第25話  奇跡を為す少女たち

 柿の実が濃い橙に色付いてきた。赤と緑の斑に染まった落ち葉を箒で掃きながら、犬八はもの思いに耽っていた。昨夜遅く、俥屋の小十郎が王母教団についての知らせを伝えに来たのだ。



 王母教団の起こりは、伊豆の山村にいた少女「梅」が、病を治すという噂から始まった。

 まだ明治維新前の世、地主の娘だった梅が十歳のとき、ある時夢枕に美しい姫神が立って、「報われぬモノたちに安らぎを与えなさい」と言われたそうだ。それから病で床に伏していた父親の看病で体をさすっていたら、父親は得も言われぬ安らかな気持ちになり、それから直ぐに病気が治ったという。その父親の夢にも美しい女神が出てきて、娘のお陰だと言った。


 それから健康を取り戻した父親は、娘の梅を崇め奉り、財産をつぎ込んで、教団の母体となる癒しの共同体のようなものを創った。

 次第に癒しの噂は広まり、そこに人が集まりだした。数年後には一つの村が丸々、梅の信者に呑み込まれた。しかし、それまで献身的に梅に尽くしてきた父親が、突然亡くなると、共同体は一気に解体されてしまった。


 それから数年後、明治維新を経て、その混乱の中で、梅は東京に身を移していた。側には梅の姉夫婦が付き従い、東京で本格的に宗教団体として再出発を始めた。話によれば、東京進出を狙っていた姉夫婦と、それに反対していた父親との仲が拗れ、父親は殺されたのでは、ということだったが、真相はわからない。

 しかし現実には、教団の在り方や組織作り、今のように改変したのは、姉夫婦が中心となってやったことだった。


「うん、教団の成り立ちはわかったが、いったいどんな集団なんだ?」

 犬八は小十郎に訊いた。


「犬の旦那方が、教団とどういう係わりをもっているのか知りませんが、いや、なんとなくわかるんですけどね、一応言っときますけど、結構マズいですぜ?」


「どういうことだ。知らないと言いながら、なんとなくわかるとは」


「ま、大体ろくな係わり方はしちゃいないんでしょ? どうせ。それくらいわかりますよ。これまでの旦那と先生を見ていれば」

 小十郎は肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。

 犬八は不服ながら図星をつかれ、押し黙った。


「本当かどうかはわかりませんが、妹の梅に霊力で人の病気を治させ、姉夫婦はぼろ儲け。顧客はもっぱら実業家やら政治家やら、金と権力を持った奴らばかり。稼いだ金で人を雇って、梅と同じような力を持った人間を集め、更に詐欺まがいの占いや癒しをやらせる。信者を沢山抱え込むというより、秘密結社じみた団体ですぜ。

 お抱えの私兵みたいなのもいて、怪しげな連中も混じってるって噂だ。

 旦那、半端な心持で係わらない方がいい案件でっせ?」

 いつになく真剣な顔で語る小十郎。


「それともう一つ。最近教団の柱たる梅の体調がかなり良くないという話だ。噂ではもう亡くなっているのではと。それで急遽教団は新たな柱に、予言を吐く少女を奉るとか・・・」


「わかった。費用はツケといてくれ」

「旦那、くれぐれも気ぃ付けてくれよ。今まで溜まったツケも回収しなきゃならんしね」

 小十郎は呟きながら、闇に消えていった。




 庭を掃く手を止め、犬八は家の中に目をやる。座敷ではお菊が昼寝をしていた。

 教団に見つけられ、その力を金儲けに利用されてきた少女。更に今度は禍々しい教団の中心に据えられようとしている。


 お菊、おまえはどこまで知っているんだ? どこまで知っていたんだ? 

 未来を視る力。犬八は初めてお菊に畏れを抱き、その力の大きさの一端に触れたような気がした。

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