クイーンビー登場
翌日の朝、私とブリジットちゃんは学校へ向かっていた。
そのとき、後ろからザワつきが聞こえ、振り返ると、みんなが端に寄り1つの道をつくっていく。道の先には、昨日話していたホーネットさんと特徴が同じロシア系かなと思う美少女がいた。
そしてホーネットさんはライコネンさんとその他大勢の取り巻きを連れ歩いていた。まるで1つの群れみたいだった。
よく見ると、ホーネットさんの前にフラフラと歩いているミレイユさんがいた。なんだか昨日の覇気がないような気がした。
「リンカちゃん、端に寄ろう」
ブリジットちゃんに小声で囁かれ、頷いて端に寄って頭を下げる。早く行ってくれないかな。
ミレイユさんが通ったあと、ホーネットさんの群れが私たちの前にやってくる。このままさっさと行けと思っていると、私の前でホーネットさんの群れが止まる。そして可愛らしいけど、トゲがある声で話しかけられた。
「あなた、誰に許可を取ってスカートを短くしているの?」
私以外に用事があってくれと思っていたけど、ダメだった。いやワンチャン、別の人じゃ……いや、私に話しかけてるに決まってるよね。
顔を上げ、ホーネットさんの顔を見つめる。うわ、めっちゃ美少女だ。いや気持ちで負けるな、リンカ。頑張れ、リンカ!
「私のファッションにあなたの許可はいらない……と思うんですけど……」
最初は自信満々に言えていたんだけど、ホーネットさんとその取り巻きに睨まれて、段々自信を失っていった。完璧に負けてしまった……
ホーネットさんの顔が怖いものに変わっていく。美少女が怖い顔をしたら、こんなに怖くなるのかってぐらい怖かった。
「この世界では、いるのよ。そもそも、あなたはソルでしょう? 身分をわきまえなさいって言われなかったの?」
身分、身分、身分! そもそも、身分をわきまえるって、どういう意味!?
「言われましたけど、私が私を変える理由ってありますか? 私はしたいことはするし、自分を変えませんから!」
ホーネットさんの眉間にシワが寄っていく。はっ、身分って言われて怒ってしまったけど、私、今ピンチなんだった。
「さすが良いこと言うっすね、ペチコートさん」
この語尾は、先に学校に向かったはずのミレイユさんだ! 思わぬ助け舟に、私は目を輝かせる。でも、その呼び名は嫌だ。
「1番さん、ファッションは誰かにやめろと言われてやめるもんじゃないっすよ。それにペチコートさんに文句を言うんなら、あたしにも言ったらどうっすか」
その言葉につられ、ミレイユさんのスカートを見ると、ミレイユさんの制服はスカートが短くなっていた。そしてスカートは、昨日助言をもらった私がペチコートの上に履いているスカートより、可愛らしく膨らんでいた。そしてミレイユさんはジャケットを腰に巻いていて、長いはずの袖(そで)は半袖になっていて、私の制服より断然かわいくなっていた。
ミレイユさんの着こなしはすごい! それはファッション番長の着こなしだった。
それにホーネットさんが、悪巧みをしているような笑顔で反論した。
「あなたはエトワールでしょう、ダナーさん。でも制服の改造は校則違反なのかしら?」
柔らかい言い方だけど、トゲトゲな本音は隠せてなかった。昨日、ブリジットちゃんが心配してた理由がほんの少し分かった気がした。
「校則違反が怖くて、服飾の歴史を変えられるわけないっす。こんなつまらないことしてる暇があったら、1番さんは因子の練習をしてたらどうっすか? なんでも平均にできるって逆につまんないっすよね」
