第三十五章 いつわり

 少し前。荷役車輛に潜んでいたクライドが夜になったことを確認してからそっと出る。それから、庭をあとにするとソロモンに言われたとおり、状況を確認することにした。じっと息を潜め、コーラル国国王を見つければ花瓶に身を隠す。


「ああ、グレンか」


「バルドル陛下、いかがなされたのですか」


 バルドルとグレンと呼ばれた男性が何やら会話を始める。クライドはその話し声に聞き耳を立てた。


「あの荷役車輛の事だ。なぜ、城の中へ入れることにしたのだ?」


「そのことでしたか、食料は多くあった方が良いでしょう。それにベスビアナイト国は、新しい兵器をこれでいくつか数を減らしたことになります。もし、忘れたことに気づいて戻ってきてもすでに城の中。取りに来ることも出来ますまい」


 グレンの言葉にバルドルは納得したように頷いた。クライドは、それだけ聞くと二人に気づかれないようにその場を後にする。それから、身を潜めながら城の中を徘徊しはじめた。

 クライドは兵達の様子をじっと眺めていたが兵達は気づく様子も無い。それどころか、「勝った」と思っているらしく皆、警戒心を解いて警備がザルだ。

 それを確認してから、次に外へ出る。外は外で兵達は、酒場に入り浸っているのだった。大体の兵は、酔いつぶれてさえいた。

 酒場を出て城門を見てみると前の城門はしまっているようだ。それから、裏にある城門の所へ行くとそこは開け放たれていた。

 ソロモンに言われた所の確認を終えるとクライドは、城から少し離れて高い建物の屋根の上へ上る。日の高い昼間であれば怪しまれるであろうが、今は夜であったし、外を歩いている人もいない。

 クライドは服に仕込んでいた小型の“何か”を取り出すと先にあるヒモに火を付けた。たちまち、ヒモが燃やし尽くされていく。

 やがて、すべてを燃やし尽くしたとき。“何か”の先から何かが打ち上げられた。それは、セシリーが作った花火のようだった。

 爆発音にも似た音が、あたりにとどろく。



「来た」


 王都から少し離れた場所にいたレジーがボソリと呟けば、近くに居たマリア達も大きく頷いた。


「突撃!」


 マリアが声をかければ、レイヴァンとエイドリアンを筆頭に皆は喊声を上げて一斉に駆けだした。その中には、途中で合流していたオブシディアン共和国の兵達もいる。

 マリアはソロモンや守人達、それから数人の兵とともにその場にとどまった。


「さて、我々はもう少しここにおりましょう。主と策士が討ち死にするわけにはいきませんから」


 ソロモンの言葉にマリアは頷いて見せる。それから、兵達の方を向いて一人でも多く生き残るようにと願った。その後、兵達が立ててくれた天幕(テント)の中へソロモンや守人達と共に入る。地図を広げるとソロモンは口を開いた。


「王子、ひとまずは作戦通りに進んでおります。『利』つまり『荷役車輛』を置いておき、それに気を取られている間に我々は退散する。その荷役車輛にクライドを忍ばせておく。それから、相手に信じ込ませるために“死間”としてエリスを捕らえさせる。ここまではいいですね?」


 “死間”として捕らえられたエリスはコーラル国へ『ベスビアナイト国軍は撤退した』と嘘の情報を流す。それを上の者が信じずともコーラル国の兵達は連帯がなっていない。つまり、怠ける兵達が続出し王都は手薄になるから、それをつく。これがソロモンの策だった。


「もともと、あの国はどうも連帯がなっていない様子でしたし、それをつけばすぐにでも崩れ去ると思っておりましたから」


 ソロモンが前に言ったとおり。戦はしょせん、だましあいなのである。撤退したと思わせて“わざと”『虚』を産みだすのだ。そのソロモンの策には誰もが舌を巻いた。


「さて、この後ですが」


 城の裏門の方からは、ザンサイト要塞の兵が一気に攻め入る手はずである。それから、城の前門は我らが率いてきた軍が攻め入る。けれど、今のままでは攻め入ることは出来ない。そのため、前の門はエリスかクライドが開け放ってくれる、とソロモンは紡いだ。

