第60話 お風呂上がり
「は~っ、いいお風呂でしたーっと」
檜風呂でポッカポカに温まったわたしとアリサさんは、少し長湯した後に居間へと戻ってきた。
「あ、おかえりー。どうだった? ウチのお風呂気持ちよかったでしょ」
座布団の上でお菓子を頬張りながらくつろいでいたらしいクロエが、読んでいた雑誌をパタンと閉じる。
彼女はすごくリラックスした様子で、駐屯地の寮より表情が柔らかい気がした。
「うん、もう最高! 日当たりも良くって、落ち着く香りが満ちたなかなかのお風呂だったわ」
こう見えてお風呂にはうるさいのだが、わたし的にクロエ家のお風呂は好みド真ん中。
お昼に入るという贅沢な状況も重なって、わたしの機嫌はこの上なく優れていた。
「クロエ聞いたわよー? アラル村の温泉に入った時、アンタ湯船で泳いでたそうじゃない」
「なっ!? なんでそれを......! ティナもしかしてバラしちゃったの!?」
アラル村派遣時の密かな秘密が漏れ、涙目になるクロエ。
黒髪を拭いたアリサさんが、「このこの〜」とクロエの頭を撫でている。
「あははっ、お風呂だとつい気が緩んじゃって......。他にもいっぱい暴露しちゃった」
「うわ――んティナのバカぁ! 話のタネにペアを売ったなー!?」
「ご家族を安心させるのも、ペアの役目なのよー」
榴弾砲で叩き起こされたことへのささやかな仕返しを完了すると、わたしは不機嫌そうに頬を膨らますクロエの横へ座った。
机を挟んで正面に腰を下ろしたアリサさんが、お茶を飲んで一息つく。
「さてさて、お風呂でティナちゃんから娘が元気にしてることも聞けたし、今日は良かったわー」
背伸びをするアリサさん。
だが、お風呂では握られっぱなしだった会話の主導権。
わたしはアリサさんにずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「あの、少しお聞きしたいんですが。アリサさんの生まれた『日本』という国......、一体どこにあるんですか?」
ずっと前に中佐が言ってた、極東から来るという黒髪黒目の民族。それが日本人を指すなら、どうやって王国に来たというのだろうか。
地図では、東に国なんて存在しないのだから......。
アリサさんは、お茶を注ぎながら落ち着いた口調で言った。
「――――――この世界には......たぶん"存在しない"わ、来た方法もよくわからないのよね」
時計の針が進む。
「ある日事故にあって、気がついたらもうここにいたわ。まだ15歳だったしホント苦労したなー」
しみじみと言うアリサさん。
それが本当なら、彼女は他国人どころかまるで――――
「"異世界人"って言いたそうね」
先手を取られてしまった。
完全な図星であり、その動揺を押し殺しながらうなずく。
「細かく言えば、わたしは異世界にある日本という国から来た人間。だからこそ、最初見たとき驚いたわ」
「なにを......見たんですか?」
「この王国にあるものの中に、わたしたちの世界と同じものがあったのよ」
唾を飲むわたしへ、アリサさんは一言いい放った。
「例えば......戦車とか」
「戦車ですか?」
「ええ、でもそれだけじゃないわ。戦車に戦艦、そしてティナちゃんが付けてる"レンジャー徽章"もあったわ。不思議よねー」
確かにこの王国では、魔法で代替が効くので銃が普及せず、差別化可能な大口径砲のみが発展したと聞いている。
その日本という国も、似たような感じだったんだろうか。
だがそれ以前に、王国軍は魔王討伐後に招いた"外国士官"からの助言で近代化した。
榴弾砲、戦車、戦艦――――――そしてレンジャー教育課程。
これらは全て、その外国士官からもたらされたものだ。
「ねえお母さん、そろそろ門限なんだけど.....」
横で退屈していたクロエが、ズイッと前のめりになった。
今日は元々日帰りの予定、晩の点呼までに戻らなければフォルティシア中佐や鬼軍曹たちに、腕立て伏せを100回はさせられるのだ。
それだけは避けたいと、話を途中で区切り玄関から家を出る。
「また今度ゆっくり話しましょ、ティナちゃん」
「こちらこそ、今日はありがとうございました」
「じゃあお母さん、次の休暇で」
もっと聞きたかったけど、時間だけは操れない。
こうして駐屯地へ無事戻ったんだけど......、そんなわたしたちに、さっそく次の洗礼が待っていた。
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