第2話 異世界からの来訪者
その日、わたくし
この店のナポリタンは一味違う。ひき肉や玉ねぎ、マッシュルームとともに、煮込まれた濃厚なトマトソースをスパゲティとともに炒める。ピーマンが入っていないのがまた良い。ナポリタンの中に、ピーマンの苦みは無用!
しかも、コーヒーとセットで650円ときたもんだ。コスパ最高。
わたしは、そのお気に入りのナポリタンを堪能し、食後のコーヒーが運ばれてくるまで、テーブルの上のスポーツ新聞に手を伸ばす。一面には、先日横綱に昇進した力士の写真が大きく載り、その隣にこれまた大きく、
『異世界で大相撲巡業!』
の文字が。
どうやら、異世界との文化交流の一環で、大相撲の巡業を行う方向で検討が進められているらしい。紙面には『リアル猫耳娘も、力士のパワーにうっとりだ』の言葉も踊る。
「へー」
わたしが記事を読み終えるとほぼ同時に、テーブルにコーヒーが運ばれる。
「相撲、知ってる?」
わたしはスポーツ紙をコーヒーを運んでくれたウエイトレスさんに見せた。
「知ってるよー。お店ヒマなときみるよ」
「面白い?」
「面白いよ。倒したら勝ち。輪っかの外に出ちゃったら負け。わたしでも分かる」
あどけない顔に少し吊り上がった大きな目。華奢な体をしなやかに動かし、てきぱき働く、この店の看板娘のウエイトレスさんは、お尻から生えた尻尾を優雅に揺らしながらカウンターの向こうに引っ込んだ。我々と同じような耳とは別に、頭のてっぺんにも、大きな猫の耳。
そう。作り物の耳や尻尾ではない。わたしにコーヒーを運んできてくれたウエイトレスさんは、リアルな猫耳娘だ。
「どう?お相撲さん。大きな人は好み?」
「おっきな人はキライじゃないけど、お相撲さん、ぷにぷにしてそう。ぷにぷにはニガテ」
だ、そうだ。残念だったなお相撲さんよ。目の前の可愛い猫耳娘は異性としては見てくれなさそうだ。コーヒーを一口飲み、ふと窓の外に視線を移せば、猫耳ではない、犬耳の女の子がふさふさの尻尾を振って歩いていく。
「山形も、色々な人が歩くようになったねえ……」
さて、ここで皆様はすでに承知のことと思うが、改めてこの三年八か月前の出来事を振り返ってみよう。
それは、まさに青天の霹靂。突然の出来事。人類史上これほどのびっくり大事件があっただろうか。いや、無い。どれほど精密に書かれた歴史書を紐解いてみても、これほどのインパクトのある摩訶不思議な出来事は載っていない。
夏の暑さが本格的になりつつある三年八か月前の7月20日。天気は晴れ。
東北は山形県の県庁所在地山形市の文字通り中心街にある山形駅。その北東に4kmほどの場所にある山形西バイパス沿いの何の変哲もない空き地。
異変に気付いたのは近所の住人たちだった。
昨日まで何もなかったその空き地に突然、青く、淡い光を放つ正六面体が現れた。
一辺の長さ約15m。4階建てビルの大きさに匹敵するその巨大な物体に驚いたのは、近所の住人から連絡をもらったその空き地の所有者だった。
全く身に覚えのない巨大な物が、自分の土地に突然現れたのだ。所有者は、のちに、
「たまげた。いや、たまげたしか言葉が出ねえず……」
と語った。
昨夕、犬の散歩で前を通った時には確かに何もなかった。所有者は慌てて警察に電話を掛ける。
連絡を受けて近所の派出所からやってきた警察官、佐藤巡査は、その物体を一周し、首を傾げたという。これが何なのか全く分からない。ただの六面体なのだ。入口も窓もない。これが何なのか、たった一晩でこんな物を、どうやってここに作ったのか、それとも運んできたのか、何一つ分からない。ぐっと押してみるが、動くどころか、表面がへこみもしない。風船のように、中に空気を詰めただけの物体ではないようだ。淡く光る原理もよく分からない。
