第7節「同人誌制作・始動」

「脚本が書けそうな気がする」


 翌日、復興部の部室で悠未が語り始めた。


 急ぎの“復活”依頼がない時は、目下進めている同人誌販売作戦の活動を行うことになる。


「これも縁だと思って両義りょうぎ先生の『莱童らいどう物語』を今更読んでみたんだが、これが良かった。インスピレーションが湧いてきた」

「おお~」


 悠未の言葉にパチパチと手を叩く灯理を、焔はそっと見やる。


 昨日の夕食時はちょっと大人なお姉さんにも見えた彼女だったが、悠未や祈といる時は年相応の女子といった感じ。


「ついに俺も面白い物語の書き方というものが分かった気がする。明日までに書いてくる」

「明日? さすがに速くね!?」


 既に彼の頭の中では出来上がっている美しいものに酔いしれるように語る悠未に、焔は思わず突っ込みを入れる。


「ユーちゃんは、ノってくると目茶目茶書くの速いんだよ」

「マジですか」


「ユーミ、エロ要素を多めに入れようよ」


 脚本が出来る前に、今のうちに言っておくかって感じで、祈が切り出した。


「そうだな。サービスシーンは大事だからな。どんなのがイイ?」

「今回は妹萌えでいこう。男の方は全裸で」

「それ、アンタらが好きなもの混ぜてるだけじゃね?」


 すると、灯理がチチチと人差し指を振りながら、どうでもイイ情報を教えてくれた。


「イノッチの性癖は多岐に渡るんだよ。この前までは人妻ひとづまがブームだった」

「灯理さん、今、自分で『性癖』って言った」


 焔に指摘されて、灯理は顔を赤らめながら目を泳がせた。


 自分の言葉で異性が反応し、表情を変える。焔にも、何となく子供の頃にはあった、じゃらけるような会話のテンポ・ノリのようなものが戻ってくるのが感じられた。


「まあ、僕はオールマイティーなんだけどね。うちで一番エロいのはナユカだね」

「あいつには勝てんな」

「ナユちゃんはエロいね」


 また奈由歌という人か。「街アカリ」の四人目。どんな人なんだ。


 聞いた所によると、今はちょっと北海道に行ってるらしいけれど。


「その辺りは、制作途中でもうちのエロエロ大臣が帰ってきたらアドバイスを貰うとして」


 悠未が本題に入るとばかりに改まった。


「次のイベント合わせだと、そんなにも時間がない」

「納期を守るのも、復興活動フッカツだね」


 悠未が同人誌即売会のパンフレットを焔に渡してよこす。


 「もりの集い」という焔も聞いたことがある、S市のローカルな同人誌即売会の名前が目に入る。


 ざっと目を通すと、一番大事な情報としては。


「って。開催日まで一ヶ月ちょっとしかないじゃねえか」


 ちょうど年末の、街を行き交う人たちがウキウキしてる頃の日付が記されていた。


「印刷の期間も入れるとジャスト一ヶ月くらいだ。明日、脚本を書き上げてきたとして、読み切り漫画28ページ、いけるか?」

「いや無理だろ。それからキャラデザして、ネーム切って、下書き、ペン入れ。ベタにトーンに仕上げ。アシスタントでもいるなら別だけど」


 焔自身、勘を取り戻すために、コミック調のイラストを描くトレーニングを再開したばかりという段階だった。


「あ、それは、ペン入れ以降のベタとかトーンは僕がこれで担当するよ」


 祈が、部室の角に置かれたデスクトップPCを軽く叩いた。


「祈さんも、絵描けるんだ?」

「僕はオールマイティーだから、何でもそこそこできるのさ。そう、下書き、ペン入れも、背景は僕がやろう」

「じゃあ、ネームに起こすのは私がやるよ。右腕でも簡単な線なら引けるし。その間、焔君はキャラデザをやろう」


 そうなると、自分が担当するのはキャラデザとキャラクター中心の作画部分か。


「それなら、やれるかも」


 焔は鞄からノートを取り出して、おもむろに線を引き始めた。


「今の段階でのキャラクターのイメージを教えてくれ」

「そうだな」


 悠未の発する断片的な、それでいて誠実な言葉から、頭に生まれた「イメージ」を紙に落とし込んでいく。


 しばらくの没頭。


 すると、ノートには何パターンかのキャラクターデザインの原案が出来上がっていた。


「イイな」

「可愛いね!」

「萌える感じだねぇ」


 穏やかさとか、喜びとか、人を楽しませたい気持ちとか、そういうものを込めて丁寧に外の世界に出力した自分の中の世界が、他人と共有されていく。


(こういう感覚、久しぶりだ)


 焔の中で、止まっていた大事な何かが、再び動き始めていた。

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