第6話 お祭り騒ぎはすぐそこに。
エヴォル6話
時は遡り、ダースとワーシャの二人がヴァルキュラ城を襲撃する、少し前。
件の城から広大な森を隔てて隣接する『都市ヴァルキュラ』の『コロシアム』では年に一度開催されるイベントが大会二日目を迎えていた。
『昨日から行われております、【ヴァルキュラ黒狼騎士杯】も本日で二日目、折り返しにさしかかろうとしております!』
観客で埋め尽くされた客席がぐるりと取り囲む円形状の石畳のステージでは数人の整備士が最終段階の確認作業を行なっていた。
そのステージを眺めつつ、実況の陽気な声色を耳にしながら客席の観客たちは今か今かと待ち望んでいた。
『開始前から満員御礼、その上立ち見のお客様までいてくださる今日という日に、本日も実況を勤めさせていただく私、マイク・ジャベリン!感謝感激、万感の思いにございます!』
そんな威勢のいいマイクパフォーマンスをステージに隣接されている【控え室】と書かれた一室で灰色の男着物に若葉色の羽織をまとった人物がステージを一望できる窓際の椅子に座り、ぼんやりと眺めていた。
「…?どうしたのリア?」
紫の雪割草があしらわれた新雪色の女着物に空色の帯をまとった女性が羽織の人物、リアと並び立ち、訊ねた。
「ねーシア。あの人強そうなのになんで試合に出ないのかな?」
「あの人?…あぁあのマイクとかいう実況の人?」
「うん」
シアと呼ばれた着物の女性はリアが見ていた方向に目を向けた。
そこにいたのは実況席から今もなお賑やかな声を張っている実況者だった。
「たしかに強そうだけど、この大会に出るほど強くないってことなんじゃない?」
「うーん…そうなのかなぁ?」
興味なさげに返されたシアの言葉にリアは口を尖らせた。
そんな二人のやりとりを控え室の奥のテーブルで備え付けのソファーに座りながら何かを広げつつ耳にしていた人物がいた。
その人物は肩口までのボディースパッツに浅黒い肌、燃えるような真っ赤な髪をしたソファーに座ったままでもかなりの長身がうかがえる男だった。
「戦う理由も戦わない理由も人それぞれってことだ。たとえ強くても力自慢なんざで強さをひけらかさないってタマなのかもしれねぇ。リアもシアもそうだろ?」
「まぁそうなんですけどね。でもできれば戦ってみたいなぁ」
「私は力自慢とか興味ないですしね。そんなビーさんは周辺の地図なんて広げて何をしてるんです?」
シアからビーと呼ばれた真っ赤な髪の男はテーブルの上に広げていた地図を誇らしげに語った。
「ん?これか?これは夜の蝶を求めて採取ポイントの目星付けってなところだな」
「…呆れた。情報収集かと思ったら…」
ビーからの自信満々な返答にシアは大きなため息をついて肩を落とした。
その反応を見たビーは不満げに弁明した。
「馬鹿お前、蝶のお姉ちゃんたちは意外と情報通なんだぞ?いろんなお客が来る役目だし、そも情報収集はブラックとフィーの仕事だろ」
「そうですか。その蝶々とやらに気をとられて足引っ張らないでくださいよ?」
「あっ二人とも!今から抽選が始まりますよ!」
そんな二人のやりとりを聞き流しながら会場の進行を見守っていたリアが進行に変化があったことを伝えた。
『さぁさぁ!本日から騎士杯本選を行います!出場は昨年の本選進出チームの【紫毒の蛇王】や【黒炎纏龍】など、名だたるチームが予選を突破し、参戦が確定!そのうえ!』
実況者が一際長いためを作ると、それにつられて観客達も一斉に静まり返った。
次の言葉を今か今かと待ち望んで。
『昨年準優勝で今年の優勝に最も近いと言われているチーム【不死の黄金鳥】がシード権により参戦いたします!』
そう実況者が威勢よく言い切ると会場のすべてが沸き上がり、シアとリアが肩を跳ね上げた。
「すごい歓声ね…そんなに人気のチームなの?」
歓声に気圧されたシアが呆けながらも、リアに訊ねた。
「事前に調べてみたんだけど、なんでも炎使いのエキスパートがリーダーのチームで、そのリーダーのカエ・フレイヤって女の人が美人な上、チームもかなり強いから相当な人気なんだって」
「ほう、美人か」
訊ねたシアよりも早く反応したビーに白い目を向けながらシアは言った。
だが、そんな視線もどこ吹く風、ビーはさらりと受け流した。
「出た出た。美人マニア」
「俺はただの女好きだ。しかし炎使いのエキスパートとはね」
そう言いながらビーはシアとリアの顔を覗った。
「…」
「…」
だが、二人はあからさまな程に顔をそむけ、口をつぐんだ。
そんな二人に対して呆れながらビーは言った。
「…おいお前ら、目を反らすな」
「熱いの嫌だし…ねぇリア?」
「うん…燃えちゃうの怖いし…ねぇシア?」
今度はシアとリアの顔がくっつきそうなほどに近づき、ひそひそと話し合った。
自分は悪くないと言うように同調した二人にビーは脱力してしまった。
「…克服しとけってあれほど言ってただろうが」
