黄金週間~006

 GW最終日。超朝っぱらから何故か遥香が家にいた。

「朝っぱらからじゃないでしょ、昨日泊まったんだから」

「そもそもなんで泊まった!?」

 東白浜の佐伯の件以来、ずっと俺ん家、もしくは遥香ん家で会っていた訳だが、何故か昨日は帰らずに、そのまま泊まりやがった。

「結構お泊りしているけど、ホント手を出してこないよね。ヘタレじゃなく、私に魅力がないとか?」

「超頑張って耐えているんだぞ言っておくけど!!」

 理性を根性で高めているんだぞ!!いや、手を出してもいいんだろうけど、何となくな!!

「我慢しなくていいって何度も言っている筈だけど」

「俺は我慢できる数少ない希少種なんだよ。思春期?知らねーよ。そんなモン、根性で捻じ伏せてナンボだ」

「いや。今日で連休最後でしょ。波崎もバイト休みだし、春日ちゃんも休みだしで、だったらみんなで集まろうって事になってね」

「唐突に話題を変えたよな!!つか、俺の事情は関係無しかよ!!」

 俺にも事情があるだろうが!!お前の事情で押し通そうとすんなよ!!

「だから、渓谷に行ってみようかと思って」

 その台詞で突っ込むのをやめた。河内も狭川も情報無しの状態だから、手詰まり感があった。

 実際現地に行ってみれば、何かしら解るかもと俺も思っていたし、結構渡りに船の提案だ。

「俺ん家に集まるメンバーは?」

「私とダーリン、波崎と大沢君、春日ちゃんと国枝君、美咲ちゃんに生駒君。で、横井に河内君と大雅君と橋本さん」

「河内も来るのか?向こうで待っていた方がいいような気がするが……」

 二度手間過ぎんだろ。横井さんが俺ん家に来ると言う事はそう言う事なんだろうけど。

「しかし、こんな時に顔を出す木村の名前が無いのが違和感あるが」

「木村君は親戚が亡くなったとかで白浜に居ないから」

 そ、そうか。それならしょうがない。葬式に出席しないでこっちの事情に付き合わせる方がどうかしているし。

「つか、わざわざ大洋から大雅も来るのかよ」

 距離が大変だろ。しかも橋本さんとだろ?

「橋本さんがどうしても行くって強引に話通したようだよ」

「お前に近いよな、その辺りが……」

 彼女の我儘に成すがままも俺に類似しているし。

「和美さんも来たがっていたけど、松田君忙しいから無理だって嘆いてたよ」

「お前は何人俺ん家にご招待したんだよ!!」

「友達全員に決まっているでしょ。鮎川さんと麻美さんも誘ったよ。だけど足が無いからって」

 女子達もスゲーな。バイク乗りが居たら来る気満々って事じゃねーか。逆に言えば足が無いなら行かない程度だって事だけど。

「玉内君は練習とバイトがあるから急に誘われても動けないって」

「玉内まで誘ったのか!?」

 流石にそれにはビックリだった。玉内も遥香からそう誘われた事にビックリしただろうな。

 呼び鈴が鳴ったので外に出ると、国枝君と春日さん。

「おはよう緒方君。ちょと早かったかな?」

「……おはよう緒方君、遥香ちゃん」

「やあやあお二人さん、まだ誰も来ていないから、上がって寛いで~」

 家主の俺に許可なく家に招き入れるとは。

「まだ朝ご飯を食べていないんだ。二人はもう食べたのかな?」

 いや、食っていないけど。食うには早い時間だろ?

「まだだよ、今日はおじさんもおばさんもお休みだから、朝ご飯自体遅くなると思うし」

 なんでお前が俺の朝飯事情を知っているんだ!!しかも、それを他の人に言っちゃうのか!?

「……良かったら朝ご飯作って来たんだけど、みんなでどうかな?」

 春日さんが朝飯を作って来た!?なんで!?

