ミューちゃんとの帰り道
そして少し進んだところで、頭の上のミューちゃんから大きな溜息が聞こえた。
『なぜわらわがこの小娘の面倒を見ねばならぬのじゃ、アンリお兄様……』
可愛らしい少女の声が、頭の上から聞こえた。
「ありがとうね、ミューちゃん。ミューちゃんはアンリさんのことが好きなんだね」
『そうじゃな、わらわはアンリお兄様のことが好きじゃ。わらわの主はハルトの方じゃが、アンリお兄様の方が好きなのじゃ』
主って飼い主って意味かな?
「ハルトさんが飼い主ってことだよね? なんでなの?」
『わらわはこんななりになってしまったが、Sランクの魔獣じゃからの。アンリお兄様は資格をお持ちでないと言っておったわ。じゃがしかし、わらわのためにこれから取得するとも言ってくれたのじゃ。素晴らしいお方じゃろう?』
あっちでも大型の動物を飼うときは資格が要るって聞いたことあるし、そういうものなのかも?
「さすがアンリさんだね。それで、Sランクってどれぐらいすごいの?」
『それしきも知らぬのか、小娘。お主は本当に馬鹿じゃのう。じゃがわらわは優しいから、お馬鹿なお主に優しく教えてやろう、Sランクはかなり強いと言う意味じゃよ』
にゃははは、とミューちゃんは笑った。可愛いけど、圧倒的にバカにされている……
「それぐらいわかるよ? 1番上は何で、上から何番目なのって聞いたの」
『おや、分かるのか。分からないと思ったぞ? 1番上はSSランク、つまりわらわは上から2番目じゃの。お主にはたまたま、本当にたまたま遅れを取ったが、本気であればお主ごときひとたまりも、ニャウン!』
頭の上で、ミューちゃんが痛そうな声を上げながら飛び跳ねた!
「ど、どうしたの、ミューちゃん!?」
プシュプシュという荒い鼻息が聞こえる。少し怒っているようだった。
『ハルトがわらわに呪(まじな)いをかけたのじゃ。人に危害を加えるようなことを考えれば、身体に激痛が走るというな。逆らえばどうなるか分からぬ相手に情報をむしり取られ、こき使われる……わらわはいわば契約で縛られた身じゃ』
「逆らえばどうなるか分からぬ相手って、ハルトさんのこと? そんなに強いの?」
最高位って言ってたけど、私の前でハルトさんが魔法を使うときは、だいたい私がピンチで焦ってるときだから、細かく見たことはないな。いつの間にかに魔法を使ってくれて、終わってる感じ。
『あやつは白の神子じゃから攻撃魔法は得意じゃないはずなのじゃが、なかなかやりおるからの。命が惜しいなら、逆らわぬのが吉じゃ』
あー、白の神子って聞いたことあるかも。
「白の神子って何? なんでハルトさんは攻撃魔法を得意じゃないと思うの?」
『神に選ばれた子のことじゃ。癒しと防御を得意とする白の神子は破壊の化身である黒の神子を抑える役割があるのじゃが、黒の神子は現在、行方不明なのじゃ』
なんかスケールが大きい話になってきた。私は思わず首を傾げそうになったが、ミューちゃんのにゃという声に、すぐに頭を元の位置に戻した。
「その神子ってどうやって選ばれるの? 人から勝手に呼ばれる感じ?」
溜息が聞こえた。ミューちゃんは私のこと、絶対にバカにしてる。
『大聖堂にいる教皇に神託が下ると言われておる。先代が死ねば、次代が生まれ開花したら神が教えたもうのじゃ。わらわの母が言うには、人間が崇める神は気まぐれでイタズラ好きの子供みたいなやつらしいぞ』
日本の神様も意外に変な神様多いし、神様って変な人が多いのかも。
「なんでミューちゃんのお母さんは神様のことを知ってるの? そっちの方がすごくない?」
にゃふ、とミューちゃんが吐息だけで笑った。
『魔獣の母と言えば、お主ら人の神にも劣らぬ、我らの神×××に決まっておろう。素晴らしき母、我らの守護者よ』
我らの神のあと、なんて言ったか聞き取れなかった。脳みそが名前を拒絶するというか、発音が全く別物だった。
「じゃあ、ミューちゃんは神様と連絡が取れるんだね。それってすごいことじゃない?」
『……まあ、わらわにも色々あるのじゃ。ほら、寮とやらについたぞ。この話は終わりじゃ』
急に話を濁されてしまった。何か言いたくないことがあったのかな?
