二年の秋~009
ともあれ、立ち話もなんだって事で校内に入った。
「けっこう来ているな」
「だね。流石に一番乗りは期待していなかったけど、ここまでとなね」
こんな早朝にもかかわらず、半分くらいの生徒が登校していた、まあ、遅れるよりは遥かにマシだから早めに来たと言う事なんだろうけど。
「ちょっとコーヒーでも買ってくる。お前は?」
「美咲ちゃんとお喋りでもしているよ」
りょーかいと手を挙げて別れた。そして購買の方に歩を進める。
「ん?あれ、蟹江君」
「おう緒方、やっぱはえーな。まあ、俺も大概はえーけど」
笑いながら手を挙げて寄ってきた蟹江君。
「どこ行くんだ?」
「コーヒーでも飲もうかって」
「あ、じゃあ俺も行く」
そんな訳で蟹江君と自販機に向かう。
「おいおい、自販機に列出来ているじゃねえか」
「そうだま。まさかこうまで混雑するとは」
まさかの17人待ち状態。普通に並んでもいいが……
「どうする?外行くか?」
蟹江君の案に乗っかるのもありだ。まだ時間はたっぷりあるんだし。
「うわ、なんだこの人込み。補充しようかと思ったけど、面倒だな」
やって来たのはヒロ。でっかい鞄を持ちながら。
「おうヒロ」
「オス大沢。お前修旅にトランク持っていくのかよ?しかもでっかいなそれ。海外旅行かよ」
「おう、ちげーよ。俺等の班、槇原と春日ちゃんが朝飯持ってきてくれるっつうから、俺がジュース担当になってよ」
そう言ってトランクを開けて見せる。多少の着替えと缶ジュースがびっちり並んでいるという、イミフな中身だった。
「じゃあなんで自販機来たんだよ?」
「足りねえかなと思って補充にな」
「お前行くときはそれでもいいだろうけど、帰るときはどうすんだ?中身スカスカになるんじゃねーの?」
「土産詰めて行けばいいだろ」
成程納得と頷く俺と蟹江君。
「だけどそんなにジュースいらねえだろ。もう20本くらい入ってんじゃねえか」
「馬鹿蟹江、30本だよ」
「益々いらねえだろ補充」
そもそも朝飯のお供に一本あればいいのだ。喉乾いたら停車駅で買えば済む話なんだし。
つうか俺も鞄に3本持っているし。当たり前に無糖のコーヒーな。
「じゃあ買うのやめるか……」
そう言ってトランクを閉じようとするヒロに待て待てと蟹江君。
「なんだ?」
「まあまあ。えっと、これとこれ」
トランクから炭酸と無糖コーヒーを出してヒロに300円渡した蟹江君。
「釣りはいいから」
「俺から買うのかよ!?自販機は!?」
「ここに今すぐ飲めるジュースがある。自販機は並ばなきゃ買えない。じゃあお前から買うだろ?」
「……そう言われてみれば、そっちの方が効率的なのか?」
と言う訳で300円受け取った。惜しいと思うんだったら売らなきゃいい話だしな。惜しく思っていないんだろう。
「ほら緒方」
「え?俺の分かこれ?」
「だって俺ブラック好きじゃねえし」
アワアワして財布を出した俺に。
「いいって。おごるから」
「え?悪いよ?」
「いいから。大沢にも釣りやったし、お前にもおごらなきゃ不公平だろ」
「え?お釣りの方が安い……」
ヒロが何か言いたげだったが、それを無視して蟹江君にお礼を言った。有難くゴチになりまーす!と。
「なんか納得いかねえなぁ……」
首を捻りながらトランクから出したコーラを飲んでいるヒロ。
「結局お前も自分のコーラ飲んでんじゃねえかよ」
「あの列に並べっつうのか蟹江。あるんだからそれ飲めばいいんだよ。そっちの方が効率的だろ」
