第12話 ある日、西本願寺で 

「あれから、土佐の"岡田以蔵"っていう、凄腕の人斬りが、京都や大阪で沢山の浪士や、目明かし、公家、学者、ゆーちゅーばあ、評論家を斬りまくっている。みんな、おちおち町も歩けないって怖がってるよ。」

「うん、宇宙人があんなに沢山いるとは思わなかったよ。おっ父の話では、まだまだ山ほどいるらしいから、テングメンも、一生けん命に活躍しねえとな。」


 うーん?活躍?


「……イゾー君は、岡田以蔵と同姓同名だから……あいつの、"天狗面"の、味方をするの?」


 イゾーは眉をひそめ、総司の耳元に口を寄せてささやいた。


「新選組にいるってことは……総司も、後部合体の好きな、砂漠派の宇宙人なんだろ?でも、おら、きっと総司は良い宇宙人だと思うんだ。」


 あれ?何だか混乱しているなあ……誰に吹き込まれたんだろう?


 総司も少し小声になって囁き返す。


「……コーブガッタイ?サバクハ?難しい言葉知ってるね……うーん、確かに天皇様と幕府が仲良くして、外国に対抗したほうがいいと思うから、公武合体の方が好きかな。幕府側の会津藩に雇われてるから、幕府を支えて行こうという佐幕派なのも間違いないかな。でもね、内緒だけどこれはまあ、お仕事なんだよ。命懸けだけどね。別に、僕らはどっちが良いのかわからないんだけど、近藤さんが、やっぱりEDOの方がマーケットが大きいから、幕府につこうって。平たくいえば"お金の為"かな。」

「????…………じゃあ、お金があったら総司は手先をやめるのか?」


 総司は少しドッキリする。


「え……それは、局長の近藤さん、副長の土方さんたちが決める事だろうな。僕は……あの人たちについて行くだけさ。近藤さんは、みなしごの僕をここまで育ててくれた。その恩は忘れられないよ。」

「皆死後って何?」

「おっ父も、おっ母もいない子供だったんだ。」

「……それって……後部合体で生まれるの?」

「え?」


 近藤がズカズカと床を鳴らして帰ってくるや、障子をパーンと開け放った。


「局長!」

「おかえりなさい!」


 隊士全員が直立不動で声をそろえる。


「帰ったわよ……総司、悪いけど帰ってもらって。」

「は、斎藤さんにですか?」

「さあ、斎藤……」


 土方は斎藤をうながした。

 確かに最近、何だか浮いているなあ……とは思っていたけど、

 遂にその日が来てしまったか……


「何言ってんの、その子供よ!最近、誰でも彼でも、近所の子を連れて来て遊んでるけど、ここは新選組の屯所よ。孤児院でも開くつもり?いいかげんにしなさいよ!」


 総司が、唇をかみしめて出て行った。

 眼には涙がにじんでいる。イゾーが急いで後を追った。

 土方は真っ赤な顔になって近藤に抗議する。


「局長!その言い方はないですよ。総司は、残り少ない人生を新選組に、人斬り稼業に捧げたんです。そんな総司が、束の間、汚れない無垢な子供たちの微笑みに安らぎを見つける、『ああ、この笑顔があるからこそ、僕はまたあの血しぶきの飛ぶ修羅場に戻って行ける』……そう思う……そういうのって、なんか、こう、よくあるじゃないですか……局長!判りますよね!」

「歳ちゃん。何、馬鹿に似合わない熱弁ふるってるのよ。」


 近藤が一言で叩き落とす。『役者が違う』っていうのは、こういう事だと斎藤は思った。


「……その、近所のパートのおばさんたちにも評判いいですし、この、保育園が難しい時に、ただで子供預かってくれるって……時々は季節の野菜とかいただきますし!ほら、今日もそこに……」


 指さす土間には、青味大根、聖護院かぶ、九条葱などが、笊の上に山盛り積んであった。


 あきらめの悪い土方に構わず、近藤は斎藤に命じる。


「はじめちゃん。鬼の副長の衣装を脱がせなさい。」

「は!」


 斎藤一は、ためらいもなく土方の隊服に手をかけた。

 土方が抗議する。


「近藤さん!いやしくも武士の魂を愚弄するような……」

「直立不動!」


 手早く剥ぎとられ、土方の、輝くばかりに男盛りのマッチョな上半身が あらわれた。その下半身には……墨痕黒々と"総司命"の文字が踊る六尺フンドシが締め込まれている。


「こんなことだと思ったわ。一(はじめ)ちゃん、そのまま井戸端に連れてって釣瓶に縛り付けて、三時間ほど井戸水に漬けて頭を冷やしてやりなさい……何が武士よ。松坂屋の丁稚あがりが逆上せ上がるんじゃないわよ!……ああ、それから、はじめちゃん。」

「はい。」


 近藤が土方の顔に視線を絡めて、にやりと笑った。


「あとで総司を部屋によこして。風呂に入れなくていいから。」

「……局長ぉっ!!」

「馬ぁ鹿!」


 抗議の悲鳴もはたき落とされ、土方は泣きながら連れて行かれた。


「まったく……総司の事になると知能指数がゼロになるんだから。それどころじゃないのよ!勝海舟が京都に来る……って浪士たちが騒いでる時に!季節の野菜じゃ、ないのよ!私たちは『新・選・組』なのよ!ガルルルル!」


 誰に聞かせるでもなく(実際、誰もいなくなっていたのだが)近藤はつぶやくと将棋盤の前にちょこんと座った。飛車を持ち上げてパチリ。


「王手……あ、違った。」

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