「き、今日当たらなければなんとかなりますよ!」
「そ、そうね!明日以降なら十分戦えます!」
「…大丈夫かねぇ」
チーム『エヴォル』のやりとりとビーの不安を他所に会場の進行はぐんぐんと進んでいった。
『予選は総当たりでしたが、本選では出場チームのうち、【不死の黄金鳥】はシード権保有のため最終試合の組み合わせに置かせていただきます。それ以外の残った7組はチームの代表者にそれぞれくじを引いていただき、トーナメントの組み合わせを確定いたします!』
実況者から出た対戦相手の決め方を耳にしたビーたちは話をやめ、誰が出るかの話題に切り替えた。
「まずはくじの代表者選びからか。誰が行く?」
「私はそこまで運が強いほうじゃないですし」
「ボクも似たようなもんだからなぁ。ここはビーさんがお願いします!」
リアとシアは自分の運があまり良くないことを理由にくじ引き役をビーに願い出た。
『それでは各チームの代表者の方はステージ中央まで御越しください!』
ビーがそのことに反論する暇もなく、実況者からの促す声が会場に響いてしまった。
実況に促されると各チームの代表者たちが参加チームにそれぞれ充てがわれた控え室から続々と出場してきた。
それを見たビーは苦々しく思いながらも代表になることを了承した。
「…どこと当たっても恨みっこなしだぞ。行ってくる」
そう言いながらビーはソファーにかけておいた黒いライダースーツのような上着を羽織ると控え室から出ていった。
ビーを見送っているとふと何かが引っかかったのか、シアがリアにぼやいた。
「…ねぇリア。本当にビーさんで良かったのかな?」
「…?どういうこと?」
「だってビーさんの力は」
「…あ」
二人の嫌な予感が控え室に満ちていく中、首元のファーが目立つライダースーツをきっちりと着込んだビーは所定の位置まで歩みを進め、代表者たちで円形を作るように並んだ。
全チームの代表者が揃うと実況者は進行させた。
『さぁて!各チームの代表者がステージ中央に集まりました!今から主審がお持ちしますくじを代表者の方はひとつずつお選びください!』
その実況を聞き終えると大会の運営関係者と思しき人物が7本の棒が飛び出た箱を持って歩み出た。
「それでは代表者の皆さん、このくじから予選の順位順にひとつずつ選び、引いてください。では最初は【紫毒の蛇王】の代表者の方からお願いします」
運営の人物がそう言うと呼ばれたチームの代表者からくじを引いていった。
2つ隣からビーのいる方向とは逆方向にくじ順が進んだため、ビーは自チームの予選順位が最後から2番目だったことに気づいた。
(てことは俺たちはブービーだったってことか…あぶねぇあぶねぇ)
ビーは胸をなでおろすような気持ちになった。
そしてまだ自分の番まで時間があると見て他のチームの代表者を観察し始めた。
(見たところ7人中4人がだいたい『3日目』レベル。残りの3人が『4日目』レベルってなところか。まぁこの中にチームメンバーが全員『4日目』レベルなんていう化け物じみたチームがそうそうあるとは思えねえし、今日当たっても問題は少なそうだな…問題は)
「…【エヴォル】の代表者。君の番だ」
意識が思考に埋没し始めたビーは自分のことが呼ばれたことに気づき、そこで思考を止めた。
意識を目の前に向けると残り二本になったくじの箱を持った運営関係者が待っていた。
「…呆けていたが、気圧されたか?」
「…あぁ、こういう舞台は初めてでね。緊張してたみたいだ」
それを聞いた運営関係者はふと何かを思い出し、頬を緩めた。
「そういえば君らは初出場だったな。こいつらは常連だから胸を借りる思いでぶつかっていくといい」
「ありがとさん、待たせて悪かったな」
運営関係者からの激励を受けたビーはそう返しながら箱の中身を残り一つにした。
その流れのまま、最後のくじが最後の代表者に渡った。
それを見届けると実況がけたたましく響いた。
『それでは代表者の皆様が全員引いたこの時!トーナメントの組み合わせが確定いたしました!選手の皆様、並びに観客の皆様!ステージ中央上空の空中モニターをご覧ください』
空中モニターには対戦相手だけが空欄になっているトーナメント表が浮かび上がり、第一試合から順に発表が始まっていった。
そして、1組ずつと発表されるごとに歓声が上がる中、とある二人の嫌な予感が的中してしまうのであった。
『今大会の組み合わせはこのようになりました!』
「…あちゃー」
「…君は運がないらしい。まぁ来年もある。頑張りなさい」
その組み合わせを見た運営関係者から今度は憐れみを存分に含んだ激励を受けたビーは曖昧な笑みを浮かべ、会釈を返した。
かくして、【ヴァルキュア黒狼騎士杯】の組み合わせが確定したわけだが、波乱が待ち受けるビーの控え室へ戻る足取りはほんの少しだけ重かった。
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