ミレイユさんの言葉に、ホーネットさんが一瞬だけ顔色を変えた。その一瞬に見せた怒りに染まった顔は、何をしでかすか分からない恐怖があった。
「私もあなたの得意な電気の魔法を練習したの。体験者になってくれる人がいるなんて、嬉しいわ、ダナーさん」
周りの人が一斉に距離を取り出す。私と言い合いをする2人を中心に、円を描かれた。
「いいっすよ、あたしも他人の因子を制御する因子の使い方を勉強中なんで、練習台になってほしいっす」
そんな不穏な雰囲気の中、ミレイユさんが不敵に笑った。自信満々だけど、本当にミレイユさんは大丈夫なのだろうか。
「それって格下相手にしか使えない魔法ではなくて? ふふ、ダナーさんは面白いことを言うのね」
ホーネットさんのトゲトゲしい言葉に焦って、ミレイユさんの方を見た。でもミレイユさんは顔色一つ変えずに、言い返した。
「本当の因子の使い方を知らない人は、これだからダメっすね。魔法の仕組みを全くわかってないじゃないっすか」
ミレイユさんの溜息まじりの言葉で、ホーネットさんの心に火が付いたようだった。私はホーネットさんの動き出した手を、思わず掴む。
「やめてくださいよ、ホーネットさん。ほら、言葉で解決しましょ? ねっ?」
ミレイユさんとホーネットさんの魔法勝負なんて、私は見たくなかった。平和的解決ができるなら、そっちの方がいいじゃん。
「離しなさい!」
ホーネットさんが手を振り払う。その反動で思わず、地面に転がってしまったけど、ホーネットさんの意識がこっちに向いたから、作戦としては上出来だった。
「ソルのくせに私に触らないで。あなた、何度言えばわかるの? あなたはソル、私たちに触れる権利もない虫けらよ!」
ホーネットさんの大きな灰色の瞳に、怒りの炎が燃え上がる。そしてホーネットさんは、私に向かって手を振り下ろそうとした。私は顔の前に両腕をもっていき、防御の体勢をとる。そのとき、私の手のひらの太陽が光った。
「きゃ、この光は何!?」
ホーネットさんがそう言うけど、私にも分からない。困っていると、ミレイユさんから小さな声が漏れた。
「それって……」
そして嫌味なぐらい、ううん、私のピンチにいつも聞こえる、とてもかっこいい声が聞こえた。でも、その声は氷みたいに冷たくて、怪我をしそうなほど鋭かった。
「……そこのエトワール、いったい、お前は何様のつもりなんだ?」
声が聞こえた方、ミレイユさんの後ろに目をやる。そこには今日もかっこいいハルトさんがいた。ハルトさんのスーツは珍しく、紺色のストライプだった。
「ハルトさん!」
あ、今すごい嬉しそうな声が出た。自分の声が自分にもわかるぐらい感情に溢れていた。
「リンカ、大丈夫か?」
すぐにハルトさんの声は柔らかいものになった。そんな声をかけてもらえた、自分が少し特別に思えた。
心配そうな顔で手を差し伸べてくれるハルトさんに、私は笑顔を返す。ハルトさんが心配してくれたおかげで、ちょっとパワーが出ました。
「大丈夫です。ありがとうございます、ハルトさん」
ハルトさんの手を借りて、立ち上がる。私が立ち上がったあと、ハルトさんはポケットからハンカチを取り出し、スマートに私に渡してくれた。でも、このハンカチで何すればいいんだろう。涙は出てないつもりなんだけど……
「それで土を払え」
私がハンカチを見つめて考えていたせいか、ハルトさんが教えてくれた。
「え、こんな高価そうで綺麗なハンカチで土を払うんですか? 手で大丈夫ですよ」
ハルトさんはムッとしたあと、私のお尻を力いっぱい叩いた。痛い!
