第二十六話 王(ロミオ)と騎士(トリンピス)

クナイ砦を落とすと、デイランはルルカにすぐに人をやり、マックスを呼んだ。

 砦の責任者、トリンピスは今、軟禁状態で砦の一室にいる。


 彼を説得して、反ヴェッキョに勢いをつけたかった。

 彼がこちらに味方をすれば、同じくヴェッキョに対して反感を抱く、騎士たちもまた合流してくれるかもしれない。

 こういうことにはマックスの方が頭が回る。


 ――と思って、マックスを出迎えたのだが、そばにはロミオの姿もあった。

 彼は人目をはばかってフードをかぶっている。


「どうしてロミオまで?」


 マックスは溜息を吐いた。

「どうしても前線の様子を見ておきたかったんですって」


 ロミオはフードの奥から青い眼差しを向けてきた。

「怪我人などは?」


「まあ何人かはな。死んだ奴はいない」


「そうですか。良かった」


「お前は来るな」


「何故です」


「エリキュスがいる。もし、見つかったら……」


「見つからないように注意します。

それにファインツ州を助けようと言ったのは私です。

安全な場所で成果をただ待っているだけなど出来ません」


 マックスもこの頑固さに折れたのだろう。


 デイランも雇い主からそう言われれば、粘る気はない。


「目立つ動きはするなよ」


「はい」


 デイランはマックスに目をやる。

「ルルカで異常は?」


「送った部隊の様子を見に、遣いが来たわ。

リュルブレがあっという間に倒しちゃったけどね」


「そうか。上々だな」


 もし再度大軍が攻めてくるようならば、撤退するよう言ってある。

 その為に足腰の悪い人間や、女子どもたちは一時的に、サロロンに避難してもらっている。


 と、トリンピスを軟禁している部屋を訪ねると、エリキュスが出た。


 マックスが、エリキュスの姿に目をみはる。

「ちょっと、何て格好してるわけ!?」


 エリキュスは襲撃した時と同じ、女性ものの衣装を着ていた。

 これは襲撃の際に相手を油断させるため、街の女性たちに頼んでエリキュス用の衣服を急遽きゅうきょ、作ってもらったのだった。


 背丈は大きいが、化粧をした顔はりの深さともあいまって、かなり見栄えがする。


 エリキュスの好みではないが、アウルならすかさず誘うだろうと思った。

 アウルは自分よりも背の高い女が好きなのだ。


 エリキュスは恥ずかしそうに頬を染め、目を伏せた。

 ますます女性らしい。

「……こ、これは、作戦に必要で」


 マックスは上から下までエリキュスの女装を見ると、小さく溜息を漏らした。

「あんた、すごいわね……。

並の女よりもぜんぜん、綺麗じゃないよ。

まあ私ほどじゃあないけど。

ね、デイランっ!」


「なんで俺に言うんだ」


 マックスが唇をとがらせる。

「つべこべ言わずに、

そうね、って言いなさいよね」


 苦笑しつつ、うなずく。

「そうだな」


「もう……」

 マックスの機嫌は簡単には直らない。


「……そんなこと言われても嬉しくありません」

 エリキュスは恥じいるように目をそらす。


 エリキュスの部下たちは、主人の姿に何も言わないようだが、コソコソと盗み見ていることから、評判は上々のようだった。

 エリキュスがそのことを知ったら、卒倒しそうだが。


 マックスはデイランに言う。

「それで、ここにいる奴の素性は?」


「ヴェッキョの……というより、ヴァラーノ家に代々仕える騎士のようだ。

だが、騎士がこんな所の砦にいるんだ。

きっと閑職かんしょくに回されたんだろう」


「不遇な奴は簡単に落ちるわよ。

まあ見てて」

 マックスは自信満々に部屋を訪ねた。


 トリンピスは顔を上げた。

 茶色い髪に、浅黒い肌。

 頬骨が張り、目つきには鋭さと、光がある。

 心は、死んではいない。


「はあい。トリンピス。

私はマックス。よろしくね」


 トリンピスは少しも身動がずに言う。

「さっきまでここにいたガタイの良い女の方が俺は好みだが」


「はあっ!?」


 デイランが戯れにニヤつき、エリキュスをひじでつつくと、エリキュスはむすっとした顔で顔をそむけた。


「あんた、女を見る目がなさ過ぎじゃない?」


「性格のしは分かる」


「……おまけに、主君を見る目も」


 トリンピスは目を細める。


 マックスは鼻で笑う。

「怒った?

でも本当のことじゃない。

あんた、騎士なんですって。

何をしたか分からないけど、こんなところに飛ばされちゃって、何とも思わない?」


 マックスはわざと怒らせて本音を聞き出そうと言う手に出たらしい。


「……お前には関係無いことだ」


「私たちの目的は?」


「ヴェッキョ様を討とうと言うのだろう。とんだお笑いぐさだ」


「砦を落とせた。ヴェッキョの首だって取れるわ」


「私はヴァラーノ家に仕える騎士だ。そのような無礼は許さんっ!」


「じゃあ、あんたが忠誠を誓っているヴァラーノの当主様は一体、何をしているの?

民を苦しめ、罪のない人々を虐殺ぎゃくさつしてる。

私はこの目でみたわ。むごたらしい方法で火あぶりにされた女性たちを。

あいつをかばうのなら、あんただって同類よ」


「なんだと……っ」


「怒った?