寮の門にある明かりに照らされた女性がいた。ピーテット夫人だ。
「こんばんは、ピーテット夫人。こんなところで、どうしたんですか?」
近寄って挨拶すると、ものすごい渋い顔をされた。なんだか怒ってる?
「あなたが門限を破っているとホーネットさんから聞いて、確かめたら男性と会うために寮を出ていったとライコネンさんが教えてくれました。あなた、寮生活というものを分かっていらして?」
ああ、今まで気づいていなかったけど、私は2人に嵌められたのだ。そこまで卑怯な手を使ってくるなんて、思いもしなかった。
「えっと、ライコネンさんから手紙を渡されたから、ちょっと外出していただけなんです。会いに行ったんじゃなくて、散歩に行っていたんです」
ちょっと苦しい言い訳かな。でも最初は本当のことだし、信じてもらえるかも知れない。
「では、頭に乗せている、その魔獣はハルトさまのモノではなくて?」
『モノと言うではない、小娘。わらわは気高き魔獣、それを否定するならば、わらわにも考えがあるぞ』
ふしゃーとミューちゃんが頭の上で威嚇する。ちょっと、爪が頭に刺さってるんですけど!
「どれだけ威嚇しても、その姿では怖くありませんよ。白の神子が契約した魔獣を恐れる者がいますか?」
『ふふ、どうにかしてお主を食ろうてやっても良いのだぞ? どれだけ辛かろうが、誇りを汚される前にお主を殺してやる』
ああ、ミューちゃんは痛みに耐えてるから、私に爪を立てているんだ。ミューちゃんの誇りという難しいことは分からないけど、それが大事だと言うことは私にでも分かる。
頭の上にいるミューちゃんをガッと勢いよく捕まえる。
『何をするのじゃ、小娘! わらわは今、あちらの小娘と会話をしておるのじゃぞ』
ミューちゃんが私の手から離れ、頭の上を飛ぶ。
「ピーテット夫人、ミューちゃんの悪口はやめてください。人の嫌なことを言うことは最低なことだって、私にだって分かります」
『こむ……いや、リンカ……』
ミューちゃんが初めて名前を呼んでくれた。信頼をもらった気がして、嬉しかった。だからミューちゃんのためにも、私は戦いたかった。
「ハルゾノさんあなた、また私に逆らうの?」
怖い顔したってダメだ。今回は私が絶対に正しいんだから、怖がる必要はない。
「これは逆らってるんじゃなくて、本当のことを言ってるんです。ミューちゃんに酷いこと言わないでください」
私はピーテット夫人に向かって胸を張り、彼女に堂々と対峙する。弱気なところは少しでも見せたくなかった。
ピーテット夫人は眉間にシワを寄せ、タンタンと威嚇するように、つま先を地面に打ち鳴らした。
「そう、あなたは私に逆らうのね。それじゃあ、懲罰室行きよ。因子も封印させていただきます」
脅したって、無駄だ。私はピーテット夫人の目から目を逸らさず頷いた。
「そうされたって構いませんよ。私は間違っていないんですから、あなたに従う理由はないですもん」
ピーテット夫人が口の中でゴニョゴニョと何か呟いた。聞き取ろうと体を寄せたけど、その前に私の体を気持ちの悪い因子がまとわりつく。
「これであなたの因子は封印されました。3日間、あなたは魔法が使えないまま懲罰室で過ごしてもらいます」
魔法が使えないって言われても、15年の人生で魔法を使ったことあるのなんて、こっちに来てからの3回しかないから、あんまり実感がわかない。ただ、懲罰室という響きは少し怖かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます