その十一

「化け、同心」

「あんまり、表で言う話じゃないからねえ。だまくらかす形になってごめんよ、辰馬坊」

『ゴメンナサイ、タツマサマ』


 苦笑するかずらの言葉を繰り返すように、そばにいるお化け提灯が礼をした。その上部を軽く撫でてから、辰馬はふっと視線を巡らせる。ほんの少し、空気におかしなものを感じたからかもしれない。


「……また、妖ひとりに大仰な」

「てめえにゃ、六人も殺されてるからな。七人目を出すわけには行かなかったんだよ」

「こちらも、生きるためですからなあ……成敗なぞ、されるわけには参りません」


 自分に対する村井の言葉を聞いて、にい、と男が目を細める。と、周囲にざわざわと木の葉がすれるような音が広がっていった。人より少し小柄な蝉たちが十数匹、羽を広げて浮かび上がる。

 音の後に、がくがくとからくり人形のような動きを見せる人が数名現れた。男もいれば女もおり、それぞれ身体のどこかが虫の形をしていた。

 あるものは目の焦点が合っておらず、あるものはその背にくしゃくしゃと縮れた薄羽を持ち、またあるものは尻に大きな蝉の腹部がぶら下がっている。そして全員、両手がそれこそ虫のように細く長く伸び、しかも先端が鋭く尖っていた。。


「蝉どもだけかと思ったら、他にもいたのかい。さすがは虫の妖だこと」

「これらは全て、共に木から血を食らった我が兄弟。私と違うて、完全な妖となることはかないませんでしたがな」


 呆れた声を上げるかずらに、彼女が恐れたと思ったのか男がにやにやと笑いながら説明してみせる。ふうん、とつまらなそうな顔になったかずらの代わりに、大介がはっと鼻で笑いながら付き合ってやることにしたようだ。


「冬に蝉は似合わねえぞ」

「おかげで、兄弟は死にかけておりますな。私は既に虫とは異なる身、さほど気にはなりませぬが」


 蝉と蝉じみた『兄弟』を従えた男は、かぱりとからくり人形が笑うような笑顔を見せた。その両手もまた、『兄弟』と同じように鋭く尖った形状に変化している。男はそれを、無造作にかずら目掛けて振り上げた。


「そこから参りましょうか!」

「は、できると思ったのかい!」


 対してかずらの方は、余裕のある笑みを浮かべる。空の両手を握りしめ、顔の前で刀を抜くような動作を見せた。と、いつの間にか右手には、本当に刀が握られている。さえざえとした月にも似た、白い刀。

 それでかずらは、自分に向けて振り下ろされた男の手を迎えた。ぎいんと金属同士がぶつかる音がして、男は弾かれたように後ろに飛び下がる。


「ふむ、固いですな」

「当たり前だろ。狐の爪だもの」


 男と入れ替わりに群がってきた蝉たちをばさばさと無造作に斬り落としながら、かずらはつまらなそうに答えてみせた。敵である男があっさりと奥に引っ込んだのが、本当につまらないのかもしれない。


 一方。


「大介さん!」

「辰馬坊は下がれ。人じゃ、普通にやれる相手じゃねえ」


 自分が殴り飛ばした『兄弟』がのろのろと起き上がってくるのを見ながら、大介は辰馬を背にかばう。そうして肩越しにちらりと、青年を伺った。


「それ抜けりゃ、いけるかもしれねえけどな」

「……分かりました」


 それ。こよりで封じられた、刀のことであろう。ぐいと引いてはみたものの、解ける気配がない。つまり、今の辰馬には妖に対抗する手段がないということだ。

 よく、これで妖のいる場所にのこのこ出てこられたものだと、今更ながらに辰馬は思う。お化け提灯と化け同心たちが来てくれなければ、今頃自分は七人目の仏になっていたのだから。


「姐御お気に入りってなぁ聞いてたが、全く無茶しやがってよ」


 建物に背を預けた辰馬をちらりと伺って、村井が口の中だけで呟く。そうして、二匹同時に襲い掛かってきた蝉を刀の一閃で斬り捨てた。


「妖刀、使いか」

「いや、妖刀だ」


 戦いを眺めていた男の呟きに、村井は一言で返す。背後から覆いかぶさろうとした『兄弟』の腹に刀を突き刺すと、数瞬置いてその身体がぼうと青白い炎に包まれた。


「『使い』じゃねえよ。人型取らなきゃ、別の誰かに使ってもらわなきゃなんねえだろうが。面倒くせえ」


 同心の姿をした刀、である彼はそう吐き捨てて、燃え尽きた『兄弟』には目もくれず次の獲物へと向かった。

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