「……いつも御馳走になってばかりだから、たまにはお返しを、と思って」

「気にしなくていいのに。俺ん家は俺の友達を持て成す事を喜んでいるんだし……」

「……いつもあったかいの、御馳走になっているから、恩返ししたいと言うか……」

 恩返しって、だから気にすんなと言うのに。だけど、その心は非常に感動した。多分親父が一番感動するだろう。

「あ、じゃあおじさんとおばさんに言って来るよ。春日ちゃんが朝ご飯作って持って来たって」

 そう言って家に入った遥香。お前も迅速に動くよなぁ……

 家に上がったら温め直すからと言って台所に入った春日さん。なんか、遥香も一緒に。なんかお袋が感激して騒いでいるのが耳に入る。

 そんな訳で、俺の部屋には国枝君の二人となった。

「何だお袋の謎の絶叫は?どんだけテンション上がっているんだ?」

「良かったよ、喜んで貰えて。春日さんも嬉しそうだったし、逆に感謝だよ緒方君」

 どこからか買って来たであろう、ブラックの缶コーヒーを勧めながらそう言う。

「でも、本当に気にする事無かったのに。俺ん家は俺のお客に振る舞うのが趣味の一つなんだし」

「春日さんは本当に感謝しているんだ。温かいご飯を御馳走してくれるのが緒方君の家なんだから」

「そう言うけど、国枝君の家でも御馳走はしているだろ?」

「勿論そうだし、僕の家にもたまにご飯作って持って来るよ。だから、感謝だよ。それを形にしただけさ」

 まあ、そうなんだろうけど。春日さんの気が済むならそれでいいかな?

「ところで、今日は渓谷に行くんだよね?どこに行くか聞いているかい?」

「湖だって」

 ちょっと調べたが、小さいながらも湖があるとか言っていたが、アレはデッカイ沼じゃねーか?ってのが正直な感想だ。

 清流の最終地点だから水が綺麗らしいけど、まあ、観光地だな。

「槙原さんって、海辺にコテージ持っている親戚がいるよね?」

「そうだな」

「そこのキャンプ場も経営しているんだって」

 マジで!?あいつの一族ってみんな経営者なの!?お父さんは普通のサラリーマンだけど!!

 ご飯だと呼ばれて下に向かう。

 テーブルに広げられているおかずにちょっとびっくりした。

「シャケに出汁巻き卵、ひじきとレンコンの煮物と……この漬物も家には無かったな。これも春日さんが?」

 コックリ頷く春日さん。

「……お重に詰め込める分しか持って来れなかったけど、ごめんね?」

 それは本当に申し訳なさそうに。

「いやいやいやいや!!本気でスゲーよ、旨そうだしさ!!このシャケって味噌で焼いたのだろ!?」

「……時間も無かったし、あまり手が込んだものも出来なかったけど」

 充分以上だよ!!親父なんか感涙しているし!!このオッサン朝は和食派だから!!