 マリアは頷きつつ、ソロモンの話の腰を折らないよう先を促した。


「ですが、そううまくいかないのも戦でございます。その時その時で策を練る必要がございましょう」


 マリアは頷いて答えて何やら思案顔になる。それを見てソロモンは小さく笑った。


「なあに、心配することはございません。参謀であるわたくしにお任せ下され」


「ああ。頼りにしている」


 微笑んでマリアが答えればソロモンは、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。彼なりに嬉しく思っているようだった。


「で、俺たちはどうすればいい?」


 ギルが暇そうにソロモンに問いかける。 ソロモンはギルの方へ向き直ると口を開いた。


「今は何も。王子の護衛が主な仕事だからな」


「それもそうだな」


 ソロモンの答えにギルは、そう返してやはりどこか緊張感の無い面持ちであった。否、いつもギルは緊張感も何も無い様子であるのに何かあればすぐ気づくのだから、もしかすると心の内では緊張しているのかも知れないとマリアは思う。――と思ったが、欠伸をしていたからあながち本当に暇だと思っているのかも知れない。

 ギルをクレアがかるく叩く。


「もう緊張感が無いんだから」


「だって」


 二人を眺めてマリアは思わず苦笑いを浮かべる。それから、小さく微笑むとレジーが声をかけてきた。


「王子、前の門が開いたようです」


「ほう、これは二人のどちらかがうまくやってくれたようだな」


 ソロモンの言葉にレジーは頷いて、またマリアの方へ視線を向けた。すると、マリアは腰を上げて外へ出ようとしている。


「マリア、どこへいくの?」


「少し外に出たくて」


 マリアがそう答えれば、ソロモンが口を開く。


「今はそれほど危ないとは思いませんが、用心はして下さいね」


 マリアは頷くと天幕の外へ出る。すかさずマリアの後をレジーが追った。

 外へ出ると冷たい夜風がするどく肌に突き刺さった。マリアは思わず身震いすると体をさする。それから、じっと王都の方を見つめればレジーが「心配?」と問いかけてきた。


「うん、やっぱり。心配になるんだ」


 さみしげに呟いたマリアの横顔を眺めてからレジーは、王都の方へ視線を投げる。そこでは合戦が繰り広げられていることだろう。

 マリアが何かを感じ取ったように息を飲んだ。レジーはそれに驚いて思わずマリアの方を見れば、マリアの首から提げているペンダントが赤く炎のように燃え上がっていた。


「あつい」


 マリアは思わず声を発する。それと同時にレジーは何かを察したように王都の方を険しい表情で見つめていた。



 数刻前、レイヴァンは開いた城門から中へ入った。それから、門を開けるためのレバーのあるところへ視線を走らせるとそこにはエリスがいた。

 そのエリスと視線が合うとエリスが小さく頷いて見せる。レイヴァンも頷いて答えると王都の中を進軍していく。

 しばらく進軍すると、城からコーラル国の兵が数人現れた。 けれど、それはレイヴァンが城の門に到達する前にザンサイト要塞の軍が姿を現して兵を倒した。それから、レイヴァンはザンサイト要塞の軍と合流すると馬を下りて城へ乗り込む。次から次へと兵が姿を現すが完全に不意打ちであったらしくて呆気なくベスビアナイト国軍の剣の餌食となってしまう。

 普段の彼らであったとしてもここまで呆気なくやられることは無かったであろう。けれど、今夜はばかりは気を抜ききっていたようだ。兵達が剣を一振りすれば数十の兵が吹き飛ぶ。

