第8話 【不死の黄金鳥】
「失礼します」
カエ・フレイヤは頭を下げながら扉を閉めた。
中からの返答は一切なかったが、カエは抑えられない喜びを噛み締めていた。
今にも踊りだしそうな足を抑え、建物の外へと向かった。
「……し!」
だが、建物から出ると同時にあまりの嬉しさからか嬉しさの勢い余ってガッツポーズが飛び出してしまった。
予想外な思いの結露にハッとしたカエは少し恥ずかしげに身支度を整えるフリをした。
そんなあからさまなごまかしをするカエのことを待っていた男がいた。
「あっカエちゃんやっと出てきた」
「…む。シフさん本戦前なのに来てたんですか。あとカエちゃんって呼ばないでください、燃やしますよ?」
外で待っていた男は、カエからシフと呼ばれたタレ目がちな優男だった。
「いやね、カエちゃんが運営棟に入ってくのが見えたからちょっと待ってたんだ」
「…はぁ。それで、このあとの試合の準備をせずに何の用ですか?」
「…準備が終わったから合流しに来たんだよ。それで嬉しくなるぐらいの先生との話ぐらい教えてよ」
そうシフから訊ねられるとあの恥ずかしい一連の動作を見られた恥ずかしさがカエの頭に一瞬よぎったが、カエの顔はネクスとのやりとりを思い出し、一気に破顔した。
「……ぐへへ」
「え…カエちゃん急にどうしたの?」
とてつもない勢いで表情が解けていったカエにシフは心が引いた気がした。
シフは顔のくだけたカエからなんとか事情を聞き出したのだった。
「はー…あの先生が激励ねぇ…」
「いやもうねぇ…うへへ…お前たちなら全力で行けば勝てるって…えへへ」
「そりゃあ…たしかに嬉しいなぁ」
話を聞いたシフも師のことを思い出し、少しながら顔をほころばせた。
その顔を見たカエは食い気味に反応した。
「でしょ!!?あっでも…」
「ん?他になんかあったの?」
カエは最後にネクスからかけられた言葉をふと思い出した。
「いえ…なんか先生が最後に変なこと言ってきたんです。初戦に気をつけろって」
「気をつけろって…あの先生が?」
シフは普段言葉足らずの師から言われたというその内容を聞いて驚愕した。
「はい。そんなこと初めて言われたから一瞬ポカンとしちゃって…その流れでそのまま追い出されたんですけど」
「たしかにそんなこと今まで言われたことなかったね。でも初戦の相手って確か」
「"田舎"のエヴォルでしょ。あむ、アチチホフホフ」
カエたちは背後からそう声をかけられた。
振り向くとそこにはとても見知った顔が揚げ物の熱さと戦っているところだった。
「あぁティータくん」
声をかけてきたのはカエの幼馴染のティータだった。
眠そうな目で丸い揚げ物と熱い戦いをしていた。
「あー!チータ揚げ玉食べてる!ちょうだい!」
「だーめ。食べたいなら買ってきなーさい」
「えーけちー。それでこれどこに売ってたの?」
「ここの通りをまっすぐ行って出店通りを右」
「案外近い。じゃあちょっと買ってこよ」
「はいはい。いってらっしゃい」
そんな二人の見知ったやりとりを微笑ましそうに眺めるシフはカエを見送るとティータに話をふった。
「それで田舎のエヴォルって?」
「あれ?シフさん知らないの?これに載ってたよ」
ティータは空いた席に座りながら背負っていたカバンから薄めの本を取り出し、シフに手渡した。
「これは…?」
「騎士杯の下馬評雑誌。俺たちのことも載ってるよ」
シフはティータからその本を受け取り、パラパラとページをめくった。
そして最初の特集ページには【不死の黄金鳥】のことがデカデカと見開きになっており、中にはカエのことはもちろん同チームであるシフやティータのことも事細かに書かれていた。
「"最も騎士に近い蛇王の申し子"かぁ…なんだかくすぐったいな」
「まぁ見てほしいのはそれじゃなくて、こっち」
その内容を見て、シフは少しだけ照れくさくなり、はにかんだ。
ティータはそんなシフの姿に満足しつつ、見てほしいページまでめくり、ある記事を指した。
「"本戦出場ラスト一枠をもぎ取ったのは詳細不明の殴り込み!独特のセンスは辺境からの参戦か?"…これ?」
「それ。そのあとに"特徴的な服装から辺境の田舎から力試しのために出場と見ている"って書いてあるでしょ?だから田舎のエヴォル」
「…え?それだけで?」
シフは心底不思議そうに聞いた。
それに対してティータは肩をすくめ、答えた
「まぁそうなんだけど…他に呼びようがないからね。情報もないし。でも案外しっくりくるでしょ?」
「いやまぁ…不思議としっくりはくるけど…強さと何も関係ないから」
「他に情報があれば呼びようはあるんだけどね」
現状では一切の情報がない。
その事実を受け止め、シフは頭の中で戦略を練り始めた。
「そうだね。さてどんな戦いができるのかな」
「あっそういえばもう一個思い出したよ。エヴォルの噂」
「ん?どんなのだい?」
ティータはふとあることを思い出した。
「エヴォルのリーダーの男が女好きのナンパ野郎だって噂」
「えぇ…何それ…」
シフはティータの言葉を聞いて、開いた口が塞がらなくなってしまった。
「それがもし本当ならカエちゃんが一番嫌いなタイプだから対戦前に遭遇しなきゃいいんだけど」
「…ちょっと嫌な予感がするし追いかけようか」
そうティータから言われた瞬間、シフの頭の中にとてつもない『嫌な予感』が走った。
こういうときのシフさんの予感は当たるからやだなぁと思いつつも、ティータはシフの後を追いかけながら、程よく冷めた揚げ玉をもぐもぐと食べるのだった。
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