「お味噌汁は私作でーす。大根と油揚げでーす」

 遥香も嬉しそうに味噌汁を装っていた。親父、それを手渡されてまた感涙。

「槙原さんの味噌汁も美味しそうだよね」

「いやいや、春日ちゃんのおかずには敵わないよー。国枝君、いつもこう言うの食べているんでしょ?羨ましいなー」

 遥香のからかいに真っ赤になる国枝君と春日さん。しかし否定はしなかった。

「腹減ったし、もう食おうか。戴きます」

 俺の号令の前に親父もお袋も既に箸を取って食っていたが、戴きますくらい言ったらよかろうものだが。

 ともあれ、シャケの味噌焼きから戴こう。

「やっぱうまいな!想像通りだ!」

 夢中でがっついた。ご飯のおかずによく合うなこれ。

「ホントにうまい!!響子ちゃんは料理上手だな!!」

 和食大好きオッサンも納得の旨さだった。

「……良かった、喜んでもらえて……」

 良かったのはこっちの方だよ。うまい朝飯食えてマジ良かったよ。

 オッサン、味噌汁を下品に啜る。啜った音がデカいって事だ。

「うまい!!遥香ちゃんの味噌汁もうまいな!!」

「あはは~。喜んでもらえて何よりでーす」

 いや、実際うまい。俺の好みドンピシャだし。

「……遥香ちゃんは緒方君の好みの味なんだよね?」

「春日ちゃんも国枝君の好みの味なんでしょ?」

 なんか互いに照れて互いにリスペクトしていた。親父だけうまいうまいうるせーが。

 このひじきとレンコンの煮物の優しい味と言ったらもう……平和を感じる一品だ。

「ヤバい。もう茶碗が空だ。まだ出汁巻き卵食ってないのに」

「あ、じゃあお茶碗寄越して?」

 遥香に促させてお代わりを装って貰う。お椀も空なっちゃったので、味噌汁も二杯目だ。

 朝からご飯を二杯食ったのは久しぶりだ。

 よって今俺は部屋で大の字になっている。

「良かった、気に入って貰えて。春日さんもホッとしているよ」

 国枝君がコーヒーを啜りながらそう言う。

「いやいやいや、マジ旨かったし。親父なんか感涙しっぱなしだっただろ?」

「緒方君のお父さんは和食が好きだからね。槙原さんは和食は作らないのかい?」

「作るけど、あそこまで手の込んだものはまだ無理だな」

 しかもどっちかって言うと洋食の方が得意だし。俺のトンカツ好きに倣ったらそうなったって感じなんだが。

「だけど、味噌汁美味しかったじゃないか?」

 だから和食も上手なんだろ?って感じで訊ねられた。

「味噌汁は親父に気に入られようと、得に気合入れていたからな」

 あの親父は何食わせてもうまいって言うに決まっているのに、そこまでしなくてもいいのでは?が本音だ。

「ところで、何時に待ち合わせだっけ?」

「8時待ち合わせだから、そろそろみんな揃うかもね」

 8時か。確かにそろそろ誰か来そうだな。実際今呼び鈴が鳴ったし。

 お袋が何やらごにゃごにゃやっていて、少しすると軽快に二階に上がってくる足音が二つ。

「おはー。遥香と春日ちゃん、洗い物していたけど、朝ご飯ここで食べたの?」

 やって来たのは楠木さんと生駒だった。

「うん。春日さんが日頃のお礼がしたいからと言って、朝ご飯を作って持って来たんだよ」

「あー。私もいつかそうしないとな。来る度に御馳走になってばかりでお礼もなしとか、ちっと不義理だよね」

 ボスンと座ってそう言う。いやいや、いいんだよ、俺の友達に御馳走するのが趣味なんだから。

「そうだよな。俺も何かお礼したいな。緒方にはラーメン作ってくれって言われたけど、ご両親はラーメン大丈夫か?」

「だから気にすんなって。いや、お前のラーメンは食いたいけども」

「シロ、腕上げたんだよ。お店のスープと対張るレベル。お店って言っても鬼斬じゃないよ、普通のラーメン屋さん」

「その言い方じゃ、鬼斬のスープは不味いみたいじゃないか。言っておくけど、スープも拘っているんだからな。三種類の地鶏ガラがベースなんだぞ」

 ムッとして反論する生駒だった。俺もそう思うけど、大雅はうまいとは言わなかったんだよなぁ……

