第29話 見上げてごらん夜空の花火を

「……ということで紹介いたしますのは、あの元新選組副長、わが共和国にありましては、陸軍奉行並の役職を勤め、この函館戦争でも只一人、幕府軍に泡を吹かせてまいりました、"戦場の鬼"喧嘩屋トシちゃん"こと、土方歳三!この孤高の武人の最後の突撃、戦死の瞬間を、これから、全国の皆様に、まさに生中継でお贈りいたします。さあ、あなたも歴史の証人になりましょう!……それでは、ここで突撃前の歳ちゃんに、今のお気持ちを語っていただきましょう。どうですか?どんなお気持ちですか。」


 あきらかに不機嫌そうな眼を、直前まで上司だったはずの榎本釜次郎に向けた土方だったが、『総司が見ている』と思い直した。『俺はサムライだ』と、心の中で繰り返す……


「どんな?……別に……早く済ませたいだけです。」

「済ませるって……ほぼ確実に死んでしまうわけですが、何か、今生に心残りはありませんか?」

「そうだな。官軍の甲鉄艦を奪い損ねたことぐらいかな。あれが有れば、まだまだ戦えたはずだった。」

「その作戦といい、トシちゃんは常に最前線で戦って来ましたが…」

「正直に言えば、早いとこ戦場で華々しい最期を遂げたかった……という気持ちもあります。冥土できっとと待ち合わせる約束をした人の為にも……」

「おおっと、トシちゃんは、このカマジローの問いに、意外な新事実を答えてくれました……では、歳ちゃんにとって今日は待ちに待った日なんですね?」

「そうです。だから……」

「だから?」

「この変節漢め!下らねえインタビューはいいかげんにやめねえか!」


 土方が堪忍袋の緒を切って抜刀した。眼が怖い。

 榎本は、笑顔を振りまきながらも、かなりの速度でカメラ前へ退散する……


「アハハ、怒りの歳ちゃんでしたね。……あっと、今、スタートいたしました!待ち受ける新政府軍の、スペンサー銃やガトリング・ガンの銃口に向かって、新選組副長、土方歳三、最後の……最後の突撃です!」


 目前に並ぶ二重三重の禍々しい砲列……『幾ら派手にしたいからって俺1人に、やり過ぎなんだよ!』、心で叫びながら土方は走る……一斉砲火に目の前が白く煙った!凄まじいまでの銃声!全身に食い込む弾丸の衝撃を受けて、土方の体は後方に吹っ飛ぶ……『せめて、あの砲列まで斬り込んで、視聴者に眼を剥かせてやる!』……土方は、2度3度と立ち上がり、そのたびに撃ち倒された……怒りとアドレナリンで痛みは感じないが、全身がどんどん重く、動けなくなって行く……『くそったれ!』……


「打ち方やめ!」


 砲声が止んだ。

 ボロボロになった土方歳三が最期の力を振り絞って、ゆらりと立ち上がった。

 二歩、三歩と砲列に迫り、絶叫する……


「総司!!!」


 十字砲火が叫び声をかき消す。

 その弾丸を全身に残らず受け止め……

 新選組副長・土方歳三は、ばったりと前方に倒れると、

 もう、二度と起き上がる事はなかった。


 新政府軍の兵士たちが土方の遺体を、丸い棺桶に納めて担ぎ、大きな櫓と何やら長細い巨大な丸太の様な物が屹立している場所へと運ぶ。棺桶には縄が掛けられて、櫓の滑車で天高く吊り上げられ、丸太の頂点のくり抜いた様な部分に嵌め込まれた。


「これより、この『昇竜火箭』に点火致します。関係者以外の方は、安全な所定の位置まで離れて下さい。」


 アナウンスが会場に響くと、同時に、手に松明を持った子供が、会場の端から歩いて近寄ってくる。


「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……点火!」


 子供が松明を、丸太の根元から伸びている黒っぽい帯に近づけると、パチパチと音を立てながら、炎が丸太へと走った。子供は慌てて反対方向へ駆け出す。


 炎は瞬く間に丸太へ到達し、一瞬おいて、丸太は深紅の炎を噴き出しながら浮上し始めた。次第に速度を増し、巨大な炎と煙の尾を曳きながら上空へと突き進んで行く……そして轟音と共に、土方歳三は夜空一杯に広がる巨大な花火となった。

 

「たった今、土方歳三は、その35年の短い一生を終えました。トシちゃんの、土方歳三の最後の言葉、それは病床にある隊士、沖田総司の安否を気遣う言葉のように聞こえました……最後まで彼は、サムライ、新選組の副長であり続けたようです。流石、ジョニーズ事務所の兄貴分アイドルです……ではEDOのスタジオにお返しいたします。こちら函館のレポーターは榎本釜次郎、カマジローでした!」


 函館の情景が闇に沈んだ画面に、カマジローの元気な声が反響した。


『さあ、いよいよメインエベントだ』


 甚五郎は中継の間に、スタジオから隣の多目的大広間へと移動していた。

 広大な床の中央には、四角く土盛がしてある。

 相撲興行の物より、縦横それぞれ倍くらい大きく、丸い土俵は無い。

 周囲には桟敷から二階、三階席までぎっしりと客席を埋めて、

 EDO中から詰めかけた老若男女が今や遅しと待ち構えている。

 保温箱に熱燗を仕込んで売り子が客席を回っている。

 弁当箱を広げた家族が、繋がった沢庵を持ち上げカラカラと笑い転げる。

 

『みんな何を見に来たのだろう……何を待っているのだろう?』


 甚五郎の胸に何かどす黒く重いものが沸き上がって来る。

 

『イゾーは、総司は何のために生き、そして死ぬんだろう……あの若さで。』


 甚五郎の眼に、その舞台がゆらりと歪んで見えた。


 客席の照明が消え、ざわついていた観客たちがシーンと静まり返った広大な会場の中央、土盛の上にスポットライトが当たって、頭に包帯を巻いた姿の桂小五郎がマイクを持って現れた。会長も命がけだな……と、甚五郎は思いながらモニターを覗く。


「お待たせいたしました…これより、第1回幕末人斬り王者決定戦を、開催いたします!」


 一瞬の間を空けて小五郎の腕が闇の一角を指し示す。


「青の角、佐幕派代表、元新選組一番隊隊長、沖田総司!」


 憂い顔の沖田総司が、テーマソング「麗しさは罪」にのって、静かに登場する。浅草ギャル達の黄色い歓声が、一際高く場内に響いた。総司はゆっくりと土盛に上がり、軽く踏みしめて足場を確かめる。


「赤の角、元土佐勤王党、岡田"人斬り"以蔵!」


 イゾーが、名手・北斎が手掛けた漫画映画のテーマソング「餡饅頭男」の陽気な拍子にのって走り出て来た。眩いスポットに眼を細め、きょろきょろと辺りを見回していたが、総司を見つけると笑顔になった。


「両者真剣にて勝負の事、勝者が敗者の首を斬り落すことによって勝敗を決する。勝者は、斬首・獄門の刑を一等減じて切腹とする。両者、位置について、礼!……始め!」


 静寂の時が流れる。やがて沖田が静かに抜刀して正眼に構える。

 イゾーはまだ抜かない。沖田下段に変える。

 イゾーがスタスタと近づいて来る。沖田動かない。

 一瞬交錯する二人、イゾーの抜打ちを弾く沖田、

 イゾー一旦離れて再び刀を鞘に納めた。


「総司なら……受け止めてくれると思ってた……」

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