第11話 エピローグ
空へ浮かんだミグの光はそのあとも第二の太陽のように六日に渡って輝き続け、それから不意に消滅した。今頃どこでどうしているかは知らない。
(……宇宙に行った、なんてことはないよね)
恩返しも済んでいなければ文句も言い足りない。それでも、当人がそれを望んでそうしたのなら、それでいいと思うしかない。
考え事が行き詰まると、目の前の不毛な言い争いに焦点が戻って来た。
「じゃから世界の半分は与えてやるから、そこで好きに暮らせばよいではないか。キレイに半分こ、何が不満なのじゃ?」
「急に現れておいて図々しくってよ! 既に地球は人類の物なのです。遠慮して隅っこの極致に間借りするのが筋というものでしょう? 人間よりもずっと頑丈なのですから」
ここは軍の演習場。日光を遮ってくれるだけのテントの下で、ウクスツムとシスターメイアイが意見を戦わせている。内容は領土問題。要は魔物の国を再建するつもりでいるウクスツムがどの土地を手に入れるか、ということだ。
世界を救う戦いに貢献したことでウクスツムは交渉権とこの演習場を仮の領土として与えられた。それからこの「寄贈 人類一同」と印字されたテント
「おねーちゃんの番だよ?」
「うん? じゃあ、コレと……コレ。あっ、間違えちゃった」
睨み合うふたりが挟んだテーブルにトランプを並べ、絵合わせをしてオーマと遊ぶ。オーマはこちらの表情を窺っては一枚一枚トランプをめくっていく。わざと表情を作って勝たせてあげると本当に嬉しそうに喜んだ。
オーマが望んだ褒賞は特にない。尋ねても「わかんない」と答えた。けれど必ず幸せになれるよう取り計らってあげたいと思っている。また山に埋めておくようなことは絶対にしたくない。
少なくとも当面はオーマも魔物の領土に押し付けられることになっているので、一応この会議の場は人類にとっては重要な問題となっている。共闘可能な精神性だとわかっても、脅威であることには変わりない。
「急にも何も、例えばこの土地は元々魔物の土地だったのじゃ。図々しいのはそっちじゃろ? なんなら儂は今すぐ魔界へ変えてもよいのじゃぞ」
「ちょっと魔王さま? それじゃおばさんが死んじゃう。そんなことしたら絶対ゆるさないからね」
「あぅ……すまんのじゃ」
聞き逃せずに注意すると、勝ち誇っていたウクスツムが背中を丸めてしょぼくれた。
おばさんはウクスツムが身ごもったことについては複雑な心境ではあったものの、学者としての好奇心も捨てられなかったらしく主治医に名乗り出て魔物の生態がわからないなりにあれこれと面倒を見てくれている。とは言っても今はミアズマを排気しない新型の対消滅エンジンの開発にかかり切りだ。
「領土を均等に分けるなら人間と魔物の個体数比で考えるべきですわ。そちらはふたり。このテントだけで充分でしょう?」
「ねえ『ふたり』ってソレ、あたしのこと数に入れてない? あたし中立ってことでココにいるんだから忘れないでよね」
魔物の代表はもちろんウクスツム。人類代表は神話学の一応は権威であり魔王相手にまるで臆さないシスターメイアイ。そこへ折衝を行う立場で呼ばれたので、もうすっかり見慣れたメンバーが揃っている。
(ご褒美に退役をおねだりしたのに、これが片付くまではやめられないなあ……)
銀行口座にちょっと見たことのないような額が振り込まれたのも、人類側に寄り添っていてほしいという政府の要望があるのだと思う。手に負えない連中の手綱を握っていてほしいと意味なら、既に期待を裏切っていることになるけれど。
ここにいないもうひとりを思い浮かべ、空を見上げる。数日居座っていたもうひとつの太陽はもう無い。
『気にかかるのでしたら、オーロラクリスタルの反応を検索してみましょうか?』
「ううん、いいの。アイツが自分の意思で戻ってこなくちゃ意味ないんだから。……あの頑固者が羨ましくなって出て来るくらい、楽しい世界にしなくちゃね」
「うん? たのしーよ?」
屈託なく笑うオーマの頭を撫で、深呼吸をひとつ挟んでから、取っ組み合いを始めたウクスツムとシスターメイアイをなだめにかかった。
海岸線へ避難していた市民が戻って来たとはいえ、まだまだ爪痕が残る統一都市。そこを大きく外へ離れた丘の上へ気晴らしに連れ出された子供たちが集まっていた。子供たちは都市生活では珍しい広い草原にはしゃいでいる。
「……あら?」
引率の保育士がひとり離れた所にいる児童を見つけた。何かを祈念した物か、崩れた石碑に腰かけている。
「ねーえ! ひとりで遠くに行かないで、こっちでみんなと遊ぼ……うよ」
近づいて行って、その子供が預かっている他の子供よりはずっと年長であることに気が付いて足が止まる。年頃の割に妙に鋭い目つきと、なにより片腕がないことに驚いた。おまけに背にした石碑には白黒まだらの奇妙な剣が突き立っている。
なんだか不気味で自分に責任が無いにしても、子供を放ってはおけない。そう考えて声をかけることにした。
「ねえ、ボク? お父さんお母さんはどこかな」
凄みのある眼差しで射すくめられ、子供相手でおかしなことに萎縮する。
「今度こそ村娘だな」
返事の意味がよくわからずにいると、その見知らぬ子供は首の向きを前へ戻した。
「構わなくていい。……いいんだ」
その瞳は草原で遊ぶ子供たちを見つめている。唇がほほ笑みを浮かべているのが、なんだか不似合いに感じられた。
<完>
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