「スープも美味しかったじゃないか。ちょっとしょっぱかったけど」

 国枝君の援護である。

「あそこってラーメンの種類多いけど、みんな三種の鶏ガラベースだからさ、結局は味付けで誤魔化しているんだよ」

「いや、そうじゃない。バラエティーが豊富なのは確かにそうだけど、ベースが駄目ならすべて台無しになるだろ?だからあれで正解なんだよ」

「なんだかんだ言ってご飯入れて雑炊にする為のスープじゃん」

「そう言われちゃ何も言い返せないけどさ……」

 項垂れる生駒だった。実際おにぎりを食わせる為のスープなんだし、生駒自身も確かにそう言っていたしで、反論不可能なんだろう。

 ここで洗い物を終えた二人が合流。

「やあやあ美咲ちゃん。生駒君のバイト、よく大丈夫だったよね」

「うん。店長さんが休めって言ってくれたようでさ。シロ、このところ休みなしでバイトしていたから」

 そういやそうだな。こいつ、いつも働いているから。

「だけどそうなると、家でマッタリしていた方が良かったんじゃねーか?久し振りの休日だろ?」

「お前等と遊んでいる方がいいしな。美咲とはバイト終わったら会っているから」

「そうそう。シフトない日とかさ、一人でポツンといると、なんか寂しいのよ。みんなでワイワイやっていた方が全然楽しいし」

 それならいいんだけど、身体をゆっくり休めた方がいいんじゃねーか?って意味だったんだけど。

「……おはよう美咲ちゃん、生駒君。緒方君のお母さんからコーヒー淹れて貰ったから」

 そう言ってコーヒーをお盆から取って渡した。

「俺達だけ?」

 生駒の問いにコックリ頷く春日さん。

「……私達は食後戴いたから」

「そっかー。おばさんにお礼言わないとね。やっぱこうなったら春日ちゃんを見習って私も料理持ってこよっと」

「あ、俺もそうしよう。ラーメンスープを家で作って、こっちで温め直せばいいだろうし」

 生駒はラーメン食わせるつもりだった。俺が催促したようなもんだけど。

 再び呼び鈴が鳴り、お袋がまあまあとごにゃごにゃやって、やはり上がってくる足音二つ。

「結構早く着いたと思ったんだけど、三番目か」

「やっぱ大洋は距離があるねー。それはともかく、おはよう」

 大雅と大橋さん、到着。手にはコンビニ袋を持っていた。

「楠木さんと生駒君はコーヒー飲んでいるんだねー。じゃ、これ後で飲んでよ」

 そう言ってジュース二本渡した。

「わざわざ買って来なくても良かったんだが……」

 喉が渇いたんならコーヒーくらい淹れるのに。なんだったら紅茶もココアもあるんだし。

「いや、緒方君の家には結構お邪魔しているからな。お礼って訳じゃないが、君のご両親にジュースを渡したんだよ。だからこれはついでだよ」

 ビックリだった。大雅は俺ん家にはそんなに来ていないのに、そこまで気を遣うか?

「緒方君、意外そうな顔しているけどさ、南海、と言うか大洋じゃ、正輝と友達だって言えるの、長野君と深海の片山君、玉内君くらいしかいないんだから」

「それがどうしてジュースの差し入れ!?」

「こっちの方が親しい友達が多いって事。で、集まると言ったらほぼ緒方君の家になるんだから、正輝にしてはお世話になっている感が物凄いんだよ」

 世話って言っても、俺の事情に付き合ってくれている友達なんだから、持て成すのは当たり前で、親も俺の友達を持て成すのが趣味なんだし、そんな気を遣わなくてもだ。

「まあいいじゃないか。緒方君は無糖のコーヒーだろう?」

 そう言って缶コーヒーを俺に渡す大雅。有り難く戴くが、逆に気を遣われて心苦しいんだけど!!

 時間も頃合いなので、外に出て待つ。

 丁度バイクの排気音が聞こえてそっちを向くと、ヒロだった。

「おう、待たせたか?」

 何かカッコ付けてヘルメットを脱いだが、立たせた髪がぺしゃんこになっていて逆にかっこ悪かった。

「大沢君、波崎は?」

 遥香の質問である。そういや波崎さんと一緒に来ると思っていたが、ヒロ単体だな?

