第4話 うま味とエロい女
「勝手に決めやがって……」
こうして翌日に美女と会うことが決まってしまったが、わたしはぶつぶつ文句を垂れていた。
ちまりは、当然ですと胸を張って言うと、立て続けに捲し立てた。
「先輩の決断を待っていたらいつまで待っても話が決まりません!大体ちょっと異世界行って、お姫さまに会うだけじゃないですか、何ためらってるんです!ていうか、お姫さまですよ!会えるんですよ!作家として、こんな夢みたいなチャンスを蹴っ飛ばすなんて選択肢は存在しません」
ちっ!勝手に盛り上がりやがって。と腹の中でむかついていたわたしに、米沢編集長が訊いてきた。
「ねえ、霞ヶ城君。さっき言ってた『うま味』ってなあに?」
「そうだ、そんなこと言ってましたね。何のことです?」
ぼくは、お茶を一口飲み、茶菓子をかじりながら答えた。
「だって考えてもごらんよ。あっちの世界は『お宝』の山じゃない」
「ああ、そう言えば、お姫さまの治療費や滞在費は金塊や宝石で払ったんでしたっけ」
「そうじゃない」
ぼくは否定する。すると米沢編集長がさらに問う。
「地下資源とか?」
「ああ、あるみたいですね。もし、石油や天然ガスなんかをキューブを通して安く持ってくることができれば、美味しいよね。でもアメリカやロシアや中東の国なんかは文句ブーブー言ってくるだろうね。俺たちにも寄こせってきっとうるさいでしょう。でも、やめた方がいいよ。あっちの資源はあっちの人たちの物なんだから。こっちが、あっちの無知を良いことに搾取していいもんじゃないです。それに、そんなものよりずっといいものがあるじゃないですか」
二人ははて?小首をかしげる。ぼくはさらに茶菓子をぼりぼりかじりながら答えた。
「魔法」
二人はその答えを耳にして、はあ、と間の抜けた返事をする。
「まあ、正直、魔法が実在するっ知ってびっくりしましたけど、そんなにうま味はありますか?」
「あるね。あれはうま味の宝庫。うん。あれはすごいよ、科学の法則ガン無視のすごい代物だよ」
「空飛んじゃいますもんねえ」
異世界から使者達がやって来た時、その中に女性の魔法使いがいた。その魔法使いは、報道陣の目の前で、杖にまたがって自由に空を舞って見せた。そのニュースを見て、心躍らなかった者はいないだろう。誰もが夢見た、空を自由に飛びたいな、が魔法を学べば自分にもできるかも知れないのだ。
めったに感動などしないこのわたしも、その映像をテレビで見て前のめりになって、おお!と叫んだほどだ。
しかし、そんなレベルではない。わたしは魔法をテレビで見ていてもっとすごいことに気が付いた。
「キューブだよ」
「はい?」
「あれ、とんでもないもんだよ」
「まあ、突然現れましたもんねえ」
「あれを、もしも自由に何処にでも作れるのだとしたら、こんな驚異的な事はないね」
米沢編集長は気付いた様子だったが、ちまりはまだぴんと来ていないようだった。わたしは、頭の中までどんくさい後輩に、やさしく説明する。
「あれはね、未来から来た猫型ロボットが持っている、どこにでも自由に行けちゃうドアと同じくらいすごいもんなんだよ」
そう、あれはすごい。
あれは、二つの異なる世界を結び、瞬時に移動できるという、SFの世界で言うところの『ワープ』を可能にした代物ということだ。
ワープは、現実の世界では不可能。絶対無理。それが科学の定説だったはずなのに、その定説も、科学の法則も全て無視しまくって、異世界の住人たちはやって来た。
科学者たちにとって、異世界の住人がやって来たという現実は、我々が抱いた衝撃など、比べ物にならないくらいの、頭の中でビッグバンが起こったような衝撃を受けたはずだ。
そう。まさしく新たな世界が誕生したようなものなのだから。
「あれが自由に作れたならば、良いことも悪いことも自由自在」
「良いことっていうと……」
「まあ、例えば、交通。電車もバスも乗らずに目的地に行けちゃう。あとは物流にコストがかからないとか。海外からの輸出入にかかる時間と費用が大幅に削減できるよ。」
