第6話 推論
「いやいや、先輩があんなこと考えてるなんて意外でしたよぉ」
デューワ王国からの使者たちとの会談を終え、わたしとちまりは喫茶店に入り一休みしていた。慣れないスーツとネクタイ、慣れない高級ホテル、慣れない『大事なお客様』扱い。何だか、どっと疲れた。そんな疲れを感じているわたしをよそに、ちまりは何だかテンション高めだった。
「わたしは感動しました!先輩があんなこと考えていたなんて。先輩が自分から進んで何かしたいって言ったの、初めてじゃないですか?」
コーヒーをすすりながら、ちょっと不機嫌なわたし。確かに、否定できないが、素直に認めるのも癪なので聞き流す。
「いやあ、それにしても、異世界を旅してそれを本にまとめる。旅行記ですかね?ガリバー旅行記みたいです」
「あっちはフィクションだろうが」
「こっちはノンフィクションです。売れる匂いがプンプンします!それにしても先輩。旅行記書きたいなんて、あっちの世界に行くのに乗り気じゃないと思ってたから、マジびっくりです」
ちまりは、頼んでいたクリームソーダが運ばれてきてもそっちのけでしゃべり続けた。
「実は、前々から行きたかったんでしょ!」
「んー?いや、行きたかったかどうかは別にして、疑問はずっと持っていたんだよね。それを自分の目で見て確認してみたかったのさ」
「疑問?異世界に疑問ですか……?」
「うん。不思議。お前、ドラゴン見たか?」
わたしの質問にちまりは頷いた。「テレビで見ましたよ。ゲームで見るようなやつよりだいぶ小っちゃかったけど、二本足で歩いてるドラゴンが、何かの儀式の時に立派な装具付けられて、行進の列に加わってました」
「小っちゃいって言っても、馬くらいはあっただろ?」
「ええ、まあ。見たいんですか?」
「見たい。で、だ。お前、あれをどう思う?」
「ドラゴンですか?そうですねえ……。火とか吹くんですかね、あれ」
「吹いたら面白いけどな。でも、ドラゴンってあっちじゃそこら辺にいるんだろう?あっちこっちで火ィ吹かれてみろ。火事が起こりまくって大変だぞ。それよりも、ぼくはあれがな……」
「はい」
「恐竜に見えた」
「はいぃ?」
ちまりは、わたしの口から出たキーワードがあまりに予想外だったのか、変な声を出した。
「あの体付き、体から垂直に地面に向かって生えた足。あれはぼくたちがイメージしていた恐竜そのものだ」
「ぼくたち?」
「ぼくのような恐竜大好き人間や、恐竜の研究者」
「そうなんですか?でも、異世界だからって恐竜なんていたんですか?」
「いたよ。だって、テレビで異世界の映像見たら、バックに鳥が映っていたもの」
ちまりが、不思議そうな顔をする。どうやら話に付いてきていないらしい。
「お前、鳥が何から生まれたか知らんのか?」
「え?タマゴでしょ?」
わたしはがくっと肩を落とす。
「そうじゃない。何から進化して誕生したかってことだ。鳥はな、1億5000万年前くらいか。ジュラ紀の後期に恐竜の仲間から生まれたんだ。つまり、鳥は恐竜の子孫。鳥がいたっていうことは、恐竜がいたってことだろう?」
ちまりが目を見開く。
「ええっ!あいつら恐竜の仲間っすか!?」
ちまりの言うあいつらとは、鳥類のことらしい。わたしは頷く。
「まあ、定説だな。異論も存在するがぼくはこの定説を支持する。今度、ニワトリの足をようく見てみろ。あの足を何倍も大きくしてみれば、まさに人がイメージする恐竜の足になるぞ」
「ははあ……」
ちまりは一生懸命ニワトリの足をイメージしてみたようだった。
「他にも、新聞やネットなどの情報を整理してみると、あっちの生き物は、こっちの生き物とあまり差が無いようだ。それがとにかく不思議だ」
「え?そうですか?」
ちまりはまだ話に付いてこれていない。頭を冷やす意味もあってか、ようやく自分のクリームソーダに乗ったアイスをぱくぱく食べ始める。
「よく考えてみろ。異世界だぞ?異世界。ぼくたちの住む世界とは違う世界だ。ぼくは異世界からのファーストコンタクトがあったと知って、異世界は違う星にあると思った」
また、ちまりが目を大きく見開き、口をあんぐりさせた。
「うちゅ……、宇宙人ですか?異世界の人は!」
「そう考えた方が、『異世界』なんて説明がつかないところから来たって言われるよりもはるかに分かりやすいじゃないか。実際ぼくと同じように考えていた人は多かったんだよ。テレビや新聞でもそうなんじゃないかと言ってたろ?」
「へ、へえ……。そうでしたっけ」
異世界=宇宙の彼方の星説が、よほど意外だったのかちまりはぽかんと口を開けたまま、ぼくの話に夢中で聞き入っている。
「まあ、宇宙の彼方からやって来るっていうのも、相当難しいんだけどね。SFみたいに簡単にはいかないよ。しかし、宇宙の彼方から来たと仮定しても、やっぱりおかしい。宇宙の彼方に地球と同じような惑星が生まれる。その惑星に地球と同じような環境ができて、同じような生物たちが誕生し、同じような生態系を形成する。さらに人間と同じ知的生命体が生まれて、こちらと同じような文明、文化を築く。そんな偶然があるわけがない。この偶然が起こる確率は数学的に言えば、0.00000……、小数点の後に0が百個以上、いや千個?とにかくたくさんたくさん付いた後に1が来るくらいの確立じゃないか?」
「よ、よく分かんないですけど、とにかく、恐ろしく低い確率ですね」
「うん。数学は専門外なので何とも言えないが、宇宙に地球が生まれ、生命が生まれただけでも奇跡的なのに、もう一つ同じような星があってその二つの星の住人が出会う。ロマンがあっていいかも知れないが、ぼくはそんな偶然は絶対に無いと断言する」
