一年生の過ごし方

第21話「登下校とクラスメイト」

「優斗君、おはよう!」

「おはよ、優斗」

 目を開けると、制服姿の女の子二人がすぐ側にいた。

 ちなみに言っておくが、もちろん隣で寝ているって訳じゃないぞ。ベッドの横に、並んで立っているんだ。

 ……いや、それでも十分おかしなな状況であることには変わりないんだが。

「……お前ら、何で俺の部屋にいるんだ」

 二人が制服姿なのはまだ分かる。

 今日が九月一日で、新学期が始まるからだ。寝起きのぼんやりとした頭でも、さすがにそれは把握できている。

 だが、二人がここにいる。それがどうしても分からない。

「何よ、せっかく迎えに来てあげたのに」

「……いや、お前ら今まで迎えに来たこと無かっただろ」

 そう、別に俺は二人と登下校の約束をしているわけではない。

 一学期だって学校まで別々に向かっていたし、大抵俺が教室に着く頃には、二人とも既に登校を済ませた状態だった。

「ま、まあそれはそうなんだけど……ほら、せっかくだし一緒に登校したいなぁって。本当だったら、一学期も一緒に通いたかったんだよ?」

 なんてことを口にする柚希。

 ……全く、軽く言ってくれるぜこの幼馴染は。

「いいか、俺が二人と登下校するってことはな、すなわち死を意味しているんだ」


「は?」

「え?」


 理解していない様子の二人。駄目だ、この二人は自分の評価に関しては無頓着だからな……。

「お前ら、自分がどれだけ人気者か分かってるか?」

「人気者って……」

「別にそんなこと無いと思うけど……」

 きょとんとした顔を浮かべている柚希と美桜。

 どうもこの幼馴染たちは、自分が「校内二大美女」としてその名を学園中に轟かせていることも、密かにファンクラブ(?)のようなものが設立されていることも、全く分かっていないようだ。

 ちなみに美桜のファンは同性──女子生徒が多い。一方柚希は男子生徒。

 つまりどういうことかと言えば……二人と仲良くしている姿を見られたら、学園中を敵に回すことになりかねないということ。

 それを必死に避けるため、一学期もなるべく学園内では距離を置いていたし、登下校なんかももっての外だという考えだった。

 二人の告白を真摯に受け止める、その気持ちに嘘偽りは無い。

 だが、それとこれとは話が別なのだ。

「だからな、登下校はこれまで通り……」


「あーもうっ! 面倒くさいわね!」


 これまで通り別々で、そう伝えようとすると……美桜がキレた。

「優斗は気にしすぎなのよ! たかが登下校ひとつで変わらないから!」

「そうだよ優斗君。別に私たちは何を言われても気にしないし」

 ち、違う! その「男女が一緒に登校するのを揶揄されるのが恥ずかしい」的な意味で言ってるんじゃないんだ! 読んで字の如く、そのまま「死」に繋がるんだ!

「そ、そうじゃ──」

「良いからさっさと着替える! 私たちは下で待ってるから!」

「早くしないと遅刻しちゃうしね」

 そう言い残し、部屋を後にする二人。

 だから、そうじゃないんだ……。


「──おい! 優斗!」

 学園に到着するや否や、早速うるさい奴に絡まれた。

 ……まあ、概ね予想通りではあったが。

「どうした龍、朝から元気だな」

「元気だな……じゃねえだろ!」

 波多野龍一はたのりゅういち。名前だけは無駄にカッコいいが、中身がどうにも伴わない俺の友人。

「お前……なんで今朝、花咲さんたちと一緒に登校してたんだ!?」

 はぁ、やっぱりその件か。

 結局あの後、着替えを済ませ家を出るまで、二人は一歩たりとも退く様子を見せなかった。そうして一緒に家を出て……最終的に一緒に俺が折れ、諦めて仲良く三人登校したというわけだ。

 どうもこいつは、その様子をどこからか見ていたらしい。

「何でって……そりゃあ」

 待てよ、何て説明すればいいんだ?

 少なくともこいつは、俺と柚希、美桜が幼馴染だってことは知らないはずだ。俺がクラスメイトを始め、学園中でそれを隠すよう二人に頼んでいたし、そこは大丈夫なはず。

 ……まあ北条は何故か知っていたが。

「そりゃあ?」

 そんな相手にだ。

 どう説明すれば納得してもらえるんだ?

 偶然出会って、それで……ってのは駄目だな。そんな偶然があってたまるか。それに、これからも三人で登校する可能性を考えると、下手な嘘はつけない。

 いっそ「二人から告白されて……」ってのは……馬鹿ッ! そんなのもっての外だ!

 ……しょうがないか。

「実はな、俺たちは幼馴染なんだ」

 素直に関係を打ち明けることにした。

 ……いや、嘘はついてない。実際俺たちは幼馴染だし、二人から告白をされたとはいえ、付き合っている恋仲というわけでもない。

 幼馴染という関係がバレることはもう避けられない現実。

 であるならば、少しでも被害の少ない……いや、余計な荒波を立てないようそれっぽい事実だけ伝えておくことにしよう。

「幼馴染だぁ?」

 半信半疑といったリアクション。

 しかし、嘘はついてない以上信じてもらうほか無いのだ。

「そうだ。家が隣同士でな、今後たまにこういうこともあるかもしれん」

 下手すれば毎日。

「ってことはお前、花咲さんたちと仲良いのか?」

「まあ、悪くは無いな」

「……う」

「う?」

「羨ましいすぎるぞッ!!」

 随分と派手なリアクションを見せる龍。

 はぁ、絶対こうなると思ったから今まで黙ってたんだよなあ……。

「おーい、席に着けよー」

 と、その時救いの声──もとい、先生の号令がかかった。

「チッ……おい優斗、後で詳しく話を聞かせてくれよ!」

 何か言いたげな表情のまま、龍は席へと戻っていった。

 さて……ホームルームが終わるまでに上手い言い訳を考えておかないと──。


"ブルルッ"


 ポケットから振動が伝わってくる。スマホの通知か?

『北条舞:今朝のこと、私にも詳しく教えてね~?』

 斜め前、少し離れた位置からニヤニヤとこちらを見つめるクラスメイトが一人。

 ……北条用に、完璧な言い訳も作らねえとだな。

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