第35話「怪しい影」
『それじゃ、今週の日曜日楽しみにしてるから!』
合コンという名の交流会から数日後。
あれから毎日のように梔子さんから連絡が送られて来るようになった僕は、何故か今週の日曜日、一緒に市街地へ出かける約束を取り付けていた。
いや、本当に何でこうなったんだろう……。
出会って数日、それも顔を合わせたのはたった数時間程度だったはずなのに、何故か次の約束まで取り付ける始末。とはいえ全て彼女からの誘いであり、僕はただその誘いを断る理由も無いので了承しているだけなんだけど……。
「へぇ……優介も上手い事やったもんだ」
と、昼食を取りながら梔子さんへの返事を考えていると、一緒に食事をしていた嘉樹が嫌な笑みを浮かべ声をかけてきた。
「いや、そういうんじゃ……」
と、そこまで口を開いて止めた。ここで言い返してしまっては、嘉樹の思うツボだ。
「けど意外だな、お前が女と仲良くするなんて珍しい気もするが」
「そう?」
「そうだろ、だってお前、意図的に女と関わるの避けてた節あったじゃん。今回の合コンにしてもそうだけど、こういうの参加するタイプじゃなかっただろ」
おお、そこまで見抜かれていたとは……。
「別に避けてた訳じゃないけど……でも、確かに心境の変化はあったかも」
「ふーん……」
ま、別にいいけどな、と呟きながら食事に戻る嘉樹。
どうもコイツは妙なところで感が働くというか……以前も朱莉に関してヒヤッとする出来事もあったし、要注意が必要だ。
◇
「何だか騒がしいな」
食事を終え、引き続き学食で談笑をしていると、ふと周りの喧騒が耳に入った。元々ここは騒がしい所ではあるが、それにしてはちょっとうるさ過ぎるというか……やけに女子生徒の声が響いていた。
「確かに、何かあったのかな」
辺りを見回す。叫び声や悲鳴といった声ではないので、何か事件が起こった感じでもなさそうだが。
「優介、多分あれだ」
嘉樹が指を指す。ふと辺りを見回すと、どうも周りの女子生徒の視線もそちらへ集まっている様子だ。
その視線の先に見えた人影、あれは……。
「確か、山本先輩だっけ」
そこにいたのは、
ただ……個人的にはなるべく顔を合わせたくなかった相手だったりする。
「なあ優介。お前あれから先輩と何か喋った?」
「いや、あれ以来顔を合わせたのはこれが初めてだよ……」
互いにハッキリとは口にしない。だが、それは言葉にせずとも分かっているからだ。
僕が山本先輩と最後にあったのは、駅のホーム。
あの日、朱莉に絡んでいた先輩に啖呵を切って、結局なあなあになって終わったあの日だ。
「何というか……お互いに気まずいな」
「まあ向こうもこっちの事なんて覚えてないと思うけど……」
あの後、朱莉が部活に入部したりと色々あったからすっかり忘れてたけど、そういえば僕は先輩とあまり良い関係って訳じゃないんだった。
数ヶ月前の事だし、今更どうこうって事は無いと思うけど……出来ればこのまま何事もなく卒業を迎えて欲しいというのが本音だ。
「ま、恨みがあるにしても、こんな人の多いところじゃ何もしてこないだろ。それよりそろそろ教室に戻ろうぜ」
そんな僕の心配を他所に、嘉樹は特に気にする様子もなく立ち上がった。まあ嘉樹はあの場に居合わせただけで、先輩に対して何をした訳でも無い。
それに嘉樹の言う事も最もだ。もし僕に対して未だに思うところがあったとしても、こんなに人の多いところでは何もしてこないだろう。それに今までも先輩から接触があったわけじゃないし、僕が気にしすぎているだけなのかもしれない。
とりあえず一旦悩む事を辞め、嘉樹に続いて席を立ち、教室へと向かう。次は移動教室だし、早めに戻らないと……。
と、そんな事を考えながら、出口近くに居座っていた山本先輩を横切った瞬間。
「――ハッ」
僕を一瞥し、山本先輩が小さく笑った。……そんな気がした。
◇
「ねえ知ってる? 並木さんの話」
「あー、聞いた聞いた。ビックリだよねー」
「なんか私ショックだなー。並木さんってそういうタイプには見えなかったからさー」
「ま、人は見かけによらないってことだよね」
「何て言うの? 完璧美少女も、実は中身は完璧じゃなかった! みたいな」
「あるある。ああいう子に限って、見かけだけってパターンね」
「それにしても、もう随分と噂になってるみたいだけど」
「あー、何か他校の生徒の間でも話題になってるとか」
「まぁウチ以外の生徒にも人気あるみたいだし、当然っちゃ当然かもだけど」
「人気者は辛いってやつねー」
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