西高~003

 んで次の日、予習復習し、ジムに行って程よい汗を流し終えていると、スマホを弄っていたヒロが険しい顔になる。

「どうしたヒロ?おっかない顔して?俺のリバーモロに入ったからムカついてんのか?」

「それは確かにムカつくが、そうじゃねえよ」

 そう言ってスマホを見せる。波崎さんからだった。

 見て納得した。西高のアホ共が店に来て迷惑をかけて行ったと。

「信じられねえが、お前神尾と連絡先交換したんだろ?媚び売るとか何とか?」

「あー。神尾に聞けってか?」

 正直言って西高生なんか目に入ればぶち砕けばいいと思っているが、後の木村との付き合いと今後の情報は惜しいからな。まあ、せいぜい利用してやろうか。

 神尾にコールすると、7コールくらいで電話に出た。

『もしもし?何か聞きたい事でもあるのか?』

 向こうも世間話なんかする気も無いようで、単刀直入に用件を聞いてくる。これは有り難かった。俺も世間話なんかしたくないし。

 俺が要件を口に出そうとする瞬間、ヒロがスマホをひったくった。

「おい」

 苦情を言う前に口を開く。

「おい神尾。お前、隆と約束したんだろ?白浜と南女とファミレスには手を出さないって」

『大沢か?そうだ。だけどこうも言ったぞ。俺と安田と阿部は兎も角、ってな』

 確かにそう言っていた。俺が言ったと言う事は伝えたんだろうが、その後別の奴等がどういう行動に出るのかは、神尾の与り知らない所だろう。

「うるせえ!!ファミレスで馬鹿な真似した奴を教えろ!!」

 こいつもアホだな。さっき来たメールなのに、直ぐに犯人が解る筈ねーだろ。

『気が早すぎだろ。まあいいや、ちょっと待ってろ』

 そう言って電話を切る。つか、捜せるもんなのか?

