとって命よりも大切なもの。

それを下ろすことなど出来はしません。

それは、将軍も同じ軍人としてよくご承知のことでは……」


 フリードリッヒの副官、コンラッドが言う。

「フランツ殿。

何も戦場で旗をかかげるなと申してはおりません。

あくまで民を動揺させぬ為、なのです」


「しかし……」


「やめよ、フランツ」

 副官を、アンドレアスは制する。

「承知つかまつった。

我々も、いたずらに民の心を騒がせたくはない」


「ご理解頂き、かたじけない」


 そこで顔合わせは終わった。


 アンドレアスたちを見送った、フリードリッヒは溜息をついた。


「連中のつかったものは全て処分せよ」

 部下に命じる。


 フリードリッヒは副官のコンラッドを見る。

「連中をどう見る」


「優秀な将軍であるかと。

副官の男はかなり血の気が多く感じられましたが、将来的な我々の驚異にはなりうるかと。

あれがシーブルック(現・帝国領ヴァラキア)を守っていると思うと……」


「そうだ。連中は手強い。

その麾下きかの兵士どもも、あの……トカゲの旗も!」


「それにしても先槍の誉れを、みずから辞退するとはどういう腹づもりでしょうか……」


「そういう姑息こそくな手をつかって、両国の融和を演出しようという腹だろう。

そんなことすら、腹が立つ!」


「戦の際にはいかがいたしますか。

間者かんじゃの知らせでは、異端者共の軍は、平民が主力とか。

帝国の力など借りずとも……」


「当たり前だ。

帝国はそばで見させておく。まあ、おとりくらいには使ってやっても良いがな。

コンラッド。みなに触れを出せ。

あくまで今度の戦は王国のもの。

帝国の連中になど、一切手など出させるな、となっ」


「かしこまりました!」


                    ※※※※※


 帝国の本営に戻る間、フランツは王国軍人に対する怒りが収まらないようだった。


 アンドレアスは息子に声をかける。

「フランツ。落ち着け。

この程度で心を乱してどうする」


「しかし、将軍!

軍旗を下ろせなど侮辱以外の何者でもないではありませんか。

なぜあのようなことを……。

兵の士気にもかかわります」


「そうかと言って、まだ戦にもなっていないのに、王国と仲違いする訳にはいかないだろう。

どちらかが譲らねばならん。

そうなれば、我々が引くしかあるまい」


「本国は一体なにを考えているのか……」


「本国が何を考えようが、そんなことはどうでも良いこと。

我々は粛々と、目の前の敵を討つ。それだけだ」

 アンドレアスは静かに言って、前を向いた。

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