第6話 さっそく実戦投入!?


『......ろ! ......りろッ!』


 まどろみに沈んだわたしへ、誰かが大声で怒鳴りつけてる。

 うるさいなぁ......、こっちは1日疲れて眠ってるのに。


『――――お前......だけでも!』


 その声はどこか懐かしい、けどそれが誰なのかは思い出せない。

 とりあえず目を開けようとした瞬間、わたしの頭に大音量でそれは響いた。


『飛び降りろッ!!!』

「ッッ!!??」


 目覚めれば王都に配属されて1週間が経った朝、自身の体温で程よく温もった布団で寝ていたところに、もはやトラウマとも言うべき管楽器の音色が駐屯地に広がった。


《総員起こーし!!》


 軽快に演奏される起床ラッパ、わたしとクロエは一にも二にもなくベッドから飛び起りると、早着替え選手権でもやってるのかと言いたい速度で制服へ着替える。

 もっと睡眠をむさぼりたかったけどしょうがない、王国軍騎士は有事に即応できるよう求められているし。


 ――――それにしても変な夢だったな。


「おっはようティナ! ちゃっちゃと着替えと点呼済まして朝ごはん食べよー」

「ふぁ......、おはようクロエ。朝から元気ね」


 まぶたが重い、昔からどうも朝は苦手で、自分で言うのもアレだけど起きたて10分は使い物にならない。


「ティナはホントに朝弱いねー、なんか使い物にならなさそうな顔してるよ」


 ご名答、快眠といったご様子で制服を着るクロエが羨ましい。


「――――あれ? ティナどうしたの?」

「えっ?」


 気づけば、わたしの頬に温かいしずくが伝っていた。


「ちょっ、大丈夫ティナ!? なにか悲しい夢でも見た!?」


 慌てた様子で両肩を掴んでくるクロエ。


「大したことじゃないわよ、あくびした時にでも出たんじゃない? ほら、早く着替えないと遅れるわよ」

「大丈夫だったら涙なんて流すわけないじゃん! どこか具合悪い? 軍医さんのところ行く?」


 このこんなに心配性だったっけ!? やれ大丈夫だ大丈夫じゃないだと繰り返すうち、朝食ラッパが鳴り始める。


 起きた後は通常食堂で朝ごはんを食べるんだけど、でも今日はどうやら例のごとく通常ではないらしい。


「おはよう! クロムウェル、フィアレス両騎士よ、睡眠はバッチリ......取れたようじゃの」


 所属する遊撃大隊のトップであり上官、アルマ・フォルティシア中佐が勢いよく入室。

 至近距離で取っ組み合う部下に言葉を詰まらせたけど、すぐリカバリーしていた。


「取り急ぎの要件があっての、ここだとなんじゃし向こうで話そうぞ」


◇◇


「おぬしら、"亜人保護区"のことは知っておるな?」

「はい、30年前、魔王討伐後に王国へ編入された亜人の住む場所ですよね? もちろん知ってますが......」


 朝日の射し込む食堂、対面で目玉焼きにフォークを刺すフォルティシア中佐へ、美味しいと評判の味噌汁をすすっていたクロエが率直に言った。


「ねえ中佐、ここ大食堂だよ。いつもは佐官食堂で食べてなかったっけ?」


 王国軍では、わたしやクロエのような階級が低い騎士は大食堂と呼ばれる広めの食堂、フォルティシア中佐みたいな少佐以上の騎士は佐官食堂という、まあ偉い人限定の場所で食事を取るんだけど......。