「なぁヒロ、西高生は殆どそんな奴等だぞ?ぶち砕くのには付き合うけど、犯人捜しは正直面倒なんだが」

「お前の弁だと、西高全部相手取るように聞こえて物騒なんだが…犯人捜しっつうよりも、波崎を困らせた奴を捜すのが目的だな」

 それを犯人捜しと言うのだが。こいつ本気で頭悪いな。

 俺は溜息を付いてスマホを取り、コールする。

 直ぐに繋がる俺の可愛い彼女さん。

『はいは~い。愛する彼女の声が聞きたいって事かな?』

 ぐいぐい来るのは結構心地いいんだが、生憎今回は別件だ。

「何かファミレスでふざけた真似した西高の糞がいたらしいんだが、捜せるか?」

『西高生なら殆どそんな真似する人達だと思うけど…まあいいわ。ちょーっと待っててねダーリン』

 そう言って電話を切る遥香。まあ、情報が少な過ぎだし、西高生全員容疑者なんだから、見付ける事は無理だろうけど。

「一応捜して貰うけど、期待はすんなよ?」

「お、おう…つかお前、何かスゲェな…」

 スゲェって言うか、どうにもならない事は結局どうにもならない事を悟っちゃったからな。それでも足掻く事を辞める理由にはならないけどさ。

 取り敢えず帰ろうと、着替えをして外に出る。

「犯人見付かったらどうすんだ?」

 単なる会話。答えが解っているから雑談みたいなのだ。

「ぶっ飛ばす」

 拳を握って歯を食いしばって。解りきっている事だったが、こいつもアレだしな。俺程じゃねーけども。

「まあ、手伝うけど」

「お前には遠慮して貰いたいんだが…」

 そりゃそうだろう。ちょっと洒落にならない事になる可能性が高いからな。

「取り敢えずファミレスに行くか?」

 一応ながら聞いてみる。

「は?何で?」

 素っ頓狂な声を上げて問い返すヒロ。こいつ本気でアホだよな。

 俺は軽く溜息を付いて言う。かぶりを振る事も忘れずに。

「波崎さんを迎えに行こうって事じゃねーか。また来るかもしんねーだろ?ひょっとしたら、待ち伏せしているかもしんないだろ?糞共がさあ」

 俺達も報復でよく待ち伏せされたじゃねーかと呆れ顔で言った。

「おお…そりゃそうだな。隆の癖に良く気付いたじゃねえか。その案採用だ!!」

 目から鱗のヒロは、俺に親指を向けて笑う。ちょっと考えれば気付く筈だが…まあいいや。よく考えていない、いや、考える方向が違うのがヒロの良い所だし。

 件のファミレスまでてくてく歩いて向かう俺とヒロ。ところで、と最重要事項を尋ねた。

「お前幾ら持ってる?」

 ポケットから財布を出して中身を確認するヒロ。

「千円ちょい。お前は?」

「俺も千円くらい」

 懐が寂しいが、外で待つよりも、入店した方が確実に迎えに行ける。

「隆、繰り返しで知っている筈だろ?あそこで一番安いものはなんだ?」

「確かフライドポテト…ハンバーガーも安かったな」

「じゃあドリンクバー付き千円以内で食える飯は?」

「カレーとかハンバーグとか…あそこ意外と安いぞ。味は普通だが。だがまあ、千円も使う必要は無いだろ。つまむもんとドリンクがあれば…」

「それでもいいけど、普通に腹減ったしなぁ…」

 それは確かにそうだな。俺あそこで飯食う時は殆どカツカレーだったけど、この機会に別の物も頼んでみようか。

「っと、そうこうしている内に着いたぞ」

 味が普通のコスプレファミレス。懐かしいな。感慨深いものがある。

 因みに今回は、春日さんは此処でバイトしていない。別の飲食店でバイトしている。

 まあ、そこは後に語る事があるだろうが、今はこのコスプレファミレスだ。

 兎も角入店しよう。俺を先頭にヒロが後に続く。

「いらっしゃいませ~」

 出迎えてくれたのは、藍色のメイドコスのウェイトレスさん。ヒロは一瞬で釘づけになった。

「お二人ですかぁ~」

 見れば解るだろうに、マニュアルは大変だなあ。と思いながら頷く。

「喫煙席と禁煙席がございますがぁ~」

 学生なのは見れば解るだろうに。コレもマニュアルだろうけど。

「空いているのならどっちでも」

「では此方にどうぞ~」

 促されて席に着く。禁煙席だった。

 メニューを出しながらマニュアルを駆使する藍色メイドさん。

「お決まりになりましたら、こちらのボタンを押してお呼びください~」

 頷くと一礼して戻る。途端にヒロが俺に興奮しながら聞いて来た。

「隆!!ここすげえな!!波崎もあんなの着ているのかな!?」

「当然だろ。紫コスだと思った」

 普通にしていても可愛い波崎さんだが、あのコスの波崎さんは二割増しで可愛い。

 と言うか、ここの店は粒ぞろいだから全員可愛いけど。あの藍色コスさんも可愛かっただろ?

