第24話 土人形
少女の悲鳴が聞こえて、はっとなる。
たった今ヴァンドルフが倒した茶色いそれよりも、先が太くなった棍棒を手にしている。二体目はきょろきょろと首を振って、標的を探すようなそぶりを見せた後、小さな女の子に向かって歩き出した。
「危ない!」
ユウリがとっさに女の子を抱きかかえ、逃げようとした。ところが、足がもつれてその場に転んでしまう。
「げ」
わたしの口から間抜けな声が漏れる。やばい。マジでやばい。
そのユウリたちに向かって茶色いそれが棍棒を振り下ろそうとしている。ユウリが、女の子をかばって女の子の小さな体に覆いかぶさった。
「……!!」
「げげ」
わたしの口からさらに間抜けな声が漏れたが、二人に棍棒が振り下ろされることは無かった。
春風が、茶色いそれの顔面に、思い切り踏み込んで鋭い右ストレートをぶち込んだのだ。
わたしと違って、真面目に空手の修練に汗を流し、さらに師匠から様々な格闘技のテクニック、実戦で使える裏技の数々を教え込まれただけはある。速さとともに、充分体重を乗せた重い一撃であった。
タイミングもばっちり。茶色いそれは春風の一撃を食らって、よろめいた。しかし、無表情であるため、どの程度のダメージを与えたのかが全く読めない。
春風は、さらに身を回転させて後ろ回し蹴りを叩きこんだ。春風のかかとが茶色いそれの側頭部にぶち込まれ、それは仰向けに倒れた。
春風の追撃はさらに続く。倒れ込んだそれの顔面に、再び拳を落としたのだ。それの顔に、春風の拳がめり込む。
茶色いそれは、春風の攻撃をまともに食らってすでに立てないようだったが、しぶとく手足をばたつかせていた。すると、リリミアが、
「春風さん、どいて!」
と、剣を抜いて叫ぶ。春風が、ひょいとよけると、リリミアは、それの胸の中心部に剣を突き立てた。リリミアの容赦のない追撃に、春風がおお、すごーいと声を上げた。
そして、それは完全に動かなくなった。
「グッジョブ、春風」
春風が、ぐっと親指を立てた。
「しかし、春風よ。その短いスカートで、後ろ回し蹴りを放っては、パンツ丸見え。サービスが過ぎるのではないか?見ろ。ユウリが顔を真っ赤にしているではないか」
「えええ!?いや、あの、その、ぼく、ぼく、その……!」
顔を赤らめてうろたえ言い訳の言葉を必死で探すユウリをよそに、春風は、てへっと舌を出した。
ユウリが身を挺して守った女の子は、母親の元に戻り、母親は何度も礼を述べた。
「で、これは何かな?」
わたしは、倒れた茶色いそれについての説明を求めつつ、ヴァンドルフが叩き落した腕を拾って切り口を見る。素人目にもヴァンドルフの腕前がよく分かる、実に見事な綺麗な切り口だった。
「生き物ではないね。血が流れていない」
そう、生物であれば流れる血液が、それの腕から流れていない。腕の感触は、人間の肉の感触よりも、やや硬く、表面の触り心地は少しざらついている。断面を見ると、骨のようなものが見えるが、色は黒っぽく明らかに我々生物の骨とは大きく異なっている。
「土人形です」
ヴァンドルフが、あたりを警戒しつつ言った。リリミアもあたりの様子を神経を研ぎ澄ませて窺っていた。まだ、これがいるかも知れない、ということか。
わたしは、次にヴァンドルフが刎ねた首を手に取る。
目は人間の目よりも大きく、黒いガラス玉のような物でできていて、白目の部分はないため、その顔から感情を読むことはできない。口には、鋭いギザギザの歯が生えている。おそらく、噛みつくのだろう。
耳は人間とほぼ同じような造り。
我々と決定的に違うのは鼻が無いこと。生物ではないため、呼吸は必要ないのだろう。
「どうやって動いてんの?これ」
「魔法の力です。胸の中心部分に、魔力が込められた石が入っていて、それが動力源です」
と、ユウリが言う。まだちょっと顔が赤い。全く可愛いやつめ。
「で、頭には、簡単な判断や思考をするもう一つの魔法の石が入っていまして、そのどちらかを破壊すれば動かなくなるんです」
わたしは、剣によって穿たれた穴に指を突っ込んでぐいっと穴を広げる。
「よく平気で指を突っ込めますね」
ちまりが、すごく嫌そうな顔でわたしを見つつ、カメラで撮影をしている。中に、割れた赤い石が入っていた。赤い石は簡単に取り出せた。
「成程。二人がとどめに胸を貫いたのは、この石を壊すためなのね」
わたしが言うと、リリミアが頷いた。
「棒を振り回していたのは、もしかして、こういう原始的な武器しか扱えないから?」
「おそらくは、そうかと思います」