まあそうだが、その前にだ。
「お前30本持って来たっつったよな」
「今3本飲んでるから27本だな」
流石に算数くらいはできるか。分数から怪しくなるけど。
「朝飯のお供にみんなに配ると」
「おう。6人だから引いて21本残るよな」
おお~と感心した蟹江君。引き算を間違っていない事に感嘆を覚えたのだろう。
「それって今朝まで冷蔵庫に入っていたんだよな?」
「お前のコーヒー冷たいだろうが」
「うん。そうなんだよ、有難い事この上ない。欲を言えばホットが欲しかったけど」
「贅沢抜かすな。なあ蟹江?」
「まあそうだな。時間が経てば温くなってうまくなくなるが」
「…………え?」
漸く気付いたか。21本冷たいうちにどうやって処分するつもりだお前は。
「ま、まあまあ、電車もある事だし、な、隆?」
「停車駅でホット買うつもりだけど」
「何でだよ!!こんなにいっぱいあるんだぞ!」
精一杯伸びて抗議するが、そもそもだ。
「今は秋とは言え冬のようなもんだからホットの方がいいじゃねえか。俺だって自販機が混んでいなきゃホット買ってるよ」
「蟹江、裏切るのか!?」
裏切るも何も、それは普通の事だろうに。
「来る途中コンビニでホット買えばよかっただけじゃねぇ?」
「これはスーパーの安い奴だ」
「変に経済的だな……」
30本買う時点で経済的じゃないが、おかしな節約していやがるぜ。
「お、そうだ、聞いたか?今回の修旅、東工、荒磯、南女、西高、北商も京都なんだってよ。遠い京都で地元の連中の顔見るのもなんだかなだよな」
聞いた。と言うか仕組んだ。遥香が。
「馬鹿蟹江、黒潮、南海、山農、内湾女子、渓谷、連工、丘陵中央、中洲情報も京都だぞ」
「マジで!?このあたりの学校殆どじゃねえか!」
殆どと言う程でもないが、近いかもな。聞いた学校名がズラズラと出て来るんだし。
駐車場でバスを待つ。朝早くからバスの運転手も災難だよな。
「おう緒方。Dの蟹江も一緒か?」
「俺もいるんだけど」
三木谷君に無視されたヒロが恨みの眼をぶつける。
「お前は緒方とセットだし」
「だよな。緒方の傍にお前がいない方がおかしいし」
「お前等俺を隆の背後霊かなんかだと思ってんのか!!」
思っちゃいないが、お前なんやかんやで俺の近くに居るし。
「まあいいや。おい、よく聞け。俺にも遂に春が来たんだ!」
「何言ってんだ三木谷、今は秋、もう冬だぞ」
真顔で返すなよヒロ。三木谷君、困惑してんじゃねーか。
「え?何三木谷、彼女出来たの?」
「え?お、おうそうだ!荒磯の一年!」
「マジかよ!!お前如きに!!」
「お前はどうなんだ蟹江ぇ?いまだにひとりぼっちかぁ?」
蟹江君に勝ち誇る三木谷君だった。だけど荒磯か…ちょっと心配だな。
「ふーん、まあ良かったじゃねえか三木谷」
「お前はやっぱそんな反応か…」
大天使波崎さんを彼女にしているヒロにとってはな。俺は素直に祝福するけど。
「やったな三木谷君、おめでとう!!」
がっちり握手を交わす。
「まあよ、お前はそう言ってくれると思っていたよ。大沢や蟹江と違って」
「俺は絶対に言わねえぞ!」
「俺もまあ良かったっつっただろ」
嫉妬の蟹江君は涙目で、ヒロはどうでもいい感じで。
「しかし、一年ってのがさ。二年だったら修旅で一緒だったのに」
残念そうだ。俺もそう思うかもしれないけどな。
「児島と合流いつするんだっけ隆?」
「誰だそれ!?女子か!?」