ちまりは、そのすごさをまだ想像しきれていないようではあったが、
「じゃあ、色んなもの安くなるじゃないですか。すごいんですね、魔法。良いことじゃないですか。悪いことなんてありますか?」
と言った。
ある。大ありだ。
「交通や、物流に関わっている企業が軒並みぶっつぶれるよ。だって、電車や飛行機や、船がいらなくなるんだぞ」
「ありゃあ、そりゃそうですね」
それだけではない。
どこにでも自由に行けるということは。
「ぼくが、キューブの技術を手にしたとする」
「はい」
「で、お前の部屋に忍び込んで、タンスを開けて、その無駄にでかい胸につけるブラを全部ダッサいデザインの物にすり替える。ついでにパンツも。あ、元からダサいか」
「はあ!?ダサくないですー!可愛いですーっだ!何言ってくれてるんですか!」
「つまり、そういう悪さもできるということだ」
それだけではない。
もしも、その技術がテロリストにでも渡ろうものなら、ホワイトハウスを乗っ取ることも、要人暗殺も、原発に爆弾を仕掛けることも、まさに自由自在。
どこにでも自由に現れるのだ。予測も、防ぐことも不可能。悪党が暴れ放題やり放題のとんでもない事態となることは必至だ。
お、おお……。二人が息を漏らす。ちまりが青い顔で言った。
「便利なドアも、考えもんですね」
「ね。誰にも渡したくない、日本だけが手にしておきたいすごい技術でしょ?」
「そうですねえ……」
「まあ、あくまでキューブを設置場所も大きさも自由自在だったとと仮定しての話だけどね。でも、キューブが作れなかったとしても、魔法はやっぱりすごいよ。もし、魔法を日本の技術で解明して、上手く日本の科学と掛け合わせることができれば、今までにない安全でエコなエネルギーを生み出すかもよ?夢の永久機関は無理だとしても、原発なんかいらなくなるかも。それをうまく利用すれば、日本がダントツの世界第一位の経済大国になれちゃうかも知れないね」
ちまりはほんの一瞬前までキューブの恐ろしい一面にびびっていたくせに、現金なもので、
「バブル、来ますかね」
と、うはうはな時代が到来することを想像してにんまり笑う。
「来ちゃうかもねえ。でもこっちにも、良いことばっかじゃないんだなあ」
ちまり、今度はえー、まだあるんすかあ?とぶーたれる。
もしも、新たな技術により、従来の化石燃料や天然ガスなどが必要なくなってしまったとする。すると、それを輸出することで国を潤わせていた国が反発し、争いが起こるかも知れない。
米沢編集長がつぶやいた。
「ああ。新しい革新的な技術が手に入っても、古い技術に依存している者がいれば、争いの火種になっちゃうんですねえ」
そう。我々の目の前に突然現れた魔法は夢いっぱいの新しい力だ。その恩恵は計り知れないものとなるはずだ。そして、もし、我々の世界がその力を手に入れれば、その力によって、否が応でも新しい時代がやって来る。きっと、それは避けられない。しかし、新しい力によって、駆逐される古いものが必ずある。それを良しとしない者もきっといる。
そこに争いが生まれ、夢もロマンも無い、悲しい現実が人類に突き付けられる。
しかし、その悲しい現実を乗り越えることもできるはずだ。人には、その術を見つけ出す知恵と力がある。
甘い。そう言われても、わたしはそうだと信じたい。
応接室が、湿っぽくなってしまった。
わたしはまた茶菓子に手を伸ばす。美味いかりんとうだ。わたしはかりんとうに目がない。
ぼりぼりと、かりんとうをかじるわたしに、ちまりがテンションを上げて言った。
「気持ち、切り替えましょう!先輩、行きますよ!」
「は?」
「明日はデューワ王国の使者さんに会うんです!分かってます?お姫さまの使者ですよ!ジーンズにパーカーなんて失礼ですよ!あ!靴も買わないと!!安心してください!お金はちゃんとこっちで貸してあげます!」
「はあ!?そこは編集部で出せよ!」
その日の夜のこと。