「いやの、毎日あんな偉いさん方と食事しとると息が詰まりそうになるんじゃよ。たまには息抜きくらいせんと窒息してしまうわい。それよりじゃ!」


 中佐はベーコンへフォークを突き立てる。


「その亜人保護区から王政府に要請が入ったんじゃよ、内容は猫獣人キャットピープルの集落を襲う『オーガ』の討伐。ここまで言えばもう分かろう?」


 ベーコンを満面の笑顔でパクつく上官。

 編成してまだ1週間しか経ってないのにもう実戦!? わたしのこっそり立ててたスローライフ計画が......。


 ――まあ、亜人保護区が王国の庇護ひご下にある以上仕方のないことだけど、これも仕事だし。


 マグカップを取り、ミルクを口に含む。


「オーガってあれでしょ? 民家くらいおっきくて、棍棒振り回す魔王軍の残党だよね?」

「うむ、魔王討伐後も大陸各地では未だにモンスターが溢れておる。それらの討伐も、我々王国軍の仕事じゃて」


 モンスター討伐は冒険者ギルドもしているけど、やはり正規軍に比べれば安全確保は応急的に過ぎない。

 まして、保護区の安全保障は王国の責務だ。


「しかし中佐、わたしとクロエのたった2人で危険指定【C】のオーガ相手って難しくないですか?」

「へぇー、レンジャー騎士のティナでも勝てないもんなの?」


 朝食を平らげたクロエが、両手を合わせながら言った。


「わたしだって人間よ、いくらレンジャーでもこの体格じゃ倒しきれないってば」

「じゃあいっぱいご飯食べたら、案外イケるんじゃない?」

「ちょっとクロエ、女の子にして良い発言じゃないわよ、それ」


 空の皿を前にごちそうさまをしたわたしへ、コーヒーを啜るフォルティシア中佐が言う。


「火力の心配は無用じゃ、わしのはからいで演習場にとっておきの兵器が待っておるからの。亜人保護区は頼んだぞ」


◇◇


 王都西方の亜人保護区へ向かうため、その兵器とやらが待つ演習場へ来たわたしたちは、文字通り圧倒された。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 無骨な魔法金属で覆われたその巨体に、クロエが感嘆の声を上げている。

 中佐の言ってたとっておきの兵器って......まさかこれ?


 悪路を走破する履帯りたいの上に乗った、魔法攻撃でもビクともしなさなさそうな装甲板と突き出る大砲。

 教育過程で聞いたことはあった、確かこれって――――――――


「どうですか? わたしたち王国陸軍の誇る《魔導戦車》は。この威容こそまさしく陸の王者と呼ぶにふさわしいッス!」


 突然上部のハッチから出てきた女の子が、茶髪のショートヘアを振りながら戦車の自慢をしてきた。

 わたしと同じ蒼色の軍服からして、正体はすぐに分かった。


「もしかして、この戦車の乗組員さん?」

「いかにもッス! 自分は第1機甲師団、第8戦車大隊所属のセリカ・スチュアート1等騎士です。砲手として、今回の派遣で火力支援を命じられました! あなたたちが例の遊撃部隊ッスか?」


 これまた快活な少女は、こちらと同じ王国軍騎士。

 戦車の砲手ってことは"機甲科"ね、わたしやクロエみたいな歩兵として戦う戦闘科とはまた違う分野の騎士。


「フォルティシア中佐から伺ってるわ、こちらこそよろしく!」

「よろしくー! わたし、戦車なんて初めて見たよ! 超カッコイイじゃん!」


 意気揚々としたクロエの食いつきに、セリカという少女は「でしょー!」と得意気な顔を見せた。

 しかし、そんな彼女に突如として怒声が降る。


「セリカ・スチュアート1士!! 愛車自慢もいいが装備点検はどうした!?」

「ヒイッ!! ルクレール2等軍曹!? もっ、もちろんできてるッス!」


 声の主はわたしとクロエのすぐ後ろ。

 ルクレールと呼ばれたその人は、整った顔立ちと体つきを持ったいわゆる鬼軍曹。

 数名の男性騎士を引き連れて戦車へ近寄った。


「76ミリ砲に異常は?」

「問題ありませんッス!」

「よし、ではこれより出発するぞ。持ち場につけ」


 ルクレール軍曹の指示で続々と戦車に乗り込む騎士たち。

 こっ、怖い......。戦車乗りって血の気が多いとは聞くけど、わたしの上官が優しいフォルティシア中佐で良かった〜。


「ねえ、この戦車って上に乗っても大丈夫なの?」


 無造作に車体をポンポンと叩くクロエ。


「ちょっと! そんな変なこと言って怒らせなんかしたら――――」

「全然良いっスよ、なら砲塔の上にどうぞ」


 えっ! 良いの!?

 さっきまでの空気が一転、セリカが砲塔上の空いたスペースに引き上げてくれた。


「乗るならしっかり捕まれよ、戦車は結構揺れるからな」


 まさかのルクレール軍曹もノリノリ。

 これが噂に聞く戦車跨上タンクデサントってやつ? 初めての体験を前に、緊張しつつも突起を握る。


「準備はできたな? 目的地、亜人保護区! 戦車前進ッ!」


 ――――グオオォォォォォォンッ――――


 豪快にエンジンをふかし、履帯が土を巻き上げた。


「うわッ! 走り出した!」


 馬車とはまるで違う、魔法金属の塊が動いている。

 興奮するわたしたちを乗せ、春風を切りながら、戦車は魔王軍残党に襲われる亜人保護区へ向かい前進した。


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