 コーラル国の国王の所まで行くのにそれほど時間がかからないように思えたが。


「よくもやってくれたな」


 叫んでレイヴァンの前に一人の兵が立ちはだかる。男はレイヴァンの一回りも大きい巨漢であった。誰もが息を飲む中、エイドリアンがレイヴァンと巨漢の間に立ちふさがった。


「レイヴァン、お前は正騎士長殿の息子だ。正騎士長殿を救い出すのはお前がふさわしいだろう。俺の事はいいから、先に行け」


 レイヴァンは一瞬、迷いを見せるもののエイドリアンに「ご武運を」とだけ告げるとエイドリアンに背を向けて駆け出した。


「さあて、お前の相手は俺だぜ」


 レイヴァンの後方でエイドリアンの声と金属がぶつかる鈍い音が響いていた。心の中で礼を言い、レイヴァンは先を急ぐ。その後ろをレイヴァンが率いてきた部隊、またザンサイト要塞の軍も後ろへ続いた。

 また兵が目の前に立ちふさがれば兵達は剣を振るう。その中でレイヴァンの部隊やザンサイト要塞の軍も数を減らしていたが、太刀打ちできないこともなかった。

 そこら中で、剣のぶつかる音が響き渡る。


「これはまともに城へ乗り込んでいれば勝てなかったな」


 ザンサイト要塞の騎士長、ハンスがコーラル国の兵を斬りながらレイヴァンに声をかけた。実は、ハンスは王都に勤めていたことがあったのでレイヴァンと顔なじみであった。


「ああ、そうだな。それを思うとソロモンの策には脱帽する」


 レイヴァンもハンスに賛同して返せばハンスは小さく笑いながら、兵の数十を剣で切り裂いた。レイヴァンも剣を振るい兵を倒していく。

 ふたりの着ている甲冑はすでに返り血で赤く染まっていたが、さらに鮮血が飛び散り赤くなっていく。


「本当に、あの策士殿には頭があがらぬ」


「だが、あいつは変人だぞ」


「確かに」


 レイヴァンの返事にハンスは小さく笑うと、レイヴァンに向かって言い放った。


「レイヴァン、ここは俺たちが引き受ける! お前達は先に進め」


「だが」


「いいから、行け! こんなところで足止めを食らっている場合ではないだろう」


 ハンスの言葉に頷いて応えるとレイヴァンは、兵達を引き連れて更に城の奥へと進んでいく。やっと、中庭まで到達すると、そこにはこの国でもコーラル国でも無い黒の髪をした男が立っていた。


「グレンには、手出しするなと言われたけれど国王陛下の命令じゃあ仕方ないよねえ。それじゃ、お仕事しましょうか」


 いって男が鞘から抜いもの。それはグレンと同じ、刀だった。

 男の刀とレイヴァンの剣がぶつかり合う。周りに居るレイヴァンが率いてきた兵達は、どうすることも出来ないようでじっと固まっていた。すると、弓兵がいたらしく兵達に向かって雨のように矢が降り注ぐ。


「しまった!」


 レイヴァンが思わずそう呟いた刹那。力を抜いてしまったらしい。一瞬の隙を突いて男は、レイヴァンの剣をぐっと押してくる。

 思わず苦しそうにレイヴァンが息を漏らせば男は不気味に笑った。そのどこかぞっとする笑顔にレイヴァンは凍り付く。瞬刻、レイヴァンの耳を妙な音がついた。何かが割れるような音。

 その音は確かに剣から聞こえてくる。剣と刀が交わっている箇所を見れば、確かにレイヴァンの剣にヒビが入っていた。ずっと使っていたものであったし、随分と古くなっていたからであろうか。