 なんか興奮しているヒロを余所に、メニューを開く。

「ヒロ、千円以内、ドリンクバー付きのメニュー、結構あるぞ」

「うん?ああ。おう」

 駄目だこいつ。上の空だ。

 波崎さんのコス見たいってのが丸解りだ。だから逸るなよなあ。

 まあいいや、と勝手に注文しようとしたが、流石にそれは大人気ないか。

「俺は決まったから、店員さん呼ぶけど?」

「おう。い、いや、ちょっと待って!!」

 慌ててメニューを見るヒロ。そして聞いてくる。

「お前は何にしたんだ?」

「俺はカツカレーだよ。カレーにはサラダバーが付いてくるからな」

 なんだかんだ言って、結局カツカレーにした俺。

 サラダバーが付いてくるってのがポイントだ。それに食事ならドリンクバーの料金が半額になるし。

「それで税込千円でお釣り来るのかよ。お前が言った通り、結構安いな」

 まあ、ファミレスだしな。そんなに高い物はない。お財布に優しくて目の保養にもなる優良店なのには違いないだろう。

 ひとしきりメニューを見たヒロは、ハンバーグカレーをオーダー。こいつ子供舌だから、エビフライとかハンバーグが好きなのだ。

「波崎が持って来ればいいんだが」

「この店繁盛しているからタイミングだろ。迎えに来たんだから、バイト終わるまで粘ればいいじゃねーか」

 何の為に入店したんだよ。外で待つのに抵抗があるからだろうが。

「つか、今西高生いねーかな?面倒な手間が省けて助かるんだけど」

 言いながら店内を見回す。それらしい奴はいないようだ。

「店でおっぱじめたら、流石にやべえだろ。自重しろバカ」

「流石にそんな事はしねーよ。だけど、過去に店でやり始めた事はあるけどな」

 ドリンクバーのアイスコーヒーを啜りながら言うと、ヒロが目を剥いた。

「やり始めたって事は、その場でやらなかったって事だよな?お前にそんな堪え性あったっけ?」

「やりそうになったけど、春日さんが脅えちゃったからな。里中さんも居たし」

 そうじゃ無きゃ普通にぶち砕いていた。一応彼女達も枷になってくれていたんだよな。こんな小っちゃな事でもさ。

「お待たせしました…って、あれ?」

 どうやら注文の品が来たようだ。そして幸運な事に、お目当ての子が持ってきてくれたようだ。

「大沢君と緒方君?何で?」

 驚いたようで、俺とヒロの顔を交互に見る。

「なんでって、ヒロにメール送っただろ?」

 カツカレーを指差すと、慌てて俺の前に置く。ついでにヒロのハンバークカレーも。

「ひょっとして迎えに来てくれたの!?」

「隆が待ち伏せされていたらどうすんだって言ったからな。心配になって…」

 照れ照れの物調面で答えるヒロだった。

「そっか。ありがとう大沢君」

 にっこりと笑ってお礼を言う。ヒロの顔面に赤くない所など無かった。

 それは兎も角と聞いてみる。

「そのふざけた糞で、一番偉そうな奴の特徴、教えてくれるか?」

「え?えっと、体格が良くて…まあ、太っていて…」

 武蔵野のデブじゃねーだろうな?あいつ荒磯だったっけ。

「赤いリーゼントみたいにして、だけど後ろ髪長くて…」

 そこまで聞いて遥香に電話をする。こっちは相変わらず速攻で繋がった。

『ごめん、容疑者が多過ぎて、まだ特定できないんだ…』

「そりゃそうだろ。情報が足りないからな。デブの赤いリーゼント、後ろ髪長い奴。新情報だ。これでどうにかなるか?」

 目を剥いて驚いた波崎さん。まさか追っているとは思っていなかったようだ。

『その特徴なら、三年の水原って人だね』

 流石は遥香。名前と学年は知っているのか。

「じゃあ今そいつ何処に居るのか、知っているか?家でもいいぞ」

 家と聞いて波崎さんが青ざめる。乗り込もうとか思われたのだろうか?いや、必要なら乗り込むけども。

『流石に今現在の事は解らないなぁ。住所も大まかな所しか解んないや』

「そうか。俺、これから暴れるかもしれないからな。お前も気を付けろよ?」

『物騒だねえ。だけど私の事を気にかけてくれたのは嬉しいな。無茶はしないでよね?』

 おう。と言って電話を終える。次は神尾だ。こっちも簡単に繋がった。

『緒方か。大沢の件だな?一応探ってはいるが、特定はまだ…』

「三年の水原って赤デブだ。今何処に居るか調べられるか?」

 流石に面喰った様子。暫く言葉出さねーもの。よっぽど吃驚したんだろうなあ。

「おい。今現在赤デブはどこにいるか、調べられるか?」

 再び問う。神尾は我に返ったように声を出す。

『三年の水原と言ったら、派閥の一つの頭だな…あいつの派閥は大体駅裏のダーツバーにたむろっているな。だけど、今居るかは解らねえぞ?』

「それだけ解れば充分だ。また何かあったら頼らせて貰うぞ」

