この胸に溢れんばかりのありったけの想いを
多良はじき
第1話 プロローグ
俺の人生の何処にも、夢を持つ権利など無かった。
親父は、三谷コーポレーション代表取締役社長。しかし、俺は具体的に親父が何の仕事をしてるかは知らない。知っているのは「ロボット産業」という事位だ。
この辺りのビルは、全て親父の企業グループのものだと聞かされた。いかに三谷コーポレーションが力を持った企業なのかというのは、数多きビルの存在が物語っていた。
幼い頃から、親父から
「お前は、くだらない夢など持つな。くだらない恋などするな。お前には、将来が既に決まっているのだ。
お前は、この三谷コーポレーションの次期代表取締役だ。
そして、お前はいつもお世話になってもらっている谷口硝子繊維株式会社のご令嬢である明子さんとの婚約が生まれた時から決まっているのだ。
うちの会社がピンチだった時、谷口様に融資をしてもらったから此処までなんとか事業を無事拡大出来たのだ・・。
谷口様のご令嬢とお前は、20歳になったら結婚すると決まっている。それまで、くだらぬ恋路は許さない。いや、くだらぬ恋をした所で所詮叶わないのだ。お前が辛い思いをするだけなんだよ。だったら、最初からやらないほうがずっといいだろう。
それから、くだらぬ趣味なんてものも持つな。お前は最近、いつもカメラ弄りばかりしているそうじゃないか。勉強だけすればいいんだお前は。余計な事は、何も考えなくたっていい。とにかく、勉強だけに集中しろ。
お前が、この世に生を受けたのは。
全ては、三谷コーポレーションの為なんだよ。この企業を繁栄させる為に、お前は生まれたといってもいい。自分の使命をしっかり考えた上で生きなさい。」
小さい頃から、お前いいなって羨ましがられた。何もしなくても、将来はあの有名な三谷コーポレーションの時期社長だなって。年収数百億円だなって。お金に困る事なんて一生ないんだろうなって。
だけど、ちっとも俺は嬉しくなんてなかった。
別に俺は生まれた時からお金が欲しくて生きてる訳なんかじゃないし、大金持ちにも社長にもなりたいと思った事はない。
そんな事を言うと「それは、家が大金持ちでお金に困ったことないから言えるセリフだよ。お金がなければ、お金は欲しいって思うようになるんだって。贅沢な悩みって言うんだよ、それ。」と言い返されていた。
俺自身がお金に執着がないのは生まれた時からお金に困った事がなかったからかもしれない。でも、実際もし俺が貧乏だったらお金に大してどんな風に考えるんだろうと思うと、それはそれで想像もつかなかった。ただ、何となく俺自身はお金よりももっと他の何かに興味を持っているような気がしないでもなかったのだ。
何故かというと、常に何かをやりたい衝動のようなものは持っていたのだけど、それが何かと尋ねられると漠然と思い浮かばず、「お金儲けか?」と尋ねられると、そんなにピンとも来なかったからのように思う。人はこんな俺の考えについて「贅沢」と言うが、俺からすれば贅沢の意味すらも良くわからなかった。
今まで生まれてこの方「俺って、なんて贅沢!」なんて思って生きた事は一度もなかった。周囲の人に「贅沢って何?」と尋ねると、「ハワイに行くとか、モルディブ行くとかシャネルやエルメス持つとかじゃないの?」といった返答が来た。
しかし、俺からすれば小学二年生の頃に親父からの誕生日プレゼントで「南の島」をプレゼントしてもらったり、実家のエルメスの灰皿やシャネルのスカーフをハンカチ代わりに使う親父を見る度に、エルメスやシャネルを贅沢品として認識する事が困難だった。俺からすれば、エルメスもシャネルも常日頃目に触れる所にロゴがある日常品だ。
贅沢ってなんだろう。心の底から、思い切り自分が興味を持つことで心いっぱいになる事ではないだろうか?しかし、俺にとってそれは一体何なんだろうか。
いつも親父の部屋には、大きくて古いカメラがあった。俺は、親父の古いカメラを弄るのが大好きだった。
時折、親父のカメラでこっそり写真を撮っては写真コンテストに投稿した。評価されたら、親父も認めてくれるんじゃないかと信じていた。
その結果、俺の写真は写真コンテストで大賞し、賞金100万円を手に入れた。まだ中学一年生の頃だった。
あの頃の俺は、なんだかんだで人生夢いっはいで、夢だらけだった。親父の言うことなんて、聞く気もなかった。
だけど、「なんでこんなくだらないコンテストに応募したんだ。
こんな下手くそな写真を勝手に応募しやがって!全国に名前が公開されてしまったじゃないか。
お前の名前が公開されるのは、この日ではない。お前が、次期代表になる頃だけだ。
もう2度とこんな勝手な事をするな!」
と、何度も両頬が腫れるまで殴られた。
痛くて。痛くて。
顔いっぱいの痣だらけの顔だったけど、それでも俺は学校に行った。
親父が「どんな事があっても、学校に行け!」と、何度も怒鳴るからだ。
召使いの吉永爺さんは、「坊ちゃま。可哀想に。」と、こっそり病院に連れて行ってくれたりした。
俺は、親父の信仰してる宗教の関係で勝手に病院に行くことさえ許されなかった。
おそらく、吉永爺さんがいなければ俺は遥か昔に死んでいたことだろう。
85歳の吉永爺さんだけが、心の支えだった。
お袋は、そんな親父に愛想を尽かし。
とうの昔に出て行った。
今は、何処にいるかなんて知らない。
そして、俺には捨てた母の事など探す気もなかった。
俺は、先生から常に依怙贔屓されてきた。
先生といえども、結局同じ人間だった。
生まれた頃から、ハーフと間違えられるほど美男子だった上に、頭脳明晰。
そして、財閥の息子として一目置かれていた。
女性達も、俺を見てはキャーキャーと騒いでるのを何度も見た。
しかし、どんなにキャーキャー言われても結局俺には顔も知らない許嫁がいる身だ。
誰かと恋する気など。更々なかった。
俺には、夢を持つことも人生の選択肢も何もなかった。
親父は、2度と俺にカメラを持たせないようにカメラをボコボコにして捨ててしまった。
だけど。
俺、本当は知ってるんだよ。
親父だって、本当はカメラが大好きで沢山写真撮ってきた人だったんだ。
あのカメラは、親父の自慢の一眼レフだった。
お袋の若かった頃の写真、親父のクローゼットに沢山あるの本当は知ってるんだ。
だけど、親父は・・・。
もしかすると、カメラを見ればみるほどに逃げていったお袋の事を思い出すのかもしれない。
「ばかやろう・・こんな、こんなくだらないもの・・」
狂ったように、親父は何度もカメラを投げつけて壊したのだ。
そんな親父の瞳には、涙が浮かんでいた。
鬼の目にも涙とは、まさにこの事を言うのだろうか。
ボコボコに殴られても、何故か俺は親父を嫌いになどなれなかったし、家出する気にもならなかった。
それは、親父が時折見せる深い悲しみの仕業だったのかもしれなかった。
親父は、俺と同じ。
不器用で、気持ちを人に伝えるのが苦手な人間だ。
だから、悔しいけどさ。
俺は、何となく親父の気持ちがわかるんだ。だから、どうしても許してしまうんだ。
夢も、恋も出来ずに生きてる俺。
何の為に、生きてるのか考えた。
そんな頃。
俺は、皆に出会ったんだ。
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