第三話 シェイリーン 結婚を迫る

 デイランはロミオの居館を出ると、客殿きゃくでんへ馬を走らせる。


 客殿とは、一応、外交使節などが宿泊する為の場所だ。

 これもまたヴェッキヨの遺産の一つである。


 出入り口は衛兵が守りを固めていた。


 衛兵に挨拶をし、アミーラに会いたいむねを告げて、取り次ぎを頼んだ。


 すぐに了解が取れ、姿を見せたのは。


「マックス?」


 姿を見せた、友の姿に面食らってしまう。


 マックスは笑みを見せる。

「ようやく戻って来たわね、デイラン。

さあ。アミーラがお待ちよ」


 マックスに案内され廊下を進む。

 さすがに外交使節の宿泊場所として整備されただけあって、調度品は幾つか残されている。

 正直、ロミオの居館よりもずっと華やかだ。


「盗賊の方はどう?」


「まあ小粒なのは変わらないな。まるでこそ泥のような連中ばかりさ。

良い訓練相手として重宝ちょうほうしてる」


「帝国の動きのほうは?」


「ロミオから聞いた。神星王国の動きがないのが少し気になるな。

マックス。

神星王国と帝国は共同で打って出ると思うか?」


「私だったら、そうするわね。

だって同盟をしてから最初の戦いなのよ。

今度の同盟に関して神星王国内の不満はまだまだ根強い。

それを共同で出兵し、私たちを完膚かんぷ無きまでに叩きのめす――両国雪解けムードを演出したいところね」


「そうか……まあ、それは、これからの情報次第か。

ところでマックス、お前、どうしてここにいるんだ?」


「そりゃあ、我が国の大切なお客様だもの。

歓迎はしっかりしなくちゃね」


「お前、シェイリーンとは仲が良くないと思ったんだけど」


 マックスは足を止め、振り返り、じーっと見つめてくる。


 デイランは少しぎょっとする。

「な、何だよ……」


「はあ」

 溜息ためいきをつかれた。


「失礼な奴だな。人の顔見て……」


「戦いの時の洞察力はどこへいっちゃったわけ?

小物を相手にするうちに、どっかに落としちゃった?」


「どういうことだ」


「まあ良いわ。――ほら、ついたわよ。

さあ、入って」


「お前は入らないのか?」


「まあ。ライバルには少しくらいサービスしないとね」


 また何か言えば、溜息を飛ばされるかもしれないと、扉をノックする。

 すると、シェイリーンにいつもついている女エルフが応対に出た。


 デイランを見ると、すぐに招き入れてくれる。


 女エルフに導かれ、奥の部屋へ向かう。

 居間でシェイリーンが優雅にお茶を飲んでいた。


「おお! デイラン!

帰ってきたのかっ!」


「ああ、すまなかった」


 デイランは膝を折り、シェイリーンと目線を合わせる。


「いやいや、良いのぢゃ!

わらわが勝手に押しかけてきたようなもの、ぢゃからのう。

どこも怪我をしておらぬか?」


「安心してくれ。

あの程度の盗賊風情にやられるほどやわじゃない。

良い運動さ」


「ほっほっほー。

頼もしいのう。

お前さんの子どもも強き者になるであろう」


「いや、俺に子どもはいない」


「今は、ぢゃろ?

妾とデイランの子ぢゃ」


「……は?」


「良いか、デイラン。

今や種族を越えた絆が重要なのぢゃ。

となれば、わらわたちの婚姻が、種族の垣根を越えたものになるのではないか」


「……いや、そういう意味で結婚をするのは……。

結婚というもの、もっとしっかりとした気持ちがいるだろう」


 シェイリーンがクスクスと笑う。

「デイラン。おぬし、生娘きむすめのような純朴じゅんぼくさぢゃのう」


「そうか?


「ぢゃが、そんなところも妾は好きぢゃ。

それに、心配無用ぢゃ。妾の気持ちはあるぞ。

妾はお前のように強い男に憧れるのぢゃ」


「いや、だが……」

 デイランは、側近の女エルフに目を向けるが、彼女は我関せずと言った風でたたずんでいる。


「まもなく戦争ぢゃろう。

となれば、その前に、結婚式を挙げ、国内中への紐帯ちゅうたいを……」


「――シェイリーン様。

何をとんでもないことを堂々と言ってるの?」


 デイランは驚く。

「ま、マックス」


 シェイリーンは鼻を鳴らした。

「なんぢゃ、マックス。

不躾ぶじつけな奴ぢゃのう。盗み聞きでもしておったのか」


「デイランは我が国の重要人物ですので。

そのような私的なことは、また後日、改めてお願いいたします」


「私的ではないぞ。これは種族を越えて……」


「とにかく、デイランは忙しいので」


「うるさい奴ぢゃ。これは高度な政治的な判断なんぢゃぞ。

それを分からぬお前ではあるまい」


 デイランは盛り上がっているシェイリーンをなだめる。

「シェイリーン。

お前の気持ちは嬉しい。しかし今は色恋を考える余裕はない。

今、我が国は神聖王国と帝国の板挟みにある。

国が存続できるかどうかなんだ。だから」


「……よう分かった」


「そうか。良かった」


「しかし、ぢゃ!

妾の気持ちもしっかりと覚えておいて欲しい。

返事は今は求めぬが、気持ちくらい覚えておいて欲しいのぢゃ」


「……わ、分かった。

シェイリーンの気持ちは覚えておく」


 マックスが目を見開く。

「デイラン!?」


「死ぬなよ。何せ、おぬしは妾の夫になるのぢゃからな」


「こんなところじゃ死ねないさ。

じゃあ、俺は仕事があるので失礼する」


「うむ!

妾もここにいて、お前の武運を祈っておるぞ」


「ありがとう」

 デイランは頭を下げ、部屋を辞去した。


 館を出ると、マックスが「結婚しちゃえばよかったのに」と呟いた。


「何を言ってるんだ。

今はそんな余裕はない」


「ふうん。余裕があったら結婚はするのね?

あーそー。

あんたが、幼女好きだとは知らなかったわ。

はたからみたら、子どもと誘拐犯って感じよ?」


「そういうことじゃなくてだな」


「ま、別に言い訳をしなくて良いからー」


「マックス。何でお前が怒るんだよ」


「べっつにー」


「お、おい」

 デイランはマックスの反応に参りつつ、どんどん先を行くマックスに追いつこうと走った。

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