「何で、こいつら襲ってきたんですか!こんな物騒なヤツがうろつく危険地帯なんですか、この辺は!めっちゃ怖いっす!棒!めっちゃ怖いっす!!」
ちまりが、あたりをきょろきょろしながら言う。土人形がまだいるかも知れないという、恐怖心から、落ち着かない様子だ。
「ちまり、それ!」
「な!?何すか!また出たんすか!」
「何でこいつらはぼくらを襲ってきたの?てか、これ、誰が作ったの?」
「誰が作ったのかは知りませんが……、本来こいつらはダンジョンの中にいて、中に入ってきた冒険者たちに襲い掛かってくるものなんです。だからこの辺にいるわけ……」
ユウリがそこまで言った時、皆がほぼ同時に「あ!」と声を上げた。
「ダンジョン!」
翌日。
我々は、ギルガルが元々いた、『試練の道』と呼ばれるダンジョンの入り口前にいた。
ギルガルと我々が遭遇した場所から北東に約500m。森の中の小高い丘のふもとに、その入り口はあった。つまり、多くの人が往来する街道のこんな近くにあの巨大なドラゴン、ギルガルがいたのである。
丘のふもとに大きな穴がぽっかりあいていて、そこから下へ階段が続いている。
「あーあ……。無茶するなあ。扉には鍵が掛けられて、魔法の封印が施されていたはずなんですよ」
ユウリがその状況を見て言った。扉そのものが木っ端微塵に壊されていて、石で補強された壁や床が黒く焦げている。昨日の逃げて行った冒険者たちが爆破系の魔法で封印や鍵を吹っ飛ばし、扉を開け中に進入したらしい。だが、本来の扉の大きさは3mほどだったと思われる。おそらくギルガルは、光弾をはいて手あたり次第に吹っ飛ばして、自分が通れるほどのスペースを無理やり開けたのだろう。天井が大きく崩れ。床にはばらばらになった扉の破片や、ギルガルが付けたと思われる爪の跡が残されていた。
「全くもって不届き至極!!」
大きな声を上げて、許可なく扉を無理やりこじ開けたことに対して憤慨している人物の頭の上には、犬の耳。
リリミアのお父上、アルザ・ジョーガカルミア・アルドーラ伯爵である。どかっと深く椅子に腰かけ、地面に立てた剣の柄を握っている。その脇には、屈強な戦士たちが立っていた。
昨日、土人形に襲われた我々は、その土人形たちが、ギルガルがいたダンジョンから出てきたのだろうと考え、まず、ベチットたちに家の中に入って中から鍵をかけ、安全を確保するように言うと、ヴァンドルフを除いてジョーガバーズへと戻った。
ヴァンドルフは、ベチットの住む集落の近くにある村へと走り、村人に危険な魔物が徘徊している可能性があるので、気を付けるように伝え、その後は村で馬を借り、腕自慢の男たちとともに近くを見回った。
その結果、三体の魔物を発見、すぐさま討伐した。
ジョーガバーズに戻ったわたしたちは、まず、勝道に連絡を取った。ダンジョンから化け物が出てきているかも知れない。そう伝えると、
「分かった。装備を整えてそっちへ向かう」
と言い、その日の日暮れ前に、新たな高機動車にいっぱいの装備を載せてジョーガバーズに戻ってきた。
「ふ、ふふ。魔物退治か……、ふふ……」
ちょっと血走った眼で、高揚を抑えきれない様子の勝道が、ぶつぶつ呟く。
ヤバいスイッチが入っちゃたか?と、付き合いの長い友人を見てわたしは思った。
リリミアは、ジョーガバーズの責任者である自分の父親が住む屋敷へと走って、状況を説明した。
釣りから戻ったばかりだというアルドーラ伯爵は、愛娘の報告に、手にしていた釣果の大きな魚を放り投げると、
「出陣じゃああああああ!出会えい!馬引けえ!」
と、大声で叫び配下の騎士戦士たちを集め、屋敷を飛び出した。
その顔は、勝道同様に高揚しつつもちょっと嬉しそうだったという。
「何せ、騎士や戦士がその腕っぷしを披露できる機会は少ないですから」
と、リリミアは自分の父親の張り切る様子を、恥ずかしそうに語った。
とは言え、伯爵はただはしゃいでいるやんちゃな親父ではない。
まず、ジョーガバーズの町長と、近隣の村々に対して使いを走らせ、緊急事態を知らせると、部隊を三つ編成、その一つを自ら率いて馬を駆りジョーガバーズ周辺のパトロールに走った。
そして、ダンジョンから抜け出してきた魔物たちを見つけては、見事に打ち倒していった。
さらに、勝道も、部下を連れて魔物退治に飛び出して行った。
「いいのか?お前まで出て行って」
わたしが、ジョーガバーズから出発しようとする、目をらんらんと輝かせた勝道に向かって訊いた。日本は海外派遣された自衛隊が、もしも一発でも発砲すれば問題になるような国である。魔物相手とはいえ、攻撃をすれば何かとうるさく言われるのではないかと思ったのだ。