わたしは、いつも東京に出てきたときに利用しているホテルの部屋に、荷物を置き、コンビニに買い物に出た。適当に雑誌を立ち読みし、飲み物やスイーツを買い、部屋に戻った。
鍵を開け、ドアを開ける。
「おー、お帰りー」
「ただいまー」
……。女の声だった。
「んんっ!?」
部屋には誰もいないはず。故にわたしが帰って来たからといって「おかえりー」などと声がするはずがない。
「誰だ!?」
「あー、邪魔してるよー」
ベッドの上に女が寝そべっていた。和服をアレンジしたような服を着た、髪の長い、やたら色っぽい顔立ちの、さらに言えばかなりエロイ身体つきの女だった。寝そべって女は酒を飲みながら、スルメを噛んでいた。
「誰だあんた!どうやって入った!」
わたしは、背後のドアを振り返る。鍵は確かにかかっていた。
「あー、細かいことは気にすんな。まあ、あんたもどうだ一杯」
「気にするわ!人を呼ぶぞ!うわ!酒くさ!」
「まあまあ。別にコソ泥っちゅうわけじゃないんだ。あんた、霞ヶ城なんたらだろ?」
「雪鷹だ」
「あたしゃあ、デューワから来たんだず」
デューワ?だとしたら、
「魔法で入ったのか?」
と、わたしが訊くと女は、まあそんな感じ、と答えた。
「ティオの話は聞いてんだべ?」
「ティオ?お姫さまのことか?」
「ああ。姫。あんたに会ってみたいって言うからさ。あたしが、じゃあ国に呼んじゃえばいいじゃん、って言ったのさ」
「あんたが勧めたってわけか」
「んだんだ。勧めたのはいいけどさあ、その会いたいって男がろくでもない男だったら、まずいべした。だから、こうやって、わたしがどんな男か、まず確かめに来たってわけなんだず」
わたしは落ち着きを取り戻し、コンビニの袋を机の上に置き、上着を脱いで椅子の背もたれに放った。
「だからって、断りも無く人の部屋に入り込んで、しかも勝手に酒まで飲むなよ」
「あー。気にすんなって」
そう言うと、女はわたしの頭の上から足の先まで嘗め回すように吟味した後、
「70点くらいか」
と言い捨てた。
「誰が70点じゃ!」
イラっとしたわたしを、女は手招きした。わたしは、面倒くさいのを我慢して一歩前に出る。
「何すか」
ぎゅう!
「あ―――――――――――っっっ!!??」
女がわたしの股間を遠慮なく思いっきり鷲摑みにした。
ぎゅぎゅぎゅーーーーーっ!!
「の――――――――――――っ!!」
「まあまあだな」
女は、股間から手を放すとそう言って笑った。
「あ、あんた何なんだ!」
「まあ、飲め。下戸ってわけじゃないんだべ」
女はむくりと体を起こすと、グラスをわたしに差し出した。むすっとしたわたしの様子を見て、ほれ、とさらにグラスを進める。仕方がないので、椅子に座ってグラスを受け取ると、女が酒瓶から酒を注いだ。
「ぐあ!」
一口飲んで口が焼けるかと思った。
「なんて強い酒飲んでんだ!」
「あれ?ダメ?じゃあ、こっちに、焼酎と、ええっとビールあるけど?」
わたしは缶ビールを受け取った。
「何か、気が進まないみたいだねえ」
「はい?」
「デューワに来る気、あんまり無いみたいだねって」
女がわたしに言った。わたしはビールを一口飲んでから、答えた。
「まあ、正直気は進まないよ」
いきなりの闖入者の前で言うのもなんだが、酒を飲み交わしているのだ。少しくらい本音をぶつけてもよかろう。だいたい先に無礼を働いたのは女の方だ。
「だって、お姫さまだぞ。いきなり呼ばれて、こんにちはってわけにはいかねえって」
「そんなもんかねえ」
「何を話していいか分からん」
「ティオはいい子だよ。だから大丈夫だあ」
女は新たにスルメを取り出して噛み始めながら言う。
「あの子はさあ、あんまりわがまま言わない、控えめな子なんだず。そんな子がよ、珍しくあんたに会ってみたいって言いだしたわけさ。あの子にしたら、精いっぱいのわがままさ」
「はあ」
「叶えてやりたいんだよねえ。そのわがまま。だからよ、来てけろず」
「んー、でもなあ」
「デューワはいいとこだず」
