第8話 続ハゲがバイトをする
弁当屋の面接は昼からだったが、早朝に起きてずっと髪をセットしていた。どうすれば実際に会っても「髪が少し薄いな」くらいの印象で済ませられるか試行錯誤していた。
何度やっても納得いかず、物を投げて当たり散らしたり、自分の頭を叩いたりして人生を呪い、発狂するかと思うほどだった。
合格点に程遠いがある程度マシな髪型が完成し、もうそれが自分の限界なのだと諦めたのは髪をセットし始めて4時間近く経っていた頃。
面接はあっさりしたものだった。ともかく人手が足りないというので、即採用。まあ弁当製造だけなので客の前には出ないから、見た目が悪くても構わないのだろう。
1番良かったと思ったことは、店長がまともな人でしっかりと規則を守る人だったことだ。
「制服着用、いつも帽子をかぶる。この規則は守れるよね?」
「はい!」
即答だ。こんなに規則が嬉しいと思ったことは人生で一度もなかった。大学での屈辱は忘れたことはない。帽子着用が認められていれば、僕は大学を卒業できていた。ハゲが学歴まで左右するなんて…。こんな間抜けな話は小説にはないだろう。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
バイトが決まってやっと安堵した。
将来のルートが見えてきたのだ。
バイトをしてお金を貯め、育毛剤を買う。ハゲを治し、人見知りを治し、まともな仕事をしよう。大学にも行き直せるかもしれない。レールを外れてしまった人生をやり直そう。
久しぶりの希望だった。
しかし、この時の僕は、神に弄ばれることを知るよしもなかった。
アルバイトを始めて3ヶ月くらい経っただろうか。
仕事にもそれなりにこなせるようになり、一緒に働いているパートのおばさん達や、店長とも適度な距離感で付き合えていた。
出勤時は帽子を被り、仕事中は紙製の制服用帽子を被る。
着替えのスペースが確保されていたため、頭を見られることもなく、安心して毎日を過ごせるようになっていた。
バイト代で育毛剤を購入し使用していた。何も変化は現れなかったが、すぐに効果は出るとは思っていなかったので、一年くらいは気長に待ってみようと思っていた。
全ては順調に流れていくと思っていた。
ある日、出勤すると店長がこんなことを言い出した。
「うちでも弁当の宅配をやることになりました。」
僕は、へぇー、という程度の感想だった。弁当作り専門でやっていたから、これまでより少し忙しくなるだけだろう。
店長は続ける。
「宅配する人を決めないといけません。バイクに乗れる人いますか?免許あればいいので慣れてなければ練習していいです。」
この言葉で僕は、まさか…と思い始めていた。昼の勤務は店長と自分以外、全員50代、60代のおばさん達ばかりなのだ。
案の定、おばさん達はペーパードライバーで、運転できそうなのは自分か店長しかいなかった。
「ユキ君、お願いできるかな?」
店長の一言で決まってしまった。
人前に極力出たくなかったが、店長に言われては断れない。
ここまでは特に深刻に考えていなかった。
弁当を宅配して、お金受け取って帰るだけ。接客らしい接客はしないはずだ。大丈夫、大丈夫。
普通の人ならそうだったが、僕には違ったのだった。
それに気づいたのは、駐車場に出て、練習のために店長が目の前にバイクを持ってきた時だ。
バイクに乗るためにヘルメットを被らなければならなかったのだ。
つまり、それは紙製の帽子を取らなければならないことを意味する。帽子に押しつぶされた髪はハゲを隠すことはできない。
冷や汗がドッと出てくる。
店長やおばさん達が見ている。ハゲを晒さなければいけない。今まで隠し通してきたものを、白日の下に晒される時が突如として到来したのだ。
そんな馬鹿な…!
脳裏に、大学を辞める原因になった講義室での醜態が浮かんでくるのだった。
僕はそっと紙の帽子をとり、ヘルメットを被った。恐ろしくて周囲の人を見れなかった。
しかし、おばさん達が異様な反応をしていたのは雰囲気で伝わってきた。
もう死にたい…
もう楽になりたい…
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