『ああ。その為に連絡先教えたようなもんだからいいんだけど…水原は強えぞ?』

「木村より?」

『……いや、木村の方が強え。だから問題ねえか…』

 そう言って電話を切る神尾。奴も俺と木村を天秤に掛けたんだな。掛けた結果『解らない』になったと。

 だから取り入る為に連絡先を教えた。木村と互角の俺が赤デブにやられる筈が無いから、問題無いと言ったんだな。

 まあ、今はカツカレーを堪能しなきゃだし、赤デブの件は取り敢えず後回しだ。

「お、緒方君、その人と喧嘩するつもり?」

 波崎さんが青い顔で訪ねてきた。当然頷く俺とヒロ。

「大丈夫だ波崎。ちゃんと送って行ってからやるから」

「そうじゃなくて…店に来た時、10人くらい居たんだよ?」

 ヒロの気遣いの空回り感がやべえ。なんか微妙にシュンとしているし。

 だけど10人か…

「まあ、楽勝だよな」

 一人5人のノルマ。簡単すぎる。今回は執拗に追い込む事もしないし。高等霊候補だったから、そこまで非道にはならない。

「わ、わざわざ捜してまで喧嘩する訳?」

「ああ。これは緒方と大沢を敵に回せば、こんなに面倒になるんだよ。と教える為でもあるから」

「そうだな。それにこうすりゃ、少なくとも波崎と槙原、そして日向にはちょっかい出して来ない。後に絶対にある報復にビビって」

 要するに、警告の為の人身御供って事だ。西高生はアホが多いから警告が意味を成さないかもしれないが、面倒臭い奴だと認識させるのに効果はあるだろう。

 そうじゃなくとも、俺は中学時代から西高生をぶっ叩いていたようだし、ヒロはやり過ぎを止めていたようだし。俺達の顔と名前くらいは知っているだろう。

 少なくとも関わりたくない程度には思われている筈だ。今回はそれをより知らしめるって事だ。

 その後、波崎さんのバイトが終わるまで粘り、無事家に送り届けて、再び駅に舞い戻る。

「つか、面倒になったな…」

 ぼやくヒロだが、同感だ。俺達の最寄駅を通り過ぎて戻って来たんだから、面倒臭さが先に立つ。

「つーか、お前の為だろうが。付き合っている俺の方が面倒だ」

「お前はお前の事情だろうがよ」

 まあそうだが。でも、感謝くらいはしろよな。

「で、駅裏のダーツバーだったか?どこにあるんだろうな?」

「知らね。行けば何とかなるだろ」

「そうだな。つか、俺達って、毎回行き当たりばったりだよな」

 毎回って事は、中学時代もこんな事していたんだろうな。俺の世界でもそうだったけど。

 まあ、なんにせよ駅裏だ。如何わしい店がいっぱいあるが、くだんのダーツバーもその辺りだろ。

 見つかったら補導されそうな店が立ち並ぶ道、俺達はダーツバーを探す。

 奥まった古いビル。そこに緑のネオンでの文字で、存在が明らかとなる。

「此処かどうかは解らんが、行ってみるか」

「おう」

 ダーツバーは二階。エレベーターもあるが、俺達は階段を使った。つか、このビルサラ金ばっかじゃじゃねーか。

 ダーツバーってこんな環境でやっていいのか?未成年相手の商売じゃないと割り切っているのか?

 二階。間違いなく此処だと思う。

 何故なら、高校生らしい奴等が、検問宜しく通せんぼしていたからだ。

 その一人が俺達の前に出て来る。

「悪いな。ちょっと取り込み中なんだ。もう直ぐで終わるから、後でまた来てくんねぇか?」

 ガムをくっちゃくっちゃ噛んで凄んだ。こいつ等それでビビらそうとしてんのか?

「お前等の事情なんか知った事か。俺達はダーツバーに用事があるんだよ」

 ピリッと空気が緊張した。ちょっとした切っ掛けで乱闘になりそうな空気。

「……そのダーツバーに何の用事だ?」

「お前等にわざわざ教えてやる義理があるのかよ?」

 凄む糞に構わず接近する俺。その間にヒロが割り込んだ。

「おう隆。どうせこいつ等、水原っつうデブのダチなんだろ?此処でやっちまっても問題無いだろ」

「そうだな…10人くらい居たって言っていたからな。ここで3人潰してもいいか」

 検問していたのは3人。残りは7人。乱闘になるんなら、後でも先でも大差ない。

「……隆?お前…緒方?それにそのツンツンの髪…大沢か?」

 糞の一人が俺達に気付いて後退りした。

「お前俺達を知ってんのか。まあ、散々ぶっ叩いたからな。退くんならそれでもいいから失せろ。俺達は水原ってデブをぶっ殺しに来ただけなんだからよ」

 いやいや、何を勝手に決めてんだ?こいつ等その赤デブと友達なんだろ?こいつ等もぶち砕くに決まってんじゃねーか。

 しかし西高生は、ちょっと待てと腕を伸ばして俺達を止める。

「俺達はその水原一派をぶっ叩きに来た…」

「そうか。じゃあ退け」

 こいつ等のゴタゴタが俺達と何の関係があるんだ?俺達が退く理由になんのか?