「そりゃ、そうかも知んねえけどさあ。何だか、色々面倒くさい感じもするし」
「何なら、今からでもいいべしたね。連れてってやるったな」
は?何言ってんだこの女。今からなんて行けるわけがない。行けるわけがないが。
「魔法でぴゅーっ!てか」
女がにこにこして頷く。魔法でぴゅーの旅か。面白い気はする。しかし駄目だ。
「明日、あんたの国からの使者と会う約束があるから駄目だ。行くかどうかは使者に会ってから答えを出すことになってる」
「使者?」
女は意外そうな顔をした。使者の話を聞いていないのだろうか。
「そんな面倒くさいことしなくても、ぴゅーっ!で事は済むだろうに。王族っていうのは、こういうとき形式ばっか気にして」
「んだずねえ、形式ばっかで堅苦しい……!」
一口目の酒が強すぎたからだろうか、ちょっと酔いが早い。
「堅苦しいのは嫌いだず」
「おー、そうかそうか。まあ飲め」
女がグラスを渡してきて、一口飲んだ。
「くあ!!辛え!!」
「きゃははははは!!飲め飲め!!」
「か――――――――っ!!」
女に飲まされた酒はとにかくきつかった。しかし、女にぐいぐい飲まされ、頭がぐるんぐるんする。
「とにかくおらいだのティオに会いに来てくれって。来てくれるってなら、どうだ、一発くらいならやらしてやんぞ。どうだ、んん?」
女がぐいっと胸元を広げ、谷間を見せつけた。
「ぶはああ!!誰が素性も知れない女とヤルか!色仕掛けほど怖えもんはねえんだ!!知ってっぞ、この野郎!ハニートラップなんかくそくらえだ!」
「何だよノリ悪いなお前、まあいいや、もう一杯いけ」
「ぷはあ!!大体、ぼくはまだ行く気が無いのに、周りが行ってもらわんと困るって言いやがるのが気に入らん。何故あいつらのためにぼくが骨を折らんといかんのだ。あいつら、ぼくを利用しようとしてる!気に入らん」
ぐるんぐるん。酔いが回っている。
「まあなあ、あたしも、王家に仕えるやつらの中にゃあ、気に入らねえ奴もいる。分かるわあ。あいつらしきたりが何だのうるせえんだ」
「だべ?」
「でもよ、今回は曲げて、おらだのとこさ来てくれねえべか」
「んー、どうしよっかなあ……」
「ティオはめんこい子だ。いい女だあ。ほれ、出るとこもぼいーんと出てきて、きっと気にいるべ」
「でも、お姫さまだべ?いい女だってどうしようもねえべした」
「そこはほれ、こそっと」
「こそっと!」
「こそっと、こそこそっと」
「いいのか、そんなこと言って」
「恋愛は自由だべ」
「んー、そうかあ、自由かあ。……。でも駄目だ!胸のでかい女はすぐぼくを利用する!あんたもきっと、ぼくを利用しようとしている!」
「お前、胸のでかい女に、何かひどい事でもされたのか?」
ぐるんぐるん。ぐす。涙が出てきた。おかしいな。きっと酒のせいだ。
「聞いてくれるか……」
「おう、言いな言いな。聞いてやる。言ったら心も晴れるぞ……。ほれ飲め飲め」
ぐびぐび、ぐるんぐるん。ぐびぐび、ぐるんぐるん。
その後、記憶が飛んだ。
翌朝、目が覚めた時、あの女の姿はなかった。
「あー……。あ?ああ?あー……」
昨日の女は何だったのか。夢だったのだろうか。夢だったとしたら、やたら生々しい。
しかし夢ではないことにすぐ気付く。女が残していった空の酒瓶が床に転がっていたのだ。
「あったま痛え……」
机の上に置手紙と、小さな紙袋があった。
『昨日は楽しかった。二日酔いに効く薬を置いていく。飲め。デューワで会えるのを楽しみにしている』
紙袋を開けると、粉薬を紙で包んだものが入っていた。
水で、その薬を飲みほした。そしてふと、机の上に転がった、プラスチックの容器に目が行った。
「あの女、ぼくが買ったプリン、全部食いやがった……」
ぶつぶつ文句を口に出しながら、女が食い散らかした酒のつまみの袋や酒瓶を片付けていて、あることに気が付いた。
「あれ?あのデューワの女、山形弁しゃべってなかったか?」
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