その十三

「はあっ!」

「ふしゅうううう」


 がぎん、と固い音がして刀と爪がぶつかる。その勢いでか爪がかすったのか、ほんの僅かこよりが解けた。


 なんじゃ、でばんかえ。


 刀の中から、そんな声が聞こえたように辰馬には思えた。

 だが、その声に耳を傾けている暇はない。今、目の前にいる影が鋭い爪を振りかざし、こちらに向かってきているのだから。

 いや。


「きぃうううう」

「は?」


 影が怯えているように後ずさる。たった今まで、辰馬を狙って進んできていた影が。

 いや、怯んでいるのは影だけではない。


「何です、その刀はっ」

「何だいあんた、怯むなんて敏感だねえ」


 どういうわけか、かずらと相対している妖の男がひどく怯えたようだ。ただそれは影と男だけが感じたものか、辰馬や化け同心たちの動きが変わることはなかった。実際、かずらが刀を振る仕草に特段の変化はない。


「なら、いいか」


 つまり、妖だからといってどれを斬ってもいいと考えるような刀、ではないのだろう。そんな刀を封じてある理由が辰馬には分からないが、それはまたあとの話だ。

 目の前で怯えた影は、斬っていい存在なのだろう。六人もの血を吸って殺した男が使う、影なのだから。


「きしゃああああ」

「うるせえ」


 ただ、まだ完全には解けていない。自分から解く気もない。

 だからひとまず、辰馬は鞘のままで影を殴りつけた。そうして、懐に傷ついたお化け提灯を押し込む。


『タツマサマ!』

「おとなしくしててくれ。俺を焼くなよ」

『ヤキマセン!』


 お化け提灯がおとなしく畳まれたのを確認して、再び影と対峙する辰馬。ちらりと見えたこよりは、半分ほどまで裂けている。


「いいかげんにしろよな!」

「うあああああああああああっ!」


 なるようになれ、と言わんばかりに上段に振り上げ、そのまま影目掛けて突進しながら振り下ろす。

 影もおとなしく斬られるつもりは当然ないだろう、両手の爪で辰馬を挟み込むように腕を振り出してきた。


「辰馬坊!」

「隙あり!」

「ぎゃっ!」

「ちいっ」


 思わず青年の名を、化け同心たちが声を揃えて呼ぶ。その瞬間、男が影と同じように腕を突き出した。人にはあるまじき長さにまで伸びた腕の先端が大介の脇腹と、そして村井の胸元を切り裂く。


「貴様がな!」


 だが、虫をやめて人の姿を取った男の腕は二本しかない。そこが、男の隙となった。

 足音もなく踏み込んできたかずらの刃が、男の胸を真っ直ぐに貫く。


 それとほぼ同時。


「はあっ!」


 腕の内側にまで入り込んだ辰馬の一撃は、影を脳天から真一文字に斬り下ろした。と同時に鞘がぱん、と裂け、千切れたこよりごと空に散らばって。


 わるさをするこには、それなりのむくいじゃな。


 辰馬の手には、穏やかな陽の光のように淡く灯った刀が一振り、握られていた。

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