 伸ばしていた腕を押し退ける俺。ヒロがそれに続く様に前に出る。

「だ、だから、俺達がやるから…」

「勝手にやりゃいいだろ。俺達は俺達で勝手にやるから」

 ヒロが右拳を振り上げると道が出来た。ビビって退いたのか。

「おい隆、こいつ等どうすんだ?」

 ヒロの言葉にあからさまにビビる糞共。真っ青な顔で、俺を拝むように見ているし。

「邪魔するんならぶち砕けばいいけど、赤デブの敵っつうなら、この場は見逃してやろうぜ」

「そうか。お前等はどっちだ?邪魔すんのか?しないのか?」

 くるんと振り向き、糞共の前に立つヒロ。邪魔すると思ったら、ぶち砕くつもりなんだろう。

 まあ、あっちはヒロに任せて、俺はダーツバーに入ろうか。丁度ドアの前に来たんだし。

 そして俺はドアを開いた。そこは備品が散乱し、壊され、血だらけになって転がっている糞が数名…

 この中でやったのは間違いなさそうだ。そして返り血を浴びて突っ立っている奴が、一人でやったのか…

 俺はそいつを見て知らず知らずに笑みを溢した。

「あ?お前誰だ?つーか、検問突破して来たのか?」

 手櫛で後ろに流した髪型…俺に負けず劣らずの鋭い目つき…

 木村…!!

 嬉しくて駆け寄りそうになったが、何とか堪える。

「おい水原。あいつお前の兵隊か?」

 壁に背中を預けてぐったり座っているデブに、蹴りを入れて訊ねた木村。あいつが赤デブか。

「そいつが水原って奴か?俺は緒方。この赤デブが俺の友達を困らせたから、仕返しに来たんだよ」

 俺の名前を聞いて反応する木村。

「…緒方?白浜の?」

「おう。つか、お前俺にばっか名乗らせないで、自分も名乗れよ?」

「…木村…明人だ。西高一年…」

 これでお互い自己紹介は済ませた。木村がおっかない目で俺を睨んでいるけれど。

「そうか。お前がこれを全部やったのか?10人以上いるみたいだけど」

「…だったらなんだ?」

 喧嘩腰だなあ…まあ、これがファーストコンタクト。俺の噂を知っているなら当然の反応かもしれないから、いいけども。

 まあいいや。取り敢えず俺の用事を済ませようか。

 ぐったりしている赤デブの胸座を掴んで持ち上げる。

「おい」

 木村が咎めたが、まだ用事は済んじゃいない。なので無視して進めた。

「おい。お前等がふざけた真似をした女子はな、俺の友達なんだよ」

 赤デブは血だらけな顔をしながらも俺を睨み付けた。

「だからなんだってんだ?ああ?その報復に来たのか?」

 余裕だな。怪我人にこれ以上何もしないとか思って甘えているのか?