 慌ててレイヴァンは男の足を蹴りつけ後方に飛び退く。すると、足下ににゅるりとした“何かが”あった。それに触れ、目を見張る。


 赤い血であった。


 思わず辺りを見回せば、弓兵にやられた兵達の屍がそこら中に散らばっていた。

 まずい、と思ったときにはもう遅かった。男が自分の目前まで迫っていて今にも刀を振り下ろそうとしている。

 レイヴァンは慌ててヒビの入っていない箇所でそれを受け止めたが、それも空しく剣は音を立てて砕けた。

 慌ててレイヴァンは転がり刀からの攻撃を避ける。けれども、相手の男の攻撃は止まず刀で斬りつけようとしてくる。とっさに転がっていた剣を手に取り、相手の刀を受け止めた。

 男とレイヴァンのつばぜり合いが続く。決着を付けるべくレイヴァンが大きく踏み込んだ刹那。男がレイヴァンの懐に入り込み、みぞおちに拳を入れた。

 レイヴァンの体は後方に飛ばされ、口からは血を吐く。地面に着いた後もレイヴァンは上半身を起こすものの力が出ないようで痛みを耐えるように歯を食いしばった。


「いいねえ、その目つき。気に入ったよ」


 不敵に嗤いながら男は刀を片手にこちらに近づいてくる。レイヴァンは立ち上がろうにも力は出ない。死を覚悟した、瞬間。

 男に向かってひらめきが走れば、油断していた男は腕に矢を受けた。


「誰だ!」


 男が叫ぶと矢を持って現れたのはラルスであった。ラルスは慌ててレイヴァンの所へ来ると「大丈夫ですか」と声をかける。


「ああ、ありがとう」


 レイヴァンにはそれくらいしか言えなかった。すると、男はラルスを軽く睨み付ける。


「へえ、あんた。やっぱり、裏切ったね」


 特に驚いた様子も無く淡々と男が言った。どこか冷めたその口調にやはり、レイヴァンは寒気を覚える。男はレイヴァンを一瞥すると矢を放つよう命じた。ラルスは慌ててレイヴァンに肩を貸して立ち上がらせようとしたが、手が滑り落ちてしまう。ラルスが冷や汗を浮かべ、絶望に駆られそうになったとき。

 重たい重量のある何かが降ってきた。それは弓兵の屍の山だった。その後を追うように地面に着陸したのは、エリスとクライドであった。


「エリス、クライド!」


 レイヴァンが思わず名を呼べば、二人は小さく頷くとエリスは、男の前に立ちはだかりクライドはレイヴァンの空いている方の肩に手を貸した。


「すまない」


「いえ、仲間を死なせるわけには参りません」


 その言葉にレイヴァンは再度、ありがとうと呟くとクライドとラルスの手を借りながら戦線を離脱することにする。けれど、容赦ないコーラル国の兵達が異変に気づいてどっと押し寄せてきた。

 珍しくクライドまでもが焦燥の色を示した刹那。斬撃の音と矢を放つ音が聞こえてきた。その音の方へ視線を走らせれば、倒れていく兵の中で佇む人影がふたつ、あった。


「この程度でへばるなよ、専属護衛殿」


「大丈夫?」


 影の主こと、ギルとレジーであった。前者はギルで後者はレジーの言葉だ。


「ああ、すまない」


 レイヴァンがそう返せば二人はレイヴァンに駆け寄ってきた。それから、レジーはレイヴァンに「マリアが来たがっていた」と言葉を紡いだ。


「マリア様が!?」


「マリアの持っている石があつくなって、レイヴァンをとても心配してたんだ。自ら行くって聞かないからソロモンの案でとりあえず、オレ達が来たんだ」


 そうか、とレイヴァンは呟けば借りていた肩をほどいて自らの足で立ち上がる。マリアにこんな姿を見せられないと思っているのだろうか。


「すまない、もう大丈夫だ」


 宣言にも似た言葉に皆は、にっこりと笑みを浮かべる。それから、エリスの方を見ればエリスが男に押されていた。ギルが加勢すると言い、エリスの元へ駆け寄れば剣を抜いた。ラルスもここに残ると言えば、剣を抜いて兵たちと剣を交わらせる。