「何だべ?これ」
佐藤巡査も、土地の所有者も、首を傾げるばかりで、どうして良いか見当がつかない。こんな物をうちの土地に建てるなと文句を言いたいが、誰に言っていいのか。撤去したくても、これが何なのか分からないのではどうして良いのやら。
すると突然。まさに突然。
青い巨大な物体の中から人が現れた。
入口らしきものは、確かに無かった。
にもかかわらず、その物体から突如として人が、すっと出てきたのだ。
しかも、でかかった。
背が2m近くあるその人物は、巡査と土地所有者を見てにっこりと笑い、
「コンニチハ!あなたたち、ニッポンの方でございますネ?」
と言うと、やたら深々と頭を下げたという。巡査がびっくりしてその人物を見上げ、何か反応しなくてはと言葉を探していると、巨大な人物の背後から、続々と人が出てくる。
「あ、あんたら、何なんだ?これ、なに?」
しかし大男はそれには答えず、ぴしっと姿勢を正して、こう言った。
「私達ハ、デューワ王国からやってきた使節団。どうか日本政府の方と話がしたイ。是非、聞き届けていただきタイ願い事があって非礼とは存じますがやってきまシタ。どうか、お取次ぎヲ」
「は?何言ってんだ?あんた」
大男が言った言葉は、巡査達に何一つ理解できなかった。しかし、でゅーわ?にほんせいふ?
「いや、あんたら、何言ってんのか分かんねえって。とにかく、人ん土地にこんなわけ分かんないもん建てて……。とにかくダメだべした」
「あなたハ、どういう人ですカ?」
「は?どうって、警官だよ警官。お巡りさん。あっちはこの土地の持ち主。とにかく一体あんたら何なのよ?ちゃんと説明して!」
巡査はやたらでかい男に語気を荒げる。
「説明ですカ?そうですなあ。理解していただけたら、日本の政府の方とお話、できますカ?」
警官はここでこの大男が話す言葉のイントネーションがおかしいことに気付く。冷静に見れば顔付き体付きが日本人離れをしている。
「あんた、外国の人?どこの人?」
「だかラ、デューワ王国」
巡査は、また首を傾げる。
デューワ?
そんな国あったか?アジアには……ないな。ヨーロッパ?あったかなあ?あれかな?イギリスやオランダみたいに、日本人が使う通称とは別に、聞きなじみのない正式名称を持っている国なのかな?
ふと大男の背後に目をやれば、男女、年齢もばらばらな10人ほどの人物が立ってこちらを見ている。服装もばらばらだ。ボタン付きの上着にズボンをはいている男。これは、まだいい。ちょっとデザインが古い印象を受けるが、ヨーロッパ風といえば、そんな感じ。その脇にいる人物。ふわふわとゆったりした布を、前で合わせた衣装。これは、なに?イスラム系の国で、男性がこんな感じの衣装を着ていたような気がする。でも、それは真っ白だった。今目の前にいる人物は女性で、淡い紅色の衣装だ。しかも、その右手には木製の杖を持っている。大きなつばの帽子をかぶっていれば、完全にゲーム等に出てくる魔法使いだ。
で、さらに隣。はて?昔、中世を舞台にしたアニメを見た時、こんなマントを着た騎士が颯爽と馬を駆るシーンがあったような。
佐藤巡査は、ますます混乱する。そんな様子を見かねたのか、大男は巡査の手を取り、
「実際、見てみてくだサイ、コッチ、コッチ」
と、淡く光る巨大な正六面体の前に誘った。そしてさらにぐいっと手を引く。
壁。
確かに巨大な青い壁が目の前にあったはずなのに、巡査は何故かその壁にぶつかることなくまるで吸い込まれるように壁に消えた。
次に巡査の目に映ったものは、青い世界だった。
巨大な物体の中にいる?
