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本田星はその心の中に勇気を持っていた。その勇気は海に貰ったものだと星自身は考えている。
海に貰った勇気の力で、森の中にいる海にもう一度会いに行く。
そんな自分の運命を星は当たり前のように受け入れていた。
私が困っていたら海が私を助けてくれる。海が困っているなら私が海を助ける。それが星の心の中に刻まれたいつまでも変わることのない、世界でたった一つの真実だったからだ。
山田海は本田星の幼いころからの親友であり、また同じ学院(初等部から高等部まで)に、ずっと一緒に通う同級生であり、また現学年では、同じクラスメイトでもあった。ちなみに誕生日も二人は一緒だ。
そんな二人の出会いは学院の初等部のころ。そのころからずっと星は海の背中を追ってきた。
初めはずっと遠くから海のことを見ているだけだった。でも今は違う。頑張って頑張って、ようやく追いついた。ようやく星は海に見つけてもらえたのだ。
その努力の甲斐あって、今では星は昔からたくさんいる海のご友人たちを押しのけて、海の一番の、そして唯一の、友達になっていた。最近では星と海の仲はもっと近づいて、お互いの秘密を共有するという間柄にまで発展していた。
その方法は手紙のやりとりだった。
星と海はお互いに本が好きで、よくおすすめの本を交換っこし合った。その本のページの中に栞を挟むようにして、手書きの手紙を挟んでおいて、そこに二人の秘密を書いてお互いに読んで、感想や返事を書いて、また手紙を挟み、それを相手に返す、ということを頻繁に繰り返していた。
そんな二人の(とくに海のお気に入りの儀式だった)秘密の手紙のやりとりは、今はもう行われていない。
海が星の前から突然いなくなってしまったからだ。
自分の部屋の中で、星は海からもらった最後の手紙を読み始めた。
拝啓 本田星様
私の悲しみは、きっと永遠に終わらないでしょう。だから、悲しみではなく私のほうが消えることに決めました。とても悩んだ末の決断です。わがままな私をどうか許してください。それと、本を預かってくれてありがとう。でも、私はどうやら本を取りにいくことができそうにありません。だからこの本は、このまま手紙と一緒に燃やして灰にしてください。
星。今まで本当にありがとう。私、あなたのこと、ずっと、ずっと大好きですよ。
追伸 それと最後に一つだけあなたにお願いがあります。
あなたは私とは違います。あなたは一人じゃありません。そのことを絶対に忘れないでください。
あなたは『あなたの人生を、どうか自由に生きて』ください。それが私の最後の願いです。あなたが私の願いを叶えてくれることを、私は心の底から願っています。
あなたの親友 山田海より
……それは、間違いなく海の筆跡だった。
机の上に星の涙が数滴落ちる。
海と交換した最後の手紙を、星は今も大切に保管していた。そして暇を見つけてはちょくちょく読み返した。そこには見慣れた海のとても綺麗な文字があった。海の残した手紙を読むたびに星は必ず涙を流した。
本当は読んだ手紙はすぐに暖炉で(星の家にも海の家にも立派な暖炉があった)燃やして灰にするのが二人の約束だった。今まではその約束を星はしっかりと守っていた。でも最後の手紙のときだけは、星はその約束を破っていた。手紙も燃やさなかったし、本も燃やさなかった。
星は机の上で海から預かった真っ黒な本を一番最初のページからじっくりと読み始める。
星が海との約束を破るのは、これが初めてのことだった。
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