「波崎は横井と一緒に駅に居る。電車だからな。だからそこに迎えに行くんだよ」

「ああ、そっか、じゃあみんなで行ってもいいよね?」

「それを伝えに俺が来たんだ。河内も駅に行くんだしな」

 わざわざ俺ん家まで来る必要は無いから納得だ。ヒロも電話かメールでそう連絡すれば、来る必要も無かったのに。

「じゃあ行くか。河内もそろそろ来るんだろ?」

「多分としか言えねえけどな。電車到着時間に合わせて来る筈だからよ」

 じゃあ、とバイクにまたがると、国枝君も生駒も跨った。

 その後ろに女子達がちょこんと座った。みんなちゃんとお腹にしがみついている。良かった俺と遥香だけじゃなくて。

 そのまま駅に向かう。先頭だったヒロをぶち抜いて。こいつ遅え!!俺より遅いってどうなんだ!?


 駅に到着。波崎さんと横井さん、仲良くベンチに座ってだべっていた。

「オス波崎。待ったか?」

 またまたかっこつけてヘルメットを脱ぐも、立たせた髪がぺしゃんとなって、やっぱりかっこ悪かった。

「おはよう大沢君。あの、一応確認するけど、ホントに後ろに乗るの?何なら電車で行ってもいいんだけど……」

 一応ヘルメットは買ってあるようだが(ハーフヘルメットだった、なんか戦闘機のパイロットみたいでカッコイイ)、不安気だった。遥香なんか何の躊躇も無く乗って来たと言うのに。寧ろ俺の方が嫌だったし。

「大丈夫だ。俺には超絶効果があるお守りがあるんだからよ」

 そう言って波崎さんから貰ったお守りを見せる。

「おはよう大沢君。私も別に電車で行ってもいいから、波崎に付き合えるわよ?」

 横井さんもヘルメットを買っていた。しかし、派手だった。黒地に発光色の緑で何かペイントしているし。フルフェイスだし。

 その旨を訊ねると――

「ああ、これ?的場さんから戴いたのよ。悪いからお金を支払うと言ったのだけれど、いいから持っていけ、と……」

 横井さん、随分と的場に気に入られているよな……何つうか妹的存在みたいな感じになっているよな。

 的場になついてくる女子は沢山いるんだろうが、横井さんみたいな真面目委員長タイプは寄って来なかったんだろう。可愛がっている河内の恋人でもあるし、より一層可愛く思うんだろうな。

「つか、河内がこっちに来るんだろ?横井さんが電車で行くとなったら、あいつ発狂するぞ?それを誰が宥めるんだよ」

「……やっぱりそうなるのよね……」

 軽く溜息を付きながら。ヘルメットも持って来たんだから、もう諦めろよ。

「その河内君、まだ来てないね?」

「まだ待ち合わせ時間まで少しあるから。だけど遅刻したら、ペナルティーは支払わせるから。具体的には、みんなにお昼ごはん御馳走するとか」

 やっぱ容赦ねーな横井さん……昼飯御馳走とか、どんだけお金を使わせるつもりなんだ?

 と、その時うるせー排気音が駅に到着。河内だった。

「おはよう千明さん!!」

 尻尾があったらブンブン振っているであろうテンションで寄って行く。

「おはよう。で、みんなには?」

「オス、お前等」

 手をシュタッと上げての挨拶だったが、程よく躾けられてほっこりした。全員。

「河内君、バイクの音、もう少し静かにできないものなの?ちょっと近所迷惑よ」

「え?あの音がい」

「静かにできないの?」

「…………直します……」

 超項垂れて了承した。あれでも他の糞バイクより遙かにマシなんだけどなぁ。

「まあまあ、そのくらいにして。みんな揃ったんだから出発しよう。行先は渓谷の湖」

 遥香が宥めるように前に出て仕切り始めた。流石にバイクの音までは可哀想だと思ったのか?

「途中で休憩入れるでしょ?どこにする?」

 おっと、俺に振られたぜ。つっても詳しくはねーからな。何とも言えん。

「俺はまだ全然慣れてねえから、大目に休憩入れてくれ」

 ヒロも何故か俺に催促してきた。え?俺が何で仕切る形になってんの?遥香が発起人でしょ?遥香に言えばいいんじゃないの?