「おう、交流会の時俺と隆の試合で解説していただろ。あいつの彼女だよ。インタビュアーやっていた奴」
「あ、そう、じゃあいいや」
彼氏持ちだと知った途端にどうでもよくなる蟹江君だった。気持ちは解らんでもない。
「まあまあ蟹江。何なら俺の女から友達紹介して貰うよ?」
「マジか!!お前がとっても良い奴に見えるぜ三木谷!!」
なんかがっちし方を組んで笑い合っている二人。それを見てふと思った。
「多分三木谷君速攻で振られるんだろうな…」
「結果蟹江に紹介もお流れになるか。なんかそう言うフラグ立っているよな」
ヒロもそう思っていたか。じゃあやっぱり間違いないな。偏見はいかんと思うが、荒磯の女子だし。
「あ、みんなおはよう。緒方君、大沢君。集合してくれと横井さんが言っていたよ」
国枝君が呼びに来たので、雑談終了。
「蟹江、向こうで遊ぼうぜ。吉田とかも誘ってよ」
「おーう。じゃあなー」
「じゃあ三木谷君」
「おう、じゃあな緒方」
蟹江君たちと別れて国枝君の後に続く。
「え?もうバス来てんの?」
「だから呼びに行ったんじゃないか」
そ、そう言う事か。つか、ジュースの件でずいぶん時間使ったんだな。
「揃った様ね。槇原」
「はーい。基本横井班、国枝班は一緒に行動。自由時間もそう。班行動も単独行動は絶対にしない事」
念押しで呼んだのかよ。まあ、俺も何回も言うけどな。
「俺は一人でも病院に行くぞ」
「他の人たちを出し抜けられるのであればいいわよ」
横井さん、微妙に笑いながら。絶対に無理だろって感じで。
「だけどな、流石にトイレとかあるだろ?」
「自由行動は河内君の強い要望で私と一緒に回る事になったわ」
「自由行動は波崎の強い要望で国枝班と一緒に行動する事になったからな」
河内とヒロで力づくで抑えつつ、波崎さんが色々察知してくれると。全く自由がない自由行動時間だぜ……
ならば班行動だ。先入観が勝って俺単独になると思わない筈だ。
「因みに、班行動日は木村君と生駒君が合流するそうよ。綾子と美咲の強い要望で」
「黒木班は三浦班と一緒だしな。関係ない奴が一緒だからおかしな事は避けたいもんだぜ。なあ隆?」
赤坂君達と一緒に回りつつ、木村と生駒、ヒロが目を光らせていると。他校生が混じっている班行動ってなんだろうな?いいのそれ?
「もう諦めなよ緒方君」
ポン、と国枝君が俺の肩を叩いた。晴れやかな顔を拵えて。
「まだだ。えっと、例えば、そう、旅館だ!!飯食わないで抜け出すとか……」
「なぜか山農と北商が同じ旅館らしいよダーリン」
「そこまですんのかよ!?」
東山の力を使って同じ旅館にしたんだろ!?絶対にそうだ!!
「因みに翌日は当然宿が変わるわよね?」
頷く、結構キョドりながら。
「翌日のホテルは丘陵中央が一緒らしいよ緒方君」
「そこまで監視するの!?俺いつ安らげばいいの!?」
「……女子の部屋に来て遥香ちゃんに癒して貰えばいい」
きわどいことを言う春日さんだった。横井さん、顔が赤くなる。
これ軟禁だよ。俺はただ朋美を殺しに行くだけなのに、なんでそんなにセキュリティー厳重なの!?トイレだって誰かついて来そうじゃんか!!
アキラメロンと全員ニヤニヤ顔を拵えて俺を見た。諦めないぞ俺は。諦めたらそこで試合終了だからな。
「まだ諦めてねえなお前」
「ダーリン、諦め悪いからねぇ…」
「何で心が読めるんだ!!」
ポーカーフェイスに磨きに余念がないんだぞ!!それでもかよ!!