「はい」
「だからぼくはこう思う。これは決して偶然などではない。きっと必然だ。つまり……」
ちまりは、ごくりと唾をのみ、ぼくの次の言葉を待った。思えばこいつがぼくの話をこうまで真剣に聞いたことはなかったかも知れない。
「異世界と、ぼくたちの住む世界の間には何か重大な繋がりがあるんだ。きっとこれは間違いない。もしかしたら、ぼくたちが知らなかっただけで、異世界とぼくたちの世界の間を行き来していた者が昔からいたんじゃないだろうか」
「……!!マジすか!」
ぼくはいたって大真面目に頷いた。
「マジだ。……、多分」
わたしは、自分の意見に、『多分』という保険を付けて頷き返した。
「それを、まあ……、ぼくなんかがあっちに行って見て回ったところで、その謎が解けるわけがないんだが、何か、僅かでもいいから何かをつかんでみたい……なあって……。思ったの」
ぼくが、ちょっともじもじしながら言う。するとちまりは身を乗り出して言った。
「面白いじゃないですか!それ!やってみましょう!」
ぼくはちょっとひるんで言い返す。
「いや、だから、行ったところで何か謎が解ける保証があるわけじゃないんだ。ぼくはそういう謎が解ける科学者や研究者でもないの。何も分からなければ、ただの旅行記ができあがるだけだ」
「あー、そうか。でも、いいんじゃないですか?それでも。旅行記自体ちゃんとしたものを書いた人はいないんですから。充分売れるんじゃないですかねえ。何せ、あっちの世界は、受け入れ体制が不十分なせいで、マスコミも自由に行動できないわけですから。知られていないことが山のようにあります。みんな興味津々なのにですよ?そんな中、先輩がばーんとあっちの世界で見て聞いて体験したことを書いた本を出す!売れる!売れすぎちゃいますって!!タイトルはそうですねえ……」
ちまりは少し考え、ハッとして指をびしっと立てて、
「ラノベ作家異世界を行く!」
と決め顔で言った。
「ダサ!」
「ダサくないですーっだ!分かりやすい、良いタイトルですーっだ!」
「まあ、異世界行って、色々見て、何か分かったら異世界の謎を解いてみるという方向で……。まあ、あっちに行っても何が見れるか分からないからな」
「きっと、いいものが見れますって!さっそく編集長と相談します」
ちまりは、何だかすごいものがわたしから生まれると、大いに先走って確信しているようだが、わたしは、それを見てちょっと冷静になっていた。ま、異世界を見て回って、何かが分かるとは、自分でも思えない。できあがる作品はまず間違いなく普通の旅行記になるであろうと。
「ところで、お前は、ライトノベル担当の編集者なわけだ。ノンフィクションを担当する部署のスタッフとか、付けてくれるんだろうな?」
「ええ。相談して決めますが、多分オッケーです。でも、わたしも旅には付いて行きますから!」
「ん?いや、お姫さまと会うとこまでは付いてきてもらおうとは思っていたが、それより先は別に、お前はいらんだろ」
わたしがそう言うと、ちまりはきっ!とわたしにきつい視線を向けると、
「何言ってるんですか!わたしは先輩の担当編集者です!一蓮托生、ベストパートナー!」
と、怒って大声を出して言う。
「ベストかどうかは知らんが、お前、他にも色々やることがあるんだろ?」
「いーえ、何と言われても行きます!ずるいですよ!先輩だけ、そんな面白愉快な旅をしようなんて!編集長がダメって言っても行きます!」
「まだ入社数年のペーペー社員だべした。何言ってやがる」
「行くったら行きます!絶対絶対、ぜーったいに!」
ちまりはむきになって、駄々をこねる子供のように言う。これはあれだ。無理にダメと言ったらややこしいことになる。ここは素直にちまりの言うことを聞いておこう。
「分かった。じゃあ付いて来い。ぼくはあんまり力が無いから、荷物持てよ。お前体力あるもんな」
「そんなには無いですよ」
「いやいや。お前、学生時代、男に五股かけられてて、しかも振られたときヤケになって四国のお遍路さんに行ったじゃないか。しかも四国を二周もしてきただろ。充分ぼくより体力はある……」
「……!!違います!一周半です!それに、五股かけられてたわけじゃありませんーっだ!」
「じゃあ、何股だ?」
「……。四股……」
「四番目だったんだもんなあ」
「う、うるさいですよ先輩!今は異世界!異世界の旅です!」
「失恋旅行で異世界もおつだろ」
「わたしが失恋したの何年前だと思ってるんすか!今更失恋旅行なんて行くわけないべしたっす!」
「つらかったろ、四番目」
「いい加減にしてください!何でわたしをいじる時だけノリノリなんですか!」
バカめ。それは面白いからに決まっているではないか。まあ、口には出さずにおこう。このちまりの失恋話、『四国お遍路逃避行編』は何度思い出しても実に面白い。また折を見ていじろう。
とにかく――、こうしてわたしは、お姫さまに会った後、異世界を旅することが決まった。
あわよくば、異世界の謎を解き明かす、という壮大な夢を持って。とは言うものの、きっとただの観光旅行になるんだろう。それはそれで、きっと楽しいさ。
柄にもなく自ら流れを作る形となってしまったが、やはり、大した流れにはなるまい。
わたしは、そう思っていた。
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