巡査は、大男に手を引かれて10秒ほど物体の中を歩き、進んだ。
そして、ふいに目の前が明るくなった。
巡査は、青い物体の中をただ通り抜けただけだと思った。しかし、すぐに目を丸くする。
「はい――――――――――――――っっっ!!!!!?????」
目の前に、自分の知らない景色が広がっていた。
自分は確かに山形の西バイパス沿いの空き地にいたはずだった。バイパスを車が行き交い、バイパス沿いには、コンビニやラーメン店や学校や病院が建っているはずで、自分がいた空き地の周りは見慣れた田んぼが広がり、その向こうには山が並んでいるはずだった。
しかし、バイパスが無い。コンビニも病院も、見慣れた建物全てが消えていた。田んぼも無い。平原が広がっている。
山。山はある。しかし、山の上に見慣れぬ建造物。石造りの城塞のような建物。日本風の城ではない。城どころか、山形にあんな建物はない。
巡査は背後を見た。青い巨大正六面体は変わらずにある。再び、目の前の世界を確認しようとする。そこで、警官はたくさんの視線が自分に向けられていた事に気付く。
100、いや200。いやいや、もっといる。
佐藤巡査をじっと見つめる人々がいた。少し離れた所から、黙ってじっと見つめる人の群れ。みな、一見すると西洋風の、ゲームの中でしか見た事の無いような鎧を着込み、兜をかぶり、槍や剣を持ち、馬に乗っている者もたくさんいる。
「どうかな?」
自分を知らない場所へと連れてきた大男が不意に言葉を発した。今までのおかしなイントネーションではなく、しっかりとした低く重厚な口調で。
「ここがデューワ王国。王都から少し離れたヘルゲンという土地」
「はい?」
「我々はあなたたちの住む世界とは異なる世界の住人。異世界と言えばいいかな?」
「いせかい?」
「そう。もう一度言う。私達はあなた達の国にお願いしたい事がある。それも急いで助けていただきたい。どうか、日本国政府に取り次ぎを」
巡査は、再び青い物体の中を通る。すると見慣れた山形の景色が目の前にあった。
ほっとする間もなく、佐藤巡査は山形警察署に連絡を取る。もはや自分の手に負える範疇の問題ではない。こうして、佐藤巡査の混乱は山形の混乱へ。そして日本から世界の混乱へと伝播していくことになる。
佐藤巡査から連絡を受け取った山形警察署職員は、「は?何言ってんだお前。酒か?あ!まさかお前……」と最初飲酒か、もしくは、人が手を出してはいけない危ないクスリの使用を疑ったという。無理もない。無線の向こうから、異世界だの、王国だのという、やたらうわずった声が聞こえてくるのだ。やっべ。こりゃマスコミに叩かれっぞぉ……。と、職員が思ったところ、
「とにかく応援を!早く!早く来てけろず!」
との声が聞こえてきた。よく分からんがとにかく何だか緊急事態のようだ。
佐藤巡査の元に応援の警官が4人駆け付けた。そして、佐藤巡査と同じようなやり取りの末慌てて山形警察署に応援を求めた。
ここで、山形警察署は、何やらマジでおかしな事態が起こっているらしいと気付く。
さらに応援が駆けつけ、またも同じやり取りの末、応援を求め、今度は山形県警から人員がやって来るも、以下同様。この辺で、何か大変なことが起こっているのでは?と地元マスコミも騒ぎ出す。
さらに山形県庁や市役所にも連絡が行く。何せ、相手は日本政府と何かしらのコンタクトを取りたがっているのだ。これは政治の領分である。県庁職員が全く訳も分からずやってきて、以下同様。
県知事もやって来て、やはりうろたえ以下同様。
ここで、連絡は日本政府と警察庁に連絡が行く。もちろんどちらも最初いたずらを疑ったが、県知事からの連絡である。しかし、話の要領を得ない。情報が錯綜する。
ここで、県知事について現場にやってきた県庁職員が県知事に進言する。
「知事。自衛隊にも出動要請を!」
「え!なして?」