どうして怒ったの?

主人を悪く言われたから? 図星をつかれたから?

違うでしょう。

あんたの心の中に、あいつの横暴を許せないと思う心があるからでしょう」


 それまでマックスの目を見返していたトリンピスは目を伏せた。


「……あなたが私達につけば、民が苦しむことをうれう人々は立ち上がってくれる」


 だが、トリンピスはかたくなだった。

「主君は裏切れん。騎士の誓いは絶対だ」


「主君にじゅんじ、剣に殉じ、忠義に殉じる――三殉じゅんの誓い、だっけ?

まるで奴隷ね」


「女には分からんさ」


「このままじゃ、あんたは死ぬわよ。

それでも良いと言うの?」


「アルス様は全てを見通していらっしゃる。

主君を裏切れば、地獄の炎で焼き尽くされる」


「見て見ぬふりをしたって同じよ。

あんたは改心する機会をわざと捨てたんだから」


「…………」

 トリンピスは目を閉じる。


 マックスはデイランたちに振り返り、小さく首を振る。


(出直すしかないか。だが、時間は残されていない)


 考えをまとめていると、声がした。



「……忠義がそこまで大切なのですか」

 そうして一歩、踏み出したのはロミオだった。

 彼はフードを取ったのだ。


 エリキュスが目を見開く。


 トリンピスが顔を上げる。


「……しかし、それよりももっと大切なことがあるのではないのですか?」


「女の次は子どもか。

お前らの軍というのも人材に相当、困っているように見える……。

つまらんごたくはもう良いだろう」


 ロミオはトリンピスの言葉をさえぎる。

「いいえ。これはとても大切なことです。

あなたにはどれほどに忠義が大切なのですか」


 トリンピスは口を開きかけた。

 しかし結局言葉にはならなかった。


「あなたが本当にヴェッキョに対して三殉の誓いを立てたのならば、今のあなたはなんなのですか?

主君を殺そうと言う我々に襲いかかりもせず、大人しく縄を打たれている」


「たかが子どもに何が分かる」


「私はあなたのように忠誠をうたう人々を多く知っています。

しかし、誰一人としてそれを全うしようとした者はいない。

形ばかりなのですよ。口ではなんとでもいえますから……。

あなたもそんな中の一人なのですか。

忠義も果たせず、民も守らない。

それでもあなたは騎士なのですか。

デイラン、剣を……」


「おい……」


「早く貸して下さい」


 デイランは腰に差していた剣を差し出す。


 ロミオはエリキュスの部下達に、「この方の縄を解いて下さい」と言う。

 部下達は主人を見る。

 エリキュスは無言でうなずいた。


 部下達が縄を解いた。


 ロミオは剣を、トリンピスに握らせた。


「あなたが主君に殉じるというのなら、剣を抜き、私を斬りなさい。

私がヴェッキョを殺す計画の首謀者です。

だから私が死ねば、混乱は収束することになります。

あなたは主人にむくいることが出来る」


 トリンピスはさやを払う。


 エリキュスが腰の剣に手をかけようとするが、「手出しはしないでください」とロミオが静かな、しかし確かな気迫のこもった声を絞った。


「しかし……」


 エリキュスを、デイランが目でぎょした。


 トリンピスが剣を構える。

 その剣先はロミオを向いている。


 ロミオはトリンピスから目を離さない。

「騎士は守る為に存在するのです。

主君、もしくは民……。

守る者を持たぬ騎士は騎士ではない。

あなたはどちらかを選ばなければならない責務がある。

あなたが自身が、騎士でありたいと言うのなら」


 剣がうなる。


 ロミオはぎゅっと目を閉じた。


 しかしいつまでも痛みはない。


 恐る恐る目を開ければ、剣はロミオの足下に突き立っていた。


 トリンピスは膝から崩れ落ちた。

「……あんな奴の為に、血は流せん」


 ロミオははっきりとした口調で告げる。

「我々には時間がありません。

ですからあなたに差し上げられる時間はあまりない。

それでも考えて頂きたいのです。

誰を守る為に、あなたは今ここに立っているのかを」


 ロミオはデイランたちを促し、部屋を出た。


 すると、案の定と言うべきか。

 エリキュスが早足で駆け寄り、ロミオたちの前に出るや、片膝を折って、その場に控えた。


「ロミオ・ド・アリエミール……陛下でございますか」


 ロミオはうなずく。

「今は、王ではないですが。

あなたは私を捕らえに来たのですよね」


「……はっ」


「ですが、今は」


「分かっております」


「ありがとうございます」


 そうして歩き出す。


 デイランが言う。

「自分を捕らえようと言う奴に礼を言う奴に初めて会ったぞ」


「ですが、あの方が私たちに協力しなければいけない義理は何もないではありませんか。

ですから、礼を述べたまでです」


「それにしてもさっきのことはさすがに肝が冷えた。

無茶をしすぎだ。

あいつがやぶれかぶれになったらどうするつもりだったんだ」


「ここで死ぬようなら、大業たいぎょうはなせません。

それにあの方がもし、そのようなことをされるのでしたら、あのように苦悩れるはずがないと思ったんです」


「まああいつが俺達の側に転んでくれれば良いんだけどな」


「決めてくれますよ、きっと」

 ロミオは微笑む。


 なんの根拠もない言葉だったが、そうなるかもしれないと思わせる不思議な説得力があった。

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