「レイヴァン殿、あなたは先に進んでください。先に進んで正騎士長殿を救いだして下さい! 正騎士長殿は、この国を裏切ってなどいなかった!」


 ラルスの言葉にレイヴァンは目を見開き深く内容を追求したかったが、コーラル国の兵が現れたので先に進まざるを得なくなり、わかったとだけ答えて剣を抜き取ると剣を振るった。

 すると、兵の数十が剣の餌食と成り、そこら中が屍の山となった。

 中庭を出て駆け抜けていくレイヴァンの後ろをレジーとクライドが続く。立ちふさがる兵達を斬りながら進んでいけば、城の中心部まで来た。

 階段を駆け上がっていくと、コーラル国の要と名乗った男が立ちふさがる。


「俺は五本の指に入るコーラル国の武人だ」


 言った男が持っているのは先端が三つに分かれている槍であった。三叉槍といい、どこかの国の神話では海の神が使用していると言われている。

 その三叉槍を男はレイヴァン達に向かって突いてきた。とっさに三人はそれを避けるとレジーは矢を放ち、クライドは戦輪チャクラムを投げた。けれど、二つとも槍によって弾かれてしまう。


「これは、戦輪チャクラムか。我が国の武器を持っている者がこの国にいるとはな」


「母と一緒に一度だけ行ったことがあるので」


 短く男にクライドは答えた。すると、男は「ほう」と関心にも似た息を漏らす。


「それなら、飛び道具どうし戦おうじゃ無いか」


 男が言えばレイヴァンとレジーが、じっとクライドを見つめる。クライドは二人にニッと笑って見せて「先に進んで」と言った。言葉を受けてレイヴァンとレジーは、頷きあうと階段を駆け上がっていく。けれど、コーラル国の兵達が立ちふさがる。その度にレイヴァンとレジーは剣を振るった。足を進めながらも二人には確かに疲労が見え始めており、優勢であったが体力の消耗で少しづつであるが戦況が変わりつつあった。

 すでにレイヴァンは傷を受けているし、レジーとて戦になれているわけでは無いのだ。

 ベスビアナイト国軍側が劣勢になりつつあった。それをレイヴァン達も気づいていた。けれども、レイヴァンとレジーは何とかコーラル国、国王・バルドルのいる部屋までつけばそこには、バルドルと共に屈強そうな兵士数人とグレンがいた。明らかにこちらを睨み付けている。

 レイヴァンが剣を握りなおした時だった。グレンがレイヴァン達の方へ抜刀して突進してきたのは。とっさのことで身動きの出来なかった二人であったが、グレンの刀は二人を切り裂くことは無く、そのままレイヴァン達と同じ方向を向きバルドルに剣先を向けた。

 驚いている二人と違い、バルドルはまるで初めから分かっていたように笑った。


「やはり、お前は裏切るか」


「裏切りなどでは無い。俺はもともと、自分の『利』によって動いている。今は、こいつらを守らなければならないと言うだけだ」


 ふん、とバルドルが鼻を鳴らして屈強そうな兵士一人に命じれば、人間とは思えないほどの筋肉を体中につけている兵士がこちらに向かってくる。それをグレンの刀が受ければ金属のぶつかる音が響き渡った。


「裏切り者」


 兵士がグレンに向かって言った。すると、グレンは怒るでも無く口角を上げてくすりと笑う。その笑みに兵士は驚いたようで少しばかり剣を握る手が緩んだ。その隙にグレンが力を込めて兵士をはじき返す。兵士は、後ろに数歩後ずさった。

 そのとき、グレン達の方をじっと眺めていたレイヴァンに向かって別の兵士が大剣を振り下ろしてきた。気づくのに遅れたレイヴァンは思わず目を見張ったが、レイヴァンと兵士の間にレジーが入りその剣を短剣で受け止めた。

