第23話
〔黙って覗いてみてよ〕
チャットで二人きりになったとき、強引に誘ったのはいいとして……。
馬鹿だなと直子は思った。自分はその場にいないのだから、情報の共有は出来ない。後で聞き役にまわり、あくまでウーロン本人として話をするより仕方ないのだ。
でも、ネットでの成り済ましや男心を
精々、
単なる好奇心と奇妙な母性本能。
〔ネットで知り合うなんて!って怒られるから、私とか中華太源の話は絶対にしないでね〕
姉である設定の沙織にあれこれ喋られては困る。だから、釘は刺しておいた。その点に関しては心配いらない。訪問者は、黙っていて欲しいと言った事を決して口にはしない。
動物園の
奴は、口の堅い、信用の置ける、誠実な犯罪者だ。
「あれ? 直ちゃん一人? ママは?」
沙織が出勤してきた。
|母 VS 上田|
「きゃはは、バーサス言うな。絶対、テロップお笑いじゃろ、直ちゃん。それにしてもカオリンも一緒じゃろ? 水曜日でもないのにね」
|経 営 破 綻|
「まあしょうがないんやない。水商売もそのうち駄目になるって、ママも将来のこと考えてるんよ。なあ、上田さんがお父さんになったらどうする? 直ちゃん」
カウンターの席で直子が差し出した灰皿を見て、沙織は
「上田さんやったら良い人やしお金もあるけんね。もしママがお店閉めるんじゃたら私どうしようかな……あ、そんなことより恵ちゃんに車で送って貰ったんじゃけど、電話で急に彼氏がどうとかでそのまま行ってしもた。ホストなんかいい加減にすればえーのにね。今日、おっぱい満知子と3人よ。急がしくなったらどうするんよねぇ」
「おはようさ~ん」
ホステスの満知子が、自分の畑で取れた大根と白菜を抱えて裏口から入ってきた。
レンガを貼り付けた壁は、最初、喫茶店にでもするつもりだったのだろうか。
どこかに川が流れているのか、作られたものではない
焼き鳥、お好み、演歌が流れる飲み屋の並びだと、その店は
「いらっしゃい」
太った年配の女性が、朗らかに迎えてくれた。
場末のスナック、と言うより近所のご隠居が生き抜きに来るような
「あれ? お兄さん見ん顔やね。あんまり
おしぼりを渡しながら、トークに
「あ、こっちじゃないです。学生の頃、広島に住んでましたけど。今日はたまたま」
勲の横に座るおばちゃんと向こうのボックスに三十前後の美人、それとカウンターの奥にトレーナーを着た若い子がいる。
もっと人がいる店だと聞いたが……となると……隣がママで、奥の美人がウーロンの姉さんか。
「ごめんね、こんなおばちゃんで。今日、ママと女の子ちょっと出てるのよ」
どうやらママではないようだが、広島の昔話をするならかえってそのほうがいい。
目的は、ウーロン姉を見ることだったが、いざ話せと言われたら困ってしまう。
「市内も随分変わったのでびっくりしました。あ、この
「腕よっ、腕。大根おろしで牡蠣の汚れを取って、更に大根おろしでやわらかく煮るの、暖める感じでね。親戚が揚げた殻付きだし、大根も地物。お兄さんっ味わかってるね」
食う前からお世辞を言うつもりだったが、スナックの突き出しには
「もう一皿貰えませんかね。今度はもっと多めで」
「ええけど、真まで火を通してないから、
「牡蠣は死ぬほど食ってますけど、“運悪く”今まで当たったことはないです」
考えれば、昼に飯を食っただけで腹が減っている。
「直ちゃん、ちょっと多めにもう一皿入れてぇ」
トレーナーの女の子は、返事もせずに皿を受け取る。腰のある短い黒髪が素直にゆれてモザイクを掛けるように表情を隠す。年配の店だから手伝いに来ているだけなのだろう。
外では、小雨が振り出した気配がした。
「やっぱり地下に通路が出来たりしてよそ行ってた人には変わったふうに見えるんかなぁ。私ら、なんちゃぁ変わってないように思うんじゃけどね」
一応、色気を見せるためか、おばちゃんは大きな胸をプルプルさせながらしゃべり続ける。
とんっと、牡蠣が盛られた皿が置かれ、その量に勲は驚く。
置いた本人は、黙ってそのまま奥に引っ込んだ。
「あーママの娘でね。手伝いに来てるだけじゃけ接客はせんのんよ。ごめんね」
女の子の愛想の悪いのを気にしてか、それでも客が多いので、勲にばかり構っていられないおばちゃんは、それだけ言うと中座してカウンターのほうへ行った。
腹が減っているから食えないことはないが、こうなると料金のほうが心配だ。
ことんっ、ことんっ、ことんっと、小皿が置かれる。
唐辛子とマヨネーズ、それと白菜かなにかの塩もみが出てきた。
トレーナーは、また黙って奥に引っ込む。
(まあ、ぼったくられても大したことはないだろう)
牡蠣のみぞれ煮にマヨネーズが合うのかと、ちょんと付けてみるとこれがまた美味い。レシピを聞いて、弁慶の親父にでも作って貰おうと思ったとき、
「沙織です」
っと、女が隣に座った。
「大阪なんですってね。こっちにはお仕事?」
「ええ、まあ。昔、こっちに住んでいたことがあって、懐かしくて」
「市内なら良いけど、ここら辺は何も無いでしょ? うわ、牡蠣大盛り」
化粧栄えのする大きな目を丸くしながら、女は大仰に驚いてみせる。
スタイルも良く、これならぼったくられても文句は言えないなと勲は思った。
(似ていると言えば、似てなくもないか)
四人グループが帰るので、沙織は座って直ぐ席を立ち見送りに行く。
へんぴな場所だが、随分と流行っている。これで、二人半では回らない。
もう帰ろうかと思ったが、客が帰るドアの開きが雨が本格的なのを教えてくれる。
勲は、もう少し居ることにした。どうせ今夜もやることがない。
すうっと、油揚げと玉ねぎが乗せられた皿が、目の前に置かれた。
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