「じゃあ緒方君が先頭で、俺達はその後ろを付いて行く、でいいな」

 ちょっと待て大雅。俺が先頭って、俺なんか全然遅い方なんだけど?何なら河内に先頭走らせた方がいいんじゃね?あいつの地元の隣なんだから。

「それがいいわね。河内君は他の人に配慮できそうもないから」

 横井さんも賛成すんのか……つか、ディスられた河内がしょぼくれ捲ってんだけど?

「えっと、俺、渓谷の湖なんて知らないんだけど……」

「槙原さんが後ろに乗っているんだから問題無いだろ」

 いや、生駒の言う通りだけどさ、要するに先頭走りたくないって事なんだけど……

「そうと決まったら出発しよう。さあさあダーリン、前走って」

 後ろに跨ってシートをバンバン叩いた遥香。お前が決めた事なのに、俺の負担すげえんだけど!?

 まあ、グチグチ言おうが、これは決まった事なんだろ?だったら文句言っても無駄だ。どうせ全部却下になるんだからな。

「どうしたんだい緒方君?なんか落胆しているけど?」

 国枝君に瞬時に見切られた俺の落胆ぶりだった。何でもないとバイクに跨る。

「じゃ、まあ……程々のスピードで……」

「「「おーう」」」

 こうして俺が先頭を走る事になった。道を間違えないように常に集中しなくちゃいけなくなった。つーことは、疲労度も倍になると言う事だ。

 なのでこまめに休憩を取った。ヒロの為だと停まる度に言い訳して。よって、渓谷の湖に着いた時間は、予定よりも一時間近く遅れる事になった。

「やっと着いたな。取り敢えず飯だ。マジ腹減ったし」

 ヒロの台詞に全員同調して頷いた。遅くなったのはお前の為だと言い訳した筈だが。

「そうは言っても、この辺りじゃ観光客用のレストランしかないな。河内、君の地元に近いだろう?何が名物なんだ?」

「解んねえけど、ソバとかマスとかの看板があるな」

 そばと川マスが名産なのだろう、多分。

「いいから適当に入ろう。ホントお腹空いた。朝ごはんも食べてないんだし」

 楠木さんの主張である。朝飯食ってないなら腹は減ったよな。

 適当に店に入った。大抵のお店が一階がお土産屋で二階がレストラン。何処を選んでも大差ないと判断したのだ。

 で、テーブルについてメニューを見る。

「マスってニジマスだって。養殖してんのかな?」

 遥香もメニューを見て頷いた。

「なんかカニ料理もあるけど、沢蟹かな?」

 此処に里中さんが居たらうんちくがてらその謎を解いてくれていたのだろうが、生憎といない。

 じゃあ、とそのカニ料理を見てみる。

「蒸し物と吸い物か……流石に沢蟹は小さいから、蒸しても食う所は殆ど無いだろ」

 このメニューに写真でも載っていたんなら容易に看破可能だろうが、それがないので謎は深まるばかりだ。

 隣の国枝君がひらめいたとばかりに言う。

「多分モクズガニだよ。みそを食べるんだ」

 モクズガニとか言われてもピンとこない。みそってカニみそか?だったらご飯にはならないよな。

「春日さんは決まった?」

 遥香の隣の春日さんに振った。決まったのならそれを参考にしようって事だ。

「……多分、コレ」

 そう言って指差したのは、山菜そば。此処は山間だから山菜もアリか。

「お?モクズガニがある。珍しいな」

 別のテーブルの河内の言葉を耳に拾う俺。

「河内君、モクズガニってどんなカニなの?」

 疑問に思った横井さんが訊ねた。俺も聞きたかったから有り難い。

「淡水の蟹だよ。鋏に藻みたいな毛が生えているからモクズガニっつうんだ。上海ガニの親戚だから蒸し物なんだろうな」

 ほー。高級中華と同じカニか。さぞかしうまいんだろうが、ご飯のお供にはなんないので俺はイランか。