 そのまま二人は、少しづつレイヴァンの前から遠ざかっていく。レイヴァンがレジーに加勢しようとした刹那、今度は斧を持った兵士がレイヴァンに向かって振り下ろしてくる。寸でのところでレイヴァンがそれを避ければ、城の床に亀裂が入る。兵士は突き刺さった斧を引き抜き、またレイヴァンに向けて振り下ろせばレイヴァンは、剣で斧を受け止めた。けれど、力の差が歴然で押されてしまう。

 さらにレイヴァンに向かって兵士が駆けてくるのが見えた。その兵士が持っているのは槍。こちらへ向けて投げてくるのは目に見えて分かった。思わず目を見開いた、刹那に風を切る音が耳を突いた。軽いが質量のある風は矢であった。その矢の先は、槍を持っていた男の腕に突き刺さる。押されているのだから、兵士から目をそらすべきでは無いと分かっていたけれど、この時ばかりは目を離して矢を放った主を探してしまった。その主を見た時、レイヴァンは何かがふつふつと沸き上がってくるのを感じる。それは、確かな闘志だった。


「はあっ!」


 一気に力を込めれば相手は驚いたように硬直する。その隙に剣で男の体ごと後ろに突き飛ばす。すると、男が後ろに仰け反ってよろめいた。

 しめた、と思いレイヴァンは男と一気に距離を詰めてそのまま心臓へ剣を突き立てた。男は床へ血を吐いて倒れるとそのまま動かなくなる。それを確認してから、レイヴァンは胸に突き刺さっている剣を一気に引き抜く。すると、心臓から赤い血が吹き出した。

 それを見た槍を持っていた男は、怯えたように後ろに後ずさる。


「や、やめろ」


 震える声で男は言った。けれど、これは戦なのだ。やめるわけにはいかないのだ。男に向かって剣を振り下ろそうとした刹那。

 レイヴァンの腰に“何かが”抱きついた。それをレイヴァンは見れば先ほど、槍を持ったこの男に矢を放った……マリアであった。


「なぜ、止めるのですか?」


「だって、戦う意志のない相手に剣を向けなくてもいいでしょう?」


 震える声でマリアは答えた。レイヴァンは、けれど不思議そうにマリアを見つめる。マリアのきれいなブルーダイヤモンドの瞳がどこか“怯えているように”見えた。

 大人しくレイヴァンが剣を降ろせば槍を持っていた兵士は怯えたようにその場を去った。すると、バルドルが剣を引き抜いた。


「どいつもこいつも腰抜けどもよ」


 バルドルは引き抜いた剣の先をレイヴァンに向けた。レイヴァンはマリアを庇うように立つと剣を握りなおす。

 その時、大勢の兵が部屋に押し寄せてきてレイヴァン達は囲まれてしまった。 どうやら、先ほどの逃げた兵士が増援を呼んだようだ。

 グレンは兵士を倒したのかマリアとレイヴァンに近寄り、レジーも何とか相手の兵士を突き飛ばすことに成功して二人に近寄った。

 レイヴァンはマリアを危なくないようにと抱き寄せてバルドルを睨み付ける。すると、爆発音と共に城がビリビリと揺れた。何事だ、とバルドルが声を荒げて言うと伝騎が一騎、やってきて「王妃らしき女性とまだ若い女が例の兵器を兵達に向かって放っている」と告げた。