「これは、高度な政治判断が要求される事案です。万が一あの青い物体の向こうから大挙して武装集団がやってきた場合、警察の機動隊では対処できない可能性があります。後手に回って、死傷者が出た場合、知事の判断を問われる事態になる可能性も否定できません」
「ええ!?」
この県庁職員は、怪獣特撮マニアだった。こんなシーンを映画で観た事がある。遠い宇宙の彼方から飛来した宇宙人が地球人に助けを求める。人がいい地球人たちは助けの手を差し伸べる。ところがだ。地球人が心を許した途端宇宙人たちは手の平を返し、宣戦布告。地球を攻撃し、地球は窮地に陥ってしまう。よくある話だ。
かくして自衛隊が出動。
要請を受けてやってきた自衛隊隊員たちも同様に混乱しつつも、警察と協力して現場付近を規制して立ち入り禁止とした。
日本政府、警察庁、そして自衛隊を通して防衛省にも異世界からの来訪者がやってきた旨、伝えられ、混乱の一日目が終わる。
翌日、7月21日。
日本の関係各所は引き続き混乱の中にいた。
相変わらず青い物体の周りには規制線が張られ、厳重な警戒態勢がとられる。
何せ、自衛隊が動いているのだ。ただ事であるはずがない。マスコミも、規制線の前に集まるが情報は開示されず。ヘリコプターが飛び、青い物体をカメラが捉えるもそれが何なのか、理解できる者はいなかった。
その日の午後、内閣府、内閣官房、外務省、警察庁、防衛省等から派遣された人員がようやく異世界からの来訪者と接触。デューワからやって来たという使者は改めて助けを求めた。
「我々の姫の命を救ってほしい」
それが、使者の『頼みごと』だった。
使者がやって来たデューワ王国の王位継承者である姫君は、病に侵されていた。どんな医者に診せても回復せず、万策尽きたデューワ王国国王は、異世界の日本に助けを求めるべく、使節団を送ったのだという。
三日目の7月22日。使者達に会うために、官房長官、外務大臣が、山形に訪れ会談を持つ。
半信半疑だった政治家たちも、佐藤巡査や、県庁職員等と同様に青い物体を通りデューワ王国を目にして、事態をどうにか理解して慌てて本格的に動き出す。
使者の代表、佐藤巡査が最初に話した大男はジガント・ジーゴと名乗る。ジガント・ジーゴは、
「我々を助けてくれるならバ、相応の御礼をする準備がありまス。まずは、これヲ」
と言うと、部下たちに命じて大きな箱を三つテーブルの上に置かせた。
箱の中を見た官房長官と外務大臣は仰天した。その中には金と銀の塊がざくざく入っていた。
これを、姫の治療費、使者達の日本への滞在費、その他もろもろかかる費用に当ててほしいという。そしてジーゴは小さな箱を二人の前に置き、開けた。
そこに入っていたのは、大人のこぶしと同じくらいの大きさのダイヤの原石だった。
「これは、友好の証として、日本国へ進呈いたしまス」
デューワ王国使節団が日本に差し出した金と銀は約15億円相当。ダイヤの価値はあまりにもそのダイヤが大きすぎてすぐには試算出来ない程だった。
四日目、7月23日。
デューワ使節団が東京に訪れ、内閣総理大臣と会談。
デューワ王国の要求はただ一つ、姫の治療のみである。そう難しい話ではない。異世界からの使者という荒唐無稽な話ではあったが、しかし、医師を派遣する事は可能だ。首相は医師団をデューワ王国に送ることを確約する。
五日目、7月24日。
デューワ王国に日本政府が選ばれた、医師看護師たちで構成された医師団が送られる。
医師団は使節団とともにデューワ王国王都ガーティンへ赴き、城の中で病に倒れたデューワ王国王女、ティオリーナ姫を診察する。
ベッドに横たわる白くやせ細った姫を見て、医師たちは危険な状況だとすぐ判断した。
また、姫に咳と吐血の症状がある事などから、ここで医師たちは結核を疑う。
結核であるならば、すぐさま適切な治療を施さなければならないが、異世界デューワには電気がない。検査や治療に必要な機器が使えない。
デューワ王国側に日本の病院への入院が望ましいことが伝えられると、デューワ王国は承諾。
その日のうちに必要な手続きが取られる。
六日目、7月25日。
