第二章 ヴァルアリス諸国漫遊編

第1話 新たなる戦い

(第一章のあらすじ)

 魔界において絶対無敵、最強不敗の存在である竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリス。

 父である現王ザドゥムの後を継ぎ魔族の王として君臨する事を望むヴァルアリスであったが、王位継承のためには世界を一つ丸ごと生贄に捧げる滅界儀式ホロボシタルを行わなければならない。

 ヴァルアリスはよりにもよって、この儀式の対象に人間の世界を選んだのだった。


 しかし問題が生じた。儀式の下準備として、まずは対象となる世界の文明の産物を一つ封印し、保存しなければならない。

 ヴァルアリスが目をつけたのは魔界には無い美食の数々だったが、ついつい我慢しきれず食べきってしまうのである。


 幾度となく人類を追い詰めたものの、あと一歩という所で勝利を逃し続けてきたヴァルアリスは、敗北の歴史に終止符を打つべく根本的な戦い方の見直しを図るのであった。



 昼夜の区別もなく、赤い酸の風が吹き荒ぶ苛烈なる地、魔界。

 今宵の空は分厚い雲に覆われて星さえも無く、ただ酸の雨と、降り注ぐ稲妻が刻々と地形を変化させていた。

 最も栄える都市部の中央にそびえ立つのは魔族の王が居城、魔源枢城マンナカニアルノ

 豪奢にして繊細なる装飾の数々で彩られた外観の美もさることながら、あらゆる外敵を退ける不沈の要塞でもある。


 その中でも最も堅牢な結界に守られた一室には、魔界の最重要施設である巨神魂炉デカスギヤンが存在する。

 歴代の王が滅界儀式ホロボシタルによって集めた、数えきれぬほどの魂が焚べられた炉である。

 魔族の統率者である魔王ザドゥムは今、人払いを済ませて巨神魂炉デカスギヤンの中枢部に相対していた。


 轟々と唸りを上げ、眩しい光を放つ駆動機関。その表面の一部が、時折不規則に明滅する。


「……やはり、軋んでいる」


 ザドゥムは誰に聞かせるでもなく一人そう呟き、眉間に皺を寄せた。


「ヴァルアリスよ……」


 娘の名を口にするザドゥムの表情は真剣そのものである。普段の小者じみた態度は消え失せ、責務と向かい合う王の威厳さえ感じられる。

 だがしかし、彼自身以外は誰もそれを知ることはないのだった。



 同城内。最上階にほど近い場所に竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスの私室は存在する。

 室内は、雑然と積まれた資料の数々で足の踏み場もない有様であった。


 これは一体どういうことか。魔界最強の姫ヴァルアリスは度重なる敗北に心折れ、職務に没頭することで現実から逃避しているのか?

 否である! ヴァルアリスは本来の業務などとうの昔に終わらせ、それどころか各所へ業務改善案の通達まで済ませている。


「ふふふふふ……」


 資料の山の中から、鈴を転がすような美しい笑い声が響いた。


「理解した。ついに理解したぞ」


 資料の山が左右に割れると共に窓から眩しい雷光が射し込み、美しく整ったヴァルアリスの顔を照らし出した。

 そこに浮かぶ表情は歓喜である。

 竜魔神姫トンデモナイゼ、ヴァルアリス。魔界の誇る至高の戦士よ、何をそのように笑うのか。


「神田。銀座。原宿……」


 指折り数えながら唱える、過去に敗北を喫した忌まわしき地の名。

 そう、過去にヴァルアリスが降り立った地は、その全てが東京二十三区内に存在している。

 偶然ではない。最初に降り立った杉並区阿佐ヶ谷以降、ヴァルアリスは全く同じ場所を避けつつもそれほど遠くはない地を選び続けてきたからである。

 だがしかし、ヴァルアリスは気がついたのである。


「東京都は、人界の中心。恐るべき力を持つ美味が集中しているのも当然だったのだ……!」


 ここには一つの誤解があった。

 東京都はあくまで日本の首都であり、あらゆる面において中心となる都市ではない。さらに日本という国は東アジアの島国にすぎず、海を越えればそこにはさまざまな国家が存在する。

 しかし、魔界はその全土が王家によって統一されており、国というものが一つしかない。故にヴァルアリスが、最初に降り立った土地とは別の国がある、という概念を解さないのも無理からぬことであった。


「私は今まで、最も敵の守りが厚い部分を愚直に正面から攻めていたということ……」


 再び雷鳴が轟いた。


「つまり、東京以外の地を攻めれば勝てる!」


 世界各国の人間が軒並み気分を害しそうな、SNSで発信したならば炎上必至の問題発言!

 しかし、どうか責めないで頂きたい。魔界生まれ魔界育ちのヴァルアリスにそれが分からないのもまた、無理からぬ事なのである。


 得意げに微笑むヴァルアリスが掌を前に突き出すと、壁際に淡く発光する巨大な球体が姿を現した。

 魔幻投影霧ミタメコンナヤデという魔法による立体映像であった。

 しかもヴァルアリスは、本来長大な呪文の詠唱によって発動する魔法を無言で即座に行使する無詠唱ナンモイワンと呼ばれる高等技術でこれを実現している。


 緩やかに回転する球体の表面には、海と、陸地が描かれている。つまりそれは巨大な地球儀なのだ。


 さらにヴァルアリスはおもむろに小さな像を掌に出現させると、それを顔の横に掲げ、半身になって構えた。

 手にしているのは羽飾りのついた小さな針。ヴァルアリスは、回転する地球儀にこの針を突き立てて、次の行き先を決定しようというのである。


「標的とすべきは……ここだッ!」


 流麗な動作にて投擲された針は一直線に飛翔し、地球儀のとある一点に突き立てられた!


 その一点を見つめて目を細め、ヴァルアリスはくすりと笑った。事情を知らぬ者が見たならばたちまち恋に落ちてしまいかねない、可憐で優雅な微笑み。だが、それは滅びの運命を定める愉悦の発露なのだ。


 あとは徹底的な事前調査を行い、この地を攻略するのみである。

 用意が整い次第、ヴァルアリスは転移時空破断陣ドッカニデルゲートの魔法を用いて瞬時にその地へと転移する。

 もしもその地で出会った食物が、ヴァルアリスをそこそこ満足させる程度に留まった場合……食べ残しは封印保存され、滅界儀式ホロボシタルの準備は整う。

 人類はその歴史を終える事となるのだ。


 忘れてはならない。

 この物語の題名は竜魔神姫トンデモナイゼヴァルアリスの敗北である。

 しかし果たして今回ヴァルアリスが赴く地は、魔界の頂点にして至宝、戯れに竜をも屠る、絶対無敵、最強不敗の存在を打ち倒す事ができるのであろうか⁉︎

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