「俺焼肉定食」

「大沢君は名産とか旬とか全く関係ないよね、いつも」

 焼肉大好きのヒロの注文に呆れる波崎さんだった。

「俺はカモ南蛮にしよう。さゆは?」

「とろろそばがあるからそれにしよっと」

 大雅の所も決まったようだな。しかし、やっぱそばを注文する人が多いな。

「山菜の天ぷら、定食でできるのか?」

「出来るみたいよ。山菜天ぷらご飯セットってのにすれば。私もそれにしよっと」

 生駒の所は山菜の天ぷらか。あいつ山菜の天ぷら好物だからな。口にできる機会があったら食うだろうな。

「んじゃ俺も山菜そばにしよう、遥香は?」

「じゃあ……天ぷらそば?」

 なんで「?」なんだよ。好きなモンが無いからか?

 ともあれ、全員決まったようなので店員さんを呼んでオーダーした。

「畏まりました。あのですね、ただいまアンケートを取っていまして、答えてくださったらジュースサービスしているんですよ」

 何?ドリンクサービス?それは魅力的だな!!

「そのジュースってメニューに謳っているのですか?」

 遥香の質問である。俺も気になったから有り難い。

「そうですね。オレンジとぶどうとアップル。メロンにコーラにサイダー、コーヒーですか」

 このナントカフロートは対象外らしいが、そのサービスは有り難いな。

「じゃあアンケート用紙下さい」

 はい、と言って人数分のアンケート用紙と筆記用具をテーブルに滑らせた。

 えっと、なになに?

【この店を知った理由】……いや、目に入ったから入っただけだが……まあ、その旨を書く。

【店員の接客態度はどうだったか】……普通じゃねーの?だから普通と書いた。

【料理はおいしかったか】……知らねーよ、まだ食っていないから。だからここは書かない。食ったら書く。

【あなたの年齢、性別】……今更これ!?最初に書くもんじゃねーの!?だけど、まあまあ……と記した。

【あなたの趣味】……趣味!?なんでこんなの聞くの!?関係ねーじゃねえの!?

「ダーリン書いた?なんか面白いアンケートだね。食べた後じゃとっとと帰る人が多いから今書いて貰ったんだろうけどさ」

 これは美味しかったかの事だろう。俺としちゃもっと突っ込みたい所があったけど。

「ん?趣味書いていないじゃない?」

 覗き込んだ遥香がそう言うが……

「関係ない事だろうと思ってな……」

「そう思うけど、下はお土産屋さんじゃない?だから趣味嗜好の事を売店に反映さてたいんじゃないかなって」

 成程……そうかもしんないな。だったら売店の方でアンケ取れと思うが。

 まあいいや、と、適当に書く。

「なになに……ツーリング?隆君そんなにバイクに乗らないじゃない?なんで嘘書くの?」

「えー?そんなにシビアな事なのか?」

 書けば何でもいいんじゃねーの?つっても趣味か…言われてみれば、趣味は持っていないな。

 その旨を伝えると、大きく頷く。

「じゃあみんなに隆君の趣味は何か聞いてみようよ」

 俺の趣味を他の奴に決められるのかよ?それはちょっとおかしくない?

 はいはいとヒロが挙手する。

「はい、大沢君」

「おう。隆の趣味は『他人を見境なくぶん殴る事』だ」

「それは趣味とは言わねーだろ!!つか遥香、なんでお前が仕切ってんだ!!」

 最高に意味不明だ!!ヒロのは悪意しか感じられないし!!

「大体、お前の趣味なんて食う事だろうが」

「よく解ったな?俺がそう書いた事を」

 ビンゴかよ!!嫌味で言ったら真実だったよ!!嬉しくないビンゴだよ!!

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