「いや、緒方君、顔に出ているよ」
「ポーカーフェイスになっていないって事か!!」
なんてこった。あの日々は無駄だったって事か。もう絶望しかないとがっくりと膝をつく。
「……以前より表情が硬くなって読みやすくなったけど、なんで?」
「逆に読みやすくなったのかよ!!もうどうすりゃいいのか解んねーよ!春日さん助けて!!」
春日さんのステルススキルを習得すれば表情が読まれようと何とでもなるからこそのお願いだ。
「……私は遥香ちゃんの味方だけど?」
「助けないって事だなそれは!!」
「……違うよ?遥香ちゃんは緒方君を助けたいんだから、結局緒方君の味方だって事でしょ?」
そう言われればそう……なのか?
「そうね。突き止めれば緒方君の為にみんな頑張っている事になるわよね?」
まあ…そう……なのか?
「そうだよ緒方君。みんな君の為だよ。違うのは槇原さんだけさ」
国枝君がおかしなことを言ったので遥香を見る。
「だって私は私の為にダーリンを助けたいんだもん。当然そうなるでしょ」
お前は自分の為だと…だけど結局俺の為……ああ、マジで何が何だか解んなくなってきた!
「馬鹿が悩んでいるおかげで時間もいい感じになったな。バスに乗ってもいいだろ横井?」
「いいわよ。私達は最後尾だから」
「一番後ろの席だってさ緒方君、行こう」
国枝君に引っ張られてバスに乗る。ホント最後尾だ。マジもんの真後ろは使えないから厳密には違うが。
「おい馬鹿。窓際に行け」
「誰が馬鹿だ誰が。つか何で窓際だ?」
「バスのドアが閉じる瞬間を狙って逃げそうじゃねえかよお前」
そこまでするか!一応修旅は楽しみにしてんだ!!後で追う、つうか朋美をぶち砕くために自費で京都はお金が大変だろうが!
「大沢君。じゃあ窓際もダメだよ。窓から逃走する恐れがあるから」
「そこまでしないよ国枝くぅん!?」
「そうだな。じゃあお前は真ん中だ」
「この狭い座席に三人座るのかよ!?」
どう見ても二座席だろうが!?真ん中ってどこだよ!!
「じゃあお前は槇原の隣だ。面倒だからあいつに世話丸投げしよう」
「それがいいね。僕たちじゃ荷が重すぎる」
「揃いも揃ってなんだってんだ!!」
俺の扱いが酷いだろ!!さっきから突っ込んでばっかだぞ!!
そんな訳で前の席に追いやられた。
「いらっしゃいダーリン」
「……おう」
「何で不機嫌なのかな~?」
わざわざ顔を覗き込んで訪ねてきやがった。ニヤニヤしながら。
「腹減っているからだ」
物調ズラで返した。
「ああ、そっか、勿論ご飯は…あ、丁度バス走っちゃったね」
引率の先生の挨拶が始まり、注意事項とこの後の予定。それが終わったら……
「……緒方君、リクエストのカルフォルニアロールだよ」
わざわざ前の座席からこっちに持ってきてくれた優しい春日さん。
「ありがとう。遥香の分も?」
こっくり頷いたので、遥香に紙皿を持たせて、遥香のサンドイッチのご返杯だ。
「中身はツナと卵、それにフルーツサンドだよ~」
「……千明ちゃんの分も?」
「そうだよ。だから仲良く食べてね~」
こっくり頷いて戻って行った。ついでに後ろの座席の分も用意する。
「国枝君、はい」
乗り出してサンドイッチを配る。
「ありがとう槇原さん」
「いえいえ~いっぱい食べてね~」
「おい、俺の分は?」
「ジュース貰ってからだ。なあ遥香?」
「そうそう、食べて終わりとかされちゃ堪らないから」
「なんで信用ねえんだ!?」
文句を言いながらもブラックのコーヒーと紅茶を滑らせたヒロ。いやいや、当たり前だが冗談だ。限りなく本心に近い冗談だよ。
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