「その時は害獣駆除の延長線上の致し方ない行為であると、そういう解釈でお願いしたい。山から下りてきたクマを、猟友会が泣く泣く駆除するようなものだ。だいたい、友好関係にあるデューワ王国の人々が、魔物に襲われるかも知れないという、緊急かつ速やかな対応が求められる事態に悠長なことが言っていられると思うか!答えは否だ否!行動あるのみだ!わはははは!」
特撮映画で、怪獣と戦う自衛隊の姿を見て、自らも自衛隊に入ることを決めた友人は、怪物と戦う機会が訪れた事に、自動小銃を手にして、うふふ、へへ、あはは、と笑いが止まらない様子だった。あるいは、ギルガルとの戦いのせいで、何か大事なネジが頭から外れたのだろうか。
「ん?お前、その自動小銃、89式じゃない……」
「しー……」
勝道が持っていた物は、陸上自衛隊に配備されている89式小銃ではなかった。通常の89式は、銃身下部にグレネードランチャーやショットガンなどの追加装備を取り付けることはできないが、勝道が手にしていた小銃の銃身の下には、グレネードランチャーのように見える追加装備が取り付けられている。
「ナイショナイショ、ふふ」
勝道は、その正体不明の小銃を手に、にやにや笑いながら高機動車に乗り込んだ。見れば、勝道の部下の隊員たちも、自衛隊の基本装備には無いような正体不明の武器を手にしていた。
ここからは、わたしの推察である。
自衛隊中継基地が、盗賊団に襲撃された事件。
その時、自衛隊は盗賊団の中にいた魔法使いが放った未知の『火力』、――魔法をくらって、痛い目を見た。手に何も持っていないのにもかかわらず、呪文を唱えれば、強力な威力を誇る魔法がその手から放たれる。術師のレベルが高ければ、放たれる魔法の威力は、ギルガルを仕留めた84mm無反動砲並みのものになる。いや、もしかすればそれを軽く超えるかも知れない。
さらに、こちらの世界には、我々の世界にはいない巨大なドラゴンや、魔物の類も存在している。巨大ドラゴンに対して、89式では全く歯が立たないことはすでに体験済み。
自衛隊は、否応もなく対応を迫られた。今のままの装備では、火力不足。自衛隊員やこちらに来ている邦人の生命を守り、必要な活動を行うためには、新たな装備が必要だ――、と。
勝道や、部下の隊員たちが手にしていた装備は、異世界での活動のために新たに配備されたものではないのだろうか。
だからこそ、勝道は、その新装備をここぞとばかりに試すために持ってきたのではないか。
あり得る。
わたしにはまるで実際に目の当たりにしたかのようにその光景が目に浮かぶ。デューワ王国側のキューブのあるヘルゲンの自衛隊デューワ王国ヘルゲン駐屯地の武器庫から、勝道が、
「ばーっか、緊急事態、緊急事態なの!魔物退治に今までの装備で対応しきれなかったら、どうすんだって。こういう時の新装備だべした!だから、出し惜しみしてねえでさっさと出せって!!」
と、嬉々として新装備を引っ張り出してくる様子が。ついでに、自衛隊に圧倒的に不足しているダンジョンの魔物に対するデータ収集活動も、兼ねているだろう。
かくして、勝道たちに、新装備を使う大義名分がそろった。
あくまで、わたし個人の推測ではあるが、まあ、当たらずも遠からずであろう。
そんな憶測を展開していたわたしの頭の上を、ばらばらばらと、大きな音を立ててヘリコプターが飛んで行った。
「あれ?今飛んでったのって、ニンジャじゃね?で、その後ろから来るのは、おお?アパッチさんでは?こっちに配備されてたんだ」
先を飛ぶのは『OH‐1偵察ヘリ』、通称ニンジャ。そしてその後ろに続いて飛ぶのは、最強の攻撃ヘリとして名高く、戦場で敵として出会ったならば死を覚悟せよとまで言われる『AH‐64Dアパッチ・ロングボウ』。どちらも怪獣特撮映画でおなじみの素晴らしく格好良いヘリコプターである。ギルガル級のドラゴンや魔物が出てきたときのためにお出ましして来たものと思われる。
「何!?ああ!?あいつらが出てくるなんて聞いてねえぞ!」
おそらく、ヘリのパイロットも正直魔物退治に参加できるとは思っていなかったであろう。勝道同様張り切っているかも知れない。
「くっそ、先越されてたまるか!行くぞお前ら!あいつらに美味しいとこ持って行かれんなよ!」
勝道は、部下に檄を飛ばし、ジョーガバーズを飛び出して行った。
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