「じゃあ、おれが払ってやるよ。そのハンカチはやるから、なんかに使え」
「叩いてやるの間違いじゃないですかっ! ハンカチはありがたくもらいますけど! もうちょっと優しく、優しくお願いします!」
「仕方ねえな、ほら、優しくしてやるから静かにしろ」
そう言って、ハルトさんの叩く手が少し優しくなる。ポンポンと優しいそれに、さっきの攻撃はもしかして照れ隠しだったのかも、と思った。
「へへ、ありがとうございます、ハルトさん」
嬉しくてお礼を言うと、ハルトさんは少し照れたようで、顔が少し赤かった。
「……何も言うな」
そんなハルトさんがかわいくて、私はニンマリと笑顔になった。そしてハルトさんは、そんな私の笑顔を見て、また照れたのか、髪の毛がグチャグチャになるまで撫でられる。
きゃあ、きゃあと声を上げてはしゃいでいると、隣から声が上がった。
「あの、ハルトさま……」
ホーネットさんがハルトさんに話しかける。さっきまでのトゲはどこに行ったのか、儚げなウィスパーボイスだった。私調べによると、男性はウィスパーボイスの女子に弱い。ハルトさんも、そうなのだろうか。
ハルトさんの顔を見上げると、苦々しい顔をして辺りを見回していた。
「あー、お前ら、まだ教室に行ってなかったのか。もうすぐ始業時間だから、さっさと教室に行くように」
しっしとハルトさんが手を振る。すると、蜘蛛の子を散らしたように、みんな走って校舎へ向かっていった。ブリジットちゃんは残ろうとしていたけど、他の子に腕を引っ張られていた。私に向かって謝るブリジットちゃんに、気にしないでと身振りで伝えた。
ホーネットさんは笑顔で、ハルトさんに手を差し伸べた。
「私、アナスタシア・ホーネットです。あなたが迎えに来てくれたとき、私は本当に嬉しかったんですよ」
「おう、そうか。元気にやってるか?」
ハルトさんに聞かれ、ホーネットさんは嬉しそうに答えた。
「はい、元気にやっています。あの私、ずっとハルトさんにまた会いたいと思っていて……」
ハルトさんは少し沈黙したあと、首を横に振った。
「悪いけど、そういうのはちょっと困る。それに君は、えっと……」
ホーネットさんの顔が笑顔で固まる。そしてハルトさんは何か考えながら、私の頭に手を置いた。ちょっと、私の頭は手を置くところじゃないですけど! 私のイラつきを、ハルトさんは感じたのか、それとも無意識なのか、頭を優しく撫で始めた。うう、そんなに優しく撫でられたら、何も言えない。
「思い出した、検査器具を壊した子か。そのせいで、リンカは詳細な検査が先延ばしになってるんだよな。直すのに、あと1週間はかかるらしいぞ」
私の方を見て、ハルトさんは言った。嬉しいけど、ホーネットさんの方から刺さってると勘違いするほど痛い視線を感じる。
「なんすか、ハルトくん。別人みたいっす、何かあったんすか……」
ミレイユさんが呆然としていた。私が知ってるハルトさんは、いつもこんな感じだけど……
「はいはーい、君たちもそろそろ登校再開しようねー」
軟派な声がした方を向くと、ハルトさんと同じで、いつもと違う格好をしたアンリさんがいた。全身あずき色のジャージは、芋みたいだけど、アンリさんが着るとオシャレに感じた。深く開いたジャージの襟(えり)からは、渋柿色のVネックのTシャツが覗いていて、アンリさんのセンスとはいったい、と思った。
「お久しぶりっす、アンリくん。なんで学校にいるんすか?」
私も聞きたいと思っていたことを、ミレイユさんが聞く。アンリさんは、とっても良い笑顔で答える。
「先生のお仕事を手伝う、ってことが新しい仕事でね。いわゆる臨時教師ってやつだよー。ミレイユちゃんもアンリ先生って呼んでくれるかな?」
私はハルトさんの方を見た。ハルトさんは私の視線を感じると、おれもだ、と頷いた。っていうことは……
「ハルトさんじゃなくて、ハルト先生なんですか!? これからずっと!?」
一緒に学校生活を送れるかも知れない。青春をハルトさんと過ごせると思うと、嬉しかった。
「ああ、まあ……そうかもな」
あからさまに嘘をついています、という顔をしたハルトさんの、曖昧な返事に思わず情けない声が出る。
「いったい、どっちなんですかぁ! うぐっ!」
ハルトさんに顎を掴まれた。誤魔化し方がわからないからって、これはズルい。
「どっちでもいいだろ。ほら、教室に送ってやるから行くぞ」
「えっ!」
ホーネットさんが不満げな声を上げる。だけど、送ってもらう特権は私のものだ。
私はハルトさんの腕に、自分の腕を絡めた。おっきくて、長い腕に擦り寄る。ハルトさんは何も言わず、ゆっくりと歩き始めた。ふふ、なんだか幸せだな。
「じゃあ、エトワールの子たちは僕が送ろうかな。はい、みんなー、歩き出してー」
そうして私たちの後ろを、アンリさんたちは歩き出した。
ハルトさんと一緒に登校することを絶対にできないと思っていたから、私はとても嬉しかった。私の歩幅に合わせてくれるハルトさんに、優しさを感じながら、教室を目指した。
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