第30話 昇進と休暇
わたしの胃は元来ストレスに弱く、これまで散々苦しめられてきた。
数年前なら高難度クエスト前に、去年であれば演習前、こないだならば飛行船から空挺降下する直前とかによく痛んだ。
でも、今はそれら過去の事例全てを足して届かぬ領域に達していた――――
「ティナ・クロムウェル"3等騎曹"、クロエ・フィアレス"騎士長"。
1階級ずつ昇進したわたしとクロエの名を呼んだのは、紛れもなく天上の存在。
わたしたちみたいな一兵卒では、直にお顔を拝むことすらおこがましいお方。
今年で15歳になったという、この国の"第1王女殿下"だ。
「ティティティティナ......! なんかこの広間の装飾の凄さも相まってもう潰れちゃいそう、ってか作法ってこれで良いのかな!?」
わたしと同じく、重厚なカーペットの上で膝を着いたクロエが珍しくガチガチに緊張している。
一体......どうしてこうなったんだっけ。
◇◇
――――王国軍・アルテマ駐屯地。
アクエリアスの事件から数日が経った。
結果としては、エーテルスフィアを用いた首都攻撃は回避され、今回テロを起こしたネロスフィア構成員も無事鎮圧という形となった。
そして、古代兵器無力化の功績が上に認められたのか、わたしとクロエはそれぞれ1階級昇進が決まった。
「っというわけで、昇進おめでとうティナ・クロムウェル"3等騎曹"。今後ますますの活躍を期待しておるぞ」
執務室内にある接客用スペース、ソファーに座ったフォルティシア中佐が対面でコーヒーを
「はぁ......ありがとうございます」
「なんじゃ? 浮かない顔をして。おぬしのペアに振られでもしたかえ?」
「振られてないですし付き合ってもいません! 第一わたしとクロエは女同士じゃないですか......、今日の新聞のことですよ」
昇進が嬉しいのに間違いはない、でも今朝見た王都新聞の内容は、その感情を消し飛ばすに十分な破壊力だったのだ。
件の新聞紙を中佐に渡す。
「ほうほうこれじゃな、これはまた......一面で『王都を救ったアクエリアスの英雄』とデカデカしく書かれておるわい。おぬし有名人じゃの〜」
「わたしは職務に従っただけですよ......、なんかもう街中に出るのが恐ろしいです」
「まあ慣れんとは思うが、この際思い切ってこの状況を楽しむというのも良いかもしれぬぞ? 実際、この新聞とておぬしが命をかけて戦った証じゃて」
クロエと民間人を助けるのに無我夢中で、正直こうなるとは全く予想していなかった。
「そういえばおぬし、魔法を習得したらしいではないか」
カップをソーサーに置いた中佐が、興味津々といった様子で聞いてくる。
「まぁ一応ですが......、雷属性の魔法を1つ使えるようになりました。なぜかはわかりませんが......」
「ふむ、魔法というのは
中佐いわく、ある女の子が川で溺れて死にかけた時に水属性魔法を覚えたとか、少年が目の前で死にかけた動物を救いたいと想った時、治癒魔法を習得したという事例もあるらしい。
アクエリアスでヴィザードのシルカと交戦した時、1発くらったけどそれがキッカケかな......。
でも仮にそうだとして、習得するならいちいち被弾しなきゃいけないのか......。やだな。
「......ちなみに聞くが、ルナクリスタルを食べた時の記憶は、やはりまだハッキリせぬのか?」
そう、ルナクリスタルを食べて、復活した魔力によってエーテルスフィアを破壊した時の記憶が、実は混濁していてよく思い出せないのだ。
欠片のように思い出せるのは、あの時わたしが『血界魔装』なるものを発動したということだけ。
あれはなんだったんだろう......。
「まあそれはまた思い出した時でよい、
再び中佐がカップを持ち上げた時、バタバタと騒がしい足音が近づいてきて、執務室の扉を勢いよく開け放った。
「ただいま中佐ー! 身体は特に異常なしだってー!」
総合病院で診察を受けてきたらしいクロエが、相変わらずといった様子で元気に入室した。
「クロエ・フィアレス"騎士長"か......、診察ご苦労じゃったの」
エーテルスフィアの障壁無力化を認められて、クロエも1階級昇進している。
「あっ! ティナもいたんだ! ひっさしぶりー!!」
「って......いきなりハグするなーッ! もう夏だからそれ暑いのよ!」
もはや恒例と化したスキンシップを振りほどくと、クロエはわたしの横に座った。
「ねえ中佐、こないだ言ってた――――」
「わかっておる、休暇の申請に来たんじゃろ? ちゃーんと用意しておるゆえ安心せい」
「やったー!」と諸手を挙げるクロエ。
そういえば、中佐とクロエが前に50メートル走やった時におまけするとか言ってたっけ。
「アクエリアス派遣で潰してしもうたからの、埋め合わせも含めて2人とも1週間の連休じゃ。しばらくは英気を養うと良い」
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