 俺は赤デブの顔面に左フックを喰らわした。

「がっ!?」

「おい!!」

 赤デブの呻きと木村の声が同時に聞こえた。

「お前、今は安全だと思ってんのか?たまたまこいつにやられた後だからっつって、俺が遠慮してやる義理があると思うのかよ?」

 つーかこいつ、糞重たい。なので床に叩き付けるようにぶん投げた。

「ぎゃっ!!」

「ぎゃっ、じゃねーよ赤デブ。此処に転がっている奴、全員ファミレスに行った連中か?」

 腹に蹴りを入れながら訊ねる。

 ぎゃっ、とか、ぐわっ、とか喧しい。俺の質問に答えたら楽になれんのにな。

「おい!!やめろ!!死んじまうぞ!!」

 木村が俺の肩を掴んで止めた。顔を立ててやめてやるか。

「……噂通りだなお前…危ねえな…」

「つーかお前、俺を止めたって事は、ケジメはお前が付けるって事でいいんだよな?」

 言ったと同時に拳を握り固める木村。いや、俺の言い方は喧嘩売っているようにも聞こえるけども。

「…この様でケジメって訳にはいかねえのか?」

 いや、別にいいんだけども。今回の俺は執拗に追い込む事はしないから。

「それでもいいんだけどさ。俺的には、西高の糞共が白浜と南女とあのファミレスでふざけた真似さえしなけりゃ、何でもいいんだ」

「俺にそれをしろって事か?それをケジメにするって?」

 頷く俺。つーか、こんな話こんな場所でしたくねーな。誰か通報しているかも知れねーし。

「話は此処から出てしようぜ。俺は真面目だから、警察に補導されたかねーんだ」

「そりゃ俺もそうだろ。お前の案に乗るか…お前一人なのか?」

「ああ、いや。外の検問相手にヒロ…大沢が何かやっている筈」

「!!早くそれ言えよ!!」

 慌てて外に出る木村。それを追う前に、倒れている赤デブの髪を引っ張り、顔を持ち上げて言った。

「お前…この次どこかで顔見たら、最低病院送りにすっからな?今は木村に感謝しとけよ」

 赤デブは涙目で頷く。何度も。俺の非道さにビビった証拠だった。

 廊下に出たら、ヒロと木村が睨み合っていた。検問の糞共もあたふたしている。

「だからさっきから言っているだろうが?俺達は水原一派をぶっ叩きに来たってな。こいつ等は他の客に被害が及ばないようにしただけだ。俺の命令でな」

「お前の命令なんか知るかってさっきから言ってんだろうが?邪魔すんならぶっ叩くっつってんだよ。こいつ等もお前もなあ?」

 もう一触即発だった。ヒロも俺程じゃないが、こういう奴等と結構揉めているからなぁ。

 取り敢えず止めようと、あたふたしている糞共を押し退けて、ヒロと木村の間に入った。

「お?隆、終わったか?それにしちゃ、返り血の量が少ねえな?」

「終わったっつうか、こいつが既にボロボロにしていたから退いてやった」

「お前、そのボロボロの水原を更にぶっ叩いたじゃねえか」

「そりゃ、お前にやられたからって、俺が遠慮する必要は無いだろ」

 俺達の会話を真っ青になって聞いていた糞共。いや、俺に引いたのか。返り血と追い込みの件で。

「まあいいや。ここじゃ警察が来た時に逃げられないから、早く外に出よう。こいつが無茶やったから、誰か通報したかもしれないから」

「だから、それの更に追い打ちをしたお前に言われたくねえって言ってんだ」

「おい、お前隆の話を聞いていたのか?早くバッくれようっつっただろうが。此処で伸びて警察に保護されたいのか?」

「あ?本当に頭悪いなお前は?その髪形も頭悪そうだしな」

「あー!!うっせえな!!外に出てから話そうっつってんだろ!!」

 これ以上のグダグダは駄目だ。ヒロを押して階段を駆け下りた。木村も何故か素直に着いて来た。あと検問の糞共も。

 とにかく走って駅の方に来た。つか、わざわざ駅に来なくても良かったんだが。

「はーはー…おい木村、お前幾ら持ってる?」

「ぜーぜー!!なに!?確か三千円くらい…」

「よし、そこのファミレスに行こう。金貸してくれ。後で返すから」

 面食らったのは、木村は勿論。ヒロと検問の三人。

「お、おい隆…西高生から金借りるっつう発想がおかしいだろ?」

「いやいや、その前に初対面だぞ俺達?その俺に金貸せとか言うか普通?」

 その疑問はごもっとも。だが、俺には金を借りなきゃいけない訳がある。

「だって金持っていないから。ヒロも持っていないから、持っている奴から借りるしかない」

「いや、確かにそうだけど、だったら駅で缶コーヒーとか…」

「込み入った話をしようってのに、人通りが多い駅で話すのはな…」

 タイミングが合えば繰り返しの事も話そうとも思っているからな。そうなると三人の西高生が邪魔になるが。

 ん?繰り返しの事を話すってのなら、俺ん家の方がいいか?

「おし。だったら俺ん家に行こう。そこならいいだろ?」

「いや、だから、俺達今日が初対面だよな?つーかさっき顔合せたばっかだよな?更に言えば、緒方っていや、俺達みたいな奴は問答無用でぶっ叩く狂犬みたいな奴だろ?つー事は敵だろうよ?」

 確かに俺は糞が大っ嫌いで、顔見たらぶち砕いていたけれど。

 俺は努めて真剣な顔を拵えて、木村を直視して言った。

「お前は糞じゃねーだろ」

 だから俺の敵じゃ無い。俺の敵は、どうしようもない糞と、俺自身なんだから。


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