「何だって!?」


 バルドルは驚いたようで目を見開く。マリアも少なからず驚いて、目を丸くする。


「母上が?」


 ぼそりと呟いたマリアの言葉はレイヴァンとレジー以外には聞こえなかった。

 マリアは錬金術を行っていたという母ならありえると思い直してぐ、と手を握りしめた。それから、レイヴァンの方を見上げれば黒曜石の瞳と視線が絡み合う。


「わたしは――」


 マリアはレイヴァンの体を押して突き放した。レイヴァンは驚いたように目を見開く。それを受けつつマリアは真っ直ぐに前を見据えて言葉を紡いだ。


「守られてばかりのわたしだけれど、あなたの枷にはなりたくない。だから、お願い。わたしにも戦わせて」


 決意にも似たその言葉にレイヴァンが険しい表情を浮かべる。けれど、考えている余裕など無くなって兵が一斉に襲いかかってきた。

 マリアも帯剣していた剣を引き抜く。子どもだと思って兵達がマリアを狙ったが、その兵達はその瞬き一瞬の後にはレイヴァンとレジーの剣の餌食になっていた。

 「今だ」と思ったのかマリアの背後から兵がマリアを狙ったが、マリアが兵の気配に気づいてその兵を一睨みすれば一瞬、動きが鈍った。それをマリアは、見逃さず兵の心臓に剣を突き立てる。マリアに返り血がこびり付いた。

 心がえぐられるような痛みが、マリアを襲う。命を奪うことを良しとしているわけではないし、好きでは無いのだから当たり前だ。胸の奥を突き抜ける痛みがマリアの中を駆け巡る。


(今まで避けて通ってきた“痛み”。けれど、逃げてはいけない。守るために武器を持とうと決めたのは、わたしなんだ)


 マリアが一歩、前へ踏み出せばコーラル国の兵が怖じ気づくように後ずさる。それから、何人かの兵士はマリアに背を向けて逃げ出してしまった。


「マリア様!」


 レイヴァンに名を呼ばれ振り返った刹那。 バルドルがこちらへ迫ってきていた。レイヴァンはマリアに駆け寄ろうとするものの、思っていたよりも距離が離れていた。必死にこちらへレイヴァンが手を伸ばして駆けてくるのが視界の端で見えた。

 マリアはというと足が縫い付けられたように動かない。あきらめて目を閉じた、その時。

 何かが覆い被さってくる感触と共に剣が肉体を裂く音が聞こえてきた。おそるおそるとマリアが目を開けばそこには、牢獄にいるはずのクリフォードがいた。クリフォードの体は、剣を貫通しておりマリアもクリフォードの血を浴びた。呆然とマリアは青い瞳をひらく。バルドルは思い切り、クリフォードから剣を引き抜いた。それでも、クリフォードはマリアに笑顔を浮かべて力なく言葉を紡ぐ。


「ずいぶんと凛々しくなられて」


 それから、体が傾いたかと思えば床に倒れ込んだ。マリアは慌てて膝をついてクリフォードの止血をしようとしたがクリフォードにその手を握られる。クリフォードの手には手枷を付けられていたのだろうか、青いアザが出来ている。


「姫様、どうか。レイヴァンの側に居てやって下さいませ」


 ぽろぽろとマリアの青い金剛石ブルーダイヤモンドの瞳から涙が溢れた。それから、大きく頷くと口を開く。


「もちろん。それよりも、クリフォードの手当をしないと」


「いいのです。これで、いいのです。愚かな敗残者には、これが似合いだ。少しでもあなた様の記憶に残ればそれだけでいいのです」


「だめだよ。クリフォードは、わたしに色々なことを教えてくれたでは無いか。お前には生き延びて幸せになって欲しい」


 クリフォードの手がマリアの頬に触れて優しく撫でた。それだけでマリアの涙が更に溢れた。


「お優しいあなたですから」


 レイヴァンも駆け寄ってきて、クリフォードの側で膝をついた。クリフォードの手は、今度はレイヴァンの頬に触れた。けれど、瞳はどこか虚空を眺めていた。


「ああ、エミーリア。今からお前の元へ参ろう。お前との約束を最後まで守れず、すまなかったが、レイヴァンは、こんなにも立派になったぞ」


 だらりとクリフォードの手が床に垂れた。動かなくなった体を見てレイヴァンは、歯を食いしばる。そのとき、バルドルが剣を持ち直してマリアとレイヴァンに向かってきた。それを見て取るとレイヴァンは勢いよく立ち上がり、剣を手に取ればバルドルの心臓へ突き立てた。

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