第55話 目覚ましに火薬はいかが?

 

 休日は最高だ、特に朝は期待と高揚でいっぱいになるこの感じがたまらない。

 そして、わたしはこの幸福感に満たされた状態で入る布団が最高だということにも気づく。


「ティナー、二度寝もいいけどそろそろ起きたらー?」

「11:00(ヒトヒトマルマル)になったら起こしてぇ〜......」

「それ30分前も言ってたじゃん」


 日の差し込んだ駐屯地の自室。

 わたしは未だパジャマでベッドに身を預け、二度寝という最高の快楽をむさぼっていた。

 足先の温もりがわたしを掴んで離さない、ダンジョン攻略から輸送艦での戦闘――――たまにはこれぐらい寝てもバチは当たらないわよね。


「こりゃダメだ......、ティナー、あと5分で起きなかったら最終手段を使うからね」

「好きにすればー」


 窓を開け、部屋を出るクロエ。

 最終手段とやらは気になるけど、あの娘のことだ。どうせくすぐり程度のものだろうし、度重なる戦闘でさすがに疲れた。

 休養だって仕事の内だ......。


「――――――填始め」


 外からなにか聞こえる。訓練でもやってるのかな......。


「――――填! 装填よし!」

「12榴セット完了!」


 なんだ、榴弾砲の射撃訓練か......。全く驚かさないで――――って、榴弾......砲?


「射撃準備よし!」


 気づくのが遅すぎた、退避は間に合わない。

 大急ぎで布団へ潜り、耳をふさぐ。


「クロエのバカ......! まさかっ!?」


「発射用意よし!!」

「122ミリ榴弾砲――――――ッ!!!」


 大音量の爆音と、薙ぐような爆風が部屋へ突っ込んできた。

 思わずベッドから転げ落ち、それが"空砲"であったことに気がついたのは30秒後。

 クロエがドヤ顔で開いた窓から覗いた時だった。


「おはようティナ、どうだった? 122ミリ空砲の目覚ましは。起床ラッパより強烈だったでしょ」

「えぇ、最高の目覚めだったわ......。先に聞いとくけど、なんで砲兵隊がここにいるの?」


 動きにくいカーディガンを脱ぎ捨てる。


「えへへー、輸送艦に乗った時から仲良くなったんだ。ちょうど消費期限間近のが数発余ってたみたいで、ティナ起こすのに使ってもらっちゃった」


 ゆっくりとクロエへ近づく。


「それはご丁寧にどうも、で、最後に言い残すことは?」

「あれ、ティナもしかして結構怒ってる......?」

「いや――――――」


 もう使っていなかった木製の椅子を蹴り潰す。


「全然怒ってない」


 破片が飛び散るが、掃除は目の前でワタワタしているペアがやってくれるだろう。


「めっちゃ怒ってるじゃん! 待ってティナ! 話せばわかるからさ、もうちょっと冷静に――――」

「いいクロエ? この際だから教えてあげる。わたしが生きてて最も嫌うことナンバー1をね」


 右手に最大級の魔力を集める。


「過剰な目覚ましと安眠妨害よッ!!」

「ぜっ、全員撤収ッ!!」

「逃がすかぁ――――――――ッ!!!!」


 ◇◇


「っで、終いには"どつきあい"というわけかえ? 全く子供かおぬしらは」


 すっかり荒れた中庭で、わたしとクロエはフォルティシア中佐の前で芝生に正座していた。

 クロエのバカな頼みで展開した砲兵らは、どうにか逃げおおせたようである。


「だってティナが起きなかったんだもん......」


 ボロボロになったクロエが、半泣きで呟く。


「だからって榴弾砲なんか撃たないで、耳が吹っ飛ぶかと思ったじゃない」

「うぅ......ごめん」


 さすがにやり過ぎを悟ったか、素直に謝るクロエ。


「ほんに騒がしい部下共じゃ、おぬしらがこうしてる間にも、ミーシャのヤツなんか健気に働いとるんじゃぞ」

「あれ? ミーシャって大怪我してませんでしたっけ」


 記憶が確かなら、重いのを1発もらってたような......。


「腹に包帯だけ巻いて、朝から早々に出勤しおったわい。亜人のタフさには驚かされるのー......で、クロエ・フィアレス騎士長。なぜにおぬしはティナ・クロムウェル3曹を起こしたかったんじゃ?」


 腰を落とす中佐。


「いや......その」

「敷地で榴弾砲を撃つより恥ずかしいことか? ほれ、言うてみい」


 コツコツおでこをつつかれた彼女は、純黒の瞳をわたしに向けた。


「......一緒に買い物したかった」

「買い物?」


 まさか、そのためにあんな暴挙を?


「いくら起こしてもドンドン先延ばしされちゃうし、普通にやっても全然起きなかったから......」

「ほ〜、そいつは片想いじゃったのー。まあこうして強引にでも起こせたわけじゃし、今から行ってくるとよい」


 中佐が立ち上がる。


「後片付けはわしがしといてやろう、その代わり、良いお土産を忘れるでないぞ!」


 こうビシリと指を指されてしまうと、もう拒否なんてできない。

 結局、ゆったりベッドで1日を潰す計画は、あっという間に爆沈してしまったようです。


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