姫はデューワ王国から山形に救急車で運ばれ、さらに自衛隊のヘリコプターで東京へ。東京の病院で、検査、治療を受けることになる。
この辺でマスコミも、何やら山形から東京へ誰かが輸送されて、入院したようだと騒ぐも、日本政府からの発表はない。箝口令がしかれたため、情報が伝えられてこない。
苛立つマスコミではあったが、日本政府もどのように発表して良いのか判断に迷っていた。
検査の結果、姫はやはり結核に侵されていた。
と、いう事は、姫と接触した者全てに感染の疑いがあり、検査が行われる。
後日、姫の侍女二人が結核に感染していた事が分かり、姫と同じ病院で入院治療が施される。
十日目、7月29日。
この日になってようやく内閣総理大臣が緊急記者会見を開き、異世界のデューワ王国からの使者が訪れたこと、デューワ王国の姫が病に倒れ、現在日本の病院で入院治療を受けている事などが発表された。
マスコミは一同「は?」という顔をした。当然であろう。そんな世迷言を一国の総理の口から聞くとは思わなかったはずである。
日本国政府が撮影した映像も流されたがやはり皆、信用できないといった反応だった。
しかし、翌7月30日。マスコミ一行をデューワ王国が受け入れた。
青い物体。誰が呼び始めたのか、『キューブ』と名付けられた二つの世界をつなぐ通路を通ったマスコミたちは、ようやく全てを理解した。
十日前から山形の一角が規制され、立ち入りが禁止されている理由、日本政府が慌ただしかった理由。全てがここで一つにつながり、皆、一日目に佐藤巡査がした反応と同じ反応をする事になる。
「え――――――――――――――――――――――っ!!??異世界――――――――――――――!!??」
その後、治療の甲斐あってティオリーナ姫は病から回復する。
姫は病が治ったのちも、数か月日本に滞在し、日本への礼と、二国間の交流のために努める。
何せ、異世界からやって来たお姫さま。しかも可愛いときている。皆興味津々である。
マスコミからの取材の依頼が殺到したが、病から回復したばかりという事で、一度だけ記者会見を開いただけで、その後取材を受ける事はなかった。
13歳になったばかりの女の子である。仕方あるまい。
デューワ王国との交流は着々と進み、日本政府は、キューブが現れた土地の所有者から土地を買い上げ、キューブを屋根と壁で覆い、すぐそばに出入国を管理する管理局が作られ、キューブを行き交う者は皆、この管理局を通らなければキューブに立ち入れないようにした。キューブの向こう側にもデューワ側の出入国管理局が建てられた。
その周辺、ヘルゲンの地にも宿泊施設や自衛隊の駐屯地が作られた。
さらに、王都には日本の大使館が作られ、日本からやってきた人々を受け入れるため、様々な施設が作られた。滞在するための住居、宿泊施設、買い物をするための店。
デューワ側にもかなりの変化があったことは容易に想像できる。
デューワ側の文明文化のレベルは、現在の日本から数百年は遅れていた。
16~18世紀の西洋と同じくらいであろう。そんな国に、突然異世界の日本から、いくら王女の命の恩人であるとはいえ、たくさんの人がずかずかとやって来て、色々な物を作っていく。反感はなかったのだろうか。その点について当時マスコミからは伝えられてこなかった。
もちろん、デューワという国が新たに日本と交流を持ったことは全世界に報じられ、世界中がそのニュースに食いつき、デューワという国に興味を持ち、日本とデューワの動向に固唾を飲んだ。
全世界が異世界フィーバーに沸く。
多くの人がデューワに行ってみたいと願うが、デューワ側に受け入れ態勢が整っていない。 電気が無い、ガスが無い、水道も無い。日本側の世界から人が訪れても、宿泊する施設も圧倒的に足りない。行けないと思うと、ますます行ってみたい。猫耳娘が、金髪エルフが確かにそこには存在する。
アニメや漫画、ゲームで憧れたファンタジーの世界が、すぐそこにあるのだ。
行ってみたい!
そんな声を聞き入れてデューワ側が、観光客を受け入れ始めるのは、ファーストコンタクトから約一年半後のことである。それでも、受け入れは限定的で、王都とその周辺の街だけが観光の対象だった。
まだまだ受け入れ態勢が整っていないうえ、デューワ側の世界を見て回るには危険も伴う。デューワはおよそ100年前に国が統一されてから平和は続いている。続いてはいるが、日本ではありえない武装した盗賊団や、危険な生き物たちもいる。
熊や狼。そしてファンタジー世界には当然のように奴らがいた。
ドラゴンである。
自衛隊員が撮影したドラゴンの姿が、ニュースで流れたが、確かにいた。
後ろ足二足で歩き、尻尾を振って歩く、ドラゴンの姿が。
ただ、皆が想像していたものと比べると小さい。頭から尻尾の先まで3m。見た目はそれほど怖くはない。愛嬌すらあった。しかし、もっと大きなドラゴンがいるのだという。
観光客が危険な場所に勝手に立ち入って襲われても責任は持てない。できるだけの安全は確保するつもりでいるが、全ての観光客に、警護を付けるわけにはいかない。
デューワ側のもっともな言い分である。
それでも、デューワを見てみたいという人々が、日本に訪れた。ドラゴンに食われても悔い無し!そこにケモノ娘やエルフのお姉さんがいるのなら!ということである。
ある意味、称賛に値する猛者である。
幸いなことに、ドラゴンに食われた観光客は今のところおらず、観光に訪れた者はひと時のファンタジー世界を堪能するのだった。
しかも、これは日本にも経済効果をもたらす。何せ、デューワに行くにはまず、日本に降り立ち、山形へ。山形の出入国管理局でデューワへ行きたいと申請し、許可が下りればいざデューワへ、という事になる。絶対に日本を通らなければいけないのだ。デューワへ旅立とうとするものはまず日本で金を落としていくのだ。
それが面白くない者もいる。
日本以外の国々である。
日本だけが美味しい思いをしている。我々にもうま味を分けろという事で、アメリカ、ロシア、中国などがデューワ側にアプローチを仕掛けて、自分たちとも国交をと願ったが、どういうわけかデューワ側は日本以外の国と交流を持つことに消極的だった。
デューワは観光客や、マスコミは受け入れているものの、国と国との付き合いを、日本以外とは未だ持とうとしない。その反面やたら日本を信じ切っている感があるのは何故だろう。
そして、異世界とのファーストコンタクトから三年八か月が経った。
山形もキューブ周辺を中心に大きく様変わりし、警察の出張所、関係省庁の合同庁舎、デューワでビジネスを始めた企業のオフィス等々作られて、バブル状態である。
自衛隊の駐屯地もキューブから北に約2kmのところに新たに作られた。
異世界からも住人たちが日本へ訪れる。観光客はあまり来ないようだった。何せ、日本は物価が高い。おいそれと遊びに来るにはハードルが高すぎる。日本に来るのは王国から命じられて何らかの役目を果たすためにやって来た者、商談にやって来た商人、もしくは何とか金を溜めて日本にやって来た出稼ぎの者たちである。そんな人たちが、山形を行き交う。日本では見ない衣装を身に纏ったデューワの人々。我々と変わらぬ姿の者もいれば、頭のてっぺんに猫耳や犬耳、あるいは角を生やした獣人系異人種やエルフの人々もいる。山形ではそんな姿の人々が珍しい存在ではなくなってきていた。
わたしにコーヒーを運んできてくれた猫耳娘も、借金してまでこちらに働きに来たのだそうだ。以前、この店の人気者になった猫耳娘さんに、
「借金してまでこっちに来たかったの?何で?」
と訊くと彼女はこう言った。
「だって、面白そうだったし」
成程。単純明快、分かりやすい理由だ。人は、こうしてまだ見ぬ新世界に憧れを抱き、夢を抱き、そして飛び込んでいくのだ。
だが、わたしはそんな新世界に飛び込むつもりはこの時全くなかった。
ジーンズのポケットにしまってあったスマホが電話の着信音を鳴らす。
電話の相手はわたしの小説を出版している『ムラヤマ出版』社員の山寺ちまり。彼女は私の中学と大学の後輩に当たり、昔からの顔なじみだった。出版社への就職を希望し多くの出版社の就職試験を受けるも見事に落ちまくり、ムラヤマ出版のみ奇跡的に引っかかり入社。そしてわたしの担当編集者になった。まさに腐れ縁である
無視してやろうかとも思ったが、後でぐちぐち文句を言われても厄介なので、仕方なく出た。
「もしもし?」
「あ、先輩!わたしです。今いいですか?」
「……。ダメ」
「何言ってるんですか。どうせサボってるくせに!月曜に、こっち来てくれます?時間あるでしょ?」
「あるけど……」
「じゃあ、来